第9話 受け入れられる喜び

 りんごとは昼に仲良くできた。だから、次は姉だな。一歩ずつ進めていっているが、なかなか順調だな。この調子なら、ガチ恋チキンレースもうまくいくかもな。仲良くしていくのは得意かもしれない。


 ということで、夕飯を食べた後は姉の部屋へと向かった。ちょっとだけ、怖くはある。ギャルと接したことはないので、どういう態度が良いのかは分からない。なんというか、特殊なノリだってイメージが有る。


 まあ、接してみないことにはな。目の前の人を知ることが、イメージのまま動くよりも大切だろう。結局のところ、個人個人で違うのだろうから。


 ということで、突撃していくことにした。部屋にノックをして、返事をされる。


「なにー?」

「姉さん、今は大丈夫?」

「とばり!? 急にどうしたの?」

「記憶喪失になったから、姉さんのことは分からないだろ? だから、知っていきたくてな」


 素直に自分の気持ちをぶつけていくのが、いい選択だと思う。今のところは、お互いを知らないわけだからな。遠回りな言葉を言っても伝わらないだろう。だから、まっすぐに。


 姉さんだって、間違いなく良い人だからな。俺を大事にしてくれていることは伝わる。だから、きっと仲良くしていけるはずだ。そこは疑っていない。


 とりあえず、嫌われるのなら俺によほどの問題があるのだと思う。まあ、ありえない話ではない。俺は前世では病院にだけ居たから、人間関係の経験は少ないんだよな。だから、妙な失敗をする可能性は十分にある。


 それでも、失敗を恐れて動かないのはダメだよな。それでは、絶対に仲良くできないだろう。だから、積極的になっていくんだ。


「まあ、記憶喪失だもんね。私のことも分かんないもんね。なら、良いよ」

「ありがとう。部屋に入れてもらって良いか?」

「べ、別にいいけど……。でも、あまりキレイじゃないよ」

「それでも問題ないぞ。ありのままの姉さんが知りたいんだ」

「ねえ、口説いているつもりは無いんだよね?」


 りんごにも聞かれたが、流行だろうか。普通の会話なんだから、口説くはずがない。それに、姉弟なんだから。普通のスキンシップの一端のはずだ。


 とはいえ、結構面白いよな。姉や妹を口説くなんて、すごい変わり者だろうに。俺は仲良くしたいけど、付き合えるとは思っていないぞ。


 正直に言って、結構好きではある。ただの他人として出会っていれば、付き合いたいと思ったかもしれないくらいに。でも、血の繋がりは無視できないだろう。悲しいことだがな。姉にしろ、りんごにしろ、付き合ったら楽しいだろうに。


「流石に、姉弟を口説いたりはしないぞ。仲良くしたいのは本音だがな」

「あー、そういう感じ。もちろん、良いよ。弟の頼みを聞くのも、姉の役割だからね」

「無理はしなくて良いんだぞ。姉さんを困らせたい訳じゃないからな」

「そこは大丈夫かな。じゃあ、入っていって」


 案内された姉の部屋は、大きな鏡が印象的。後は、カバンや服がいっぱいある。化粧品らしきものも。つまり、おしゃれにこだわっているのだろう。イメージ通りではあるな。


 ただ、他に飾りなんかはなくて、置いてあるものの割に殺風景なイメージだった。なんというか、内装にはこだわらないタイプなのかな。


「姉さんの部屋は、こんな感じなんだな」

「じっくり見られると、恥ずかしいんだけど……」

「あ、すまない。姉さんのことを知りたいと思ったんだけどな」

「とばりの気持ちは嬉しいから、謝らなくていいよ」


 やはり、優しい。ちょっとは気分を害したところもあるだろうに。それでも、謝らなくて良いと言ってくれるんだから。


 よく考えたら、自分の部屋をジロジロと見られたら困るよな。趣味とかが全部バレてしまうのだから。そう考えると、申し訳ないことをした。


 だから、姉の顔を見ていくことにした。じっくりと見ると、やはり美人だよな。前世なら、絶対に男に困らなかったと思う。もしかしたら、ここでも困っていないかもしれないが。


「姉さんは、何か趣味とかあるのか?」

「特別なものはないかな。強いて言うなら、化粧とか?」

「姉さん、今も美人だものな。努力の跡が見えるよ」

「そんなの、言い過ぎだって……」


 顔を赤くしてしまった。言われ慣れていないのだろうか。どこからどう見ても美人なのにな。まあ、男と出会う機会が少ないと、あまり褒められなくてもおかしくはないのか。


 そうなると、積極的に褒めていきたいものだな。できれば、りんごも。いくら弟とはいえ、褒められたら嬉しいはずだ。俺だって、同じことをされたら嬉しいからな。


「言い過ぎなんかじゃないぞ。姉さんは本気で美人だからな。もちろん、りんごも」

「りんごにも、同じことを言ったの……?」

「まだだが、いずれ言っていきたいものだな。可愛い妹なんだから。もちろん、姉さんも大切な姉だぞ」

「そ、そう……。とばり、かなり積極的なんだね……」

「大好きな家族のことだからな。当たり前だ」


 好きな相手に好きと伝えないのは、もったいないよな。俺の状況から考えたら、いつ会えなくなってもおかしくはないのだから。そう考えると、好きと言えずにお別れもあり得る。無いとは信じたいけどな。


 だから、言えるうちに言いたいことは言っておくべきだろう。いつかの未来で、後悔しないためにも。実際、家族みんなが大好きなんだから。百合子さんも含めて。


 前世では出会えなかった、とても大切な存在だからな。親しくしたいし、優しくしたいし、喜んでもらいたい。笑顔がついてくるのなら、もっと最高だ。


「私だけじゃなくて、ちょっと安心したかな。とばりは優しい子だね」

「ありがとう、姉さん。でも、俺が優しいと感じるのは、姉さんたちの優しさに返しているだけのことだ」

「そんなの、何もしてないのに……」


 どうなんだろうな。みんなにとっては当たり前のことを、俺が特別だと感じている可能性もある。俺の前世が特殊だったのは、誰に言われなくても分かるからな。


 ただ、いくら当然のことだとしても、家族と関わる上で手に入れた喜びは本物だからな。それだけは間違いない。


「俺は嬉しかったんだから、それで良いんだよ」

「例えば、何が?」

「記憶を失って別人みたいになった俺を、当たり前みたいに受け入れてくれているじゃないか」

「それは……弟だし……」

「弟だからこそ、違和感やら何やらで否定される可能性も考えていたからな」


 実際に、最悪の場合として想定していた。とばりを返してよ! とか言われるような事態を。だけど、そうはならなかった。だから、十分に満たされているんだ。


「なるほど……」

「だから、姉さんのことが大好きなんだよ」

「う、うん……」


 顔を真っ赤にして、髪をいじっている。これは、少し照れさせたか? 流石に、大好きだと直接言われたら、あり得る話か。でも、本気なんだよな。


「姉さん、これからもよろしくな。仲良くできたら、俺はとても幸せだ」

「私も、幸せだよ……」


 姉さんは俺の手を両手で包み込む。そこから気持ちが伝わってくる気がして、とても嬉しかった。俺は、姉さんに大事にされているんだ。そう信じることができて。


 これから先も、ずっと触れ合っていけたらな。そうすれば、言葉にした通りに幸せだろうから。


 だから、姉さんのことを大切にする。俺はそう決めたんだ。

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