第10話 たとえ届かなくても

 私は、とばりが好きになってしまったかもしれない。もしかしたら、恋愛として。でも、私達の関係は姉弟なんだ。だから、我慢するしかない。


 もともとは、特に好きな訳じゃなかった。家族として、情はあったと思う。だけど、だからといって恋なんてすることはない。そんな関係。


 実際のところ、関わりがないと言っても過言ではなかったからね。そんな人を好きになるなんて、土台無理な話。でも、それで良かったんだと思う。弟に惚れてしまったという懸念がある今では。


 どうして好きになっちゃったのかなんて、分かり切っている。とにかく、好きだと伝えてくれるから。そんな相手、今まで居なかったから。


 男の人に好きって言われたのは初めてだし、美人だって言われたことも初めて。だから、胸のドキドキが抑えきれなかった。


 温かい気持ちと、ふわふわしたみたいな幸福感。どちらも胸を一杯にしてくれて、とばりの言葉だけで、一生を過ごしていけそうだって思うくらい。大げさだって言われるかもしれないけれど、本当の気持ち。


 でも、そんな思いを抱えていても、私達は姉弟でしか無い。結ばれることは、とても難しい。


 だったら、距離を取った方が良いのだろうか。そんな事を考えたりもする。でも、とばりを拒絶したと思われて、悲しませてしまったら。


 悲しそうな顔を想像するだけで、胸が締め付けられたみたいに苦しくなってしまう。これまでなら、きっと感じなかった気持ちなのに。


 でも、仕方ないじゃん。普通に接しているだけで優しいって言われて、大好きだって言われて、一緒に居たら幸せとまで言われる。


 そんなの、きっと夫婦だったとしても言われないこと。だからこそ、胸に響いてしまったんだけど。それだけ、とばりは私を大好きでいてくれているんだって。


 家族としての感情だって、分かっているつもり。それでも、男の人に好意を向けられる喜びは、自分では抑えきれないほどの感情を運んできた。


 もし、とばりと結ばれることができたのなら。死んでもいい。そう思ってしまうほどに、好きの感情があふれてしまう。無理なのに。届かないのに。


 とばりのことだから、私を喜ばせたくて好きだって言ってくれたんだと思う。だから、余計に好きになっちゃった。なんて、出会って2日の相手に言うことじゃないけどね。


 でも、優しさは本物だと思う。私の部屋を見ていた時に、恥ずかしそうにしていたら、すぐに謝ってくれたから。他にも、家政婦の百合子さんの食事を褒めていたり、一緒に食べようとしていたり。


 だからこそ、結ばれたいという思いがあふれてしまう。私に優しくしてくれる男の人なんて、これから先もずっと出会えないだろうから。


 とばりは美人だって言ってくれるけれど、私みたいな格好は、男の人にはあまり好まれていない。威圧感があるみたいなことを、直接言われたこともある。


 そんな人達と、とばりは何もかもが違いすぎる。昔のとばりは、他の男達とそう遠くはなかったのに。今のとばりは、無防備だし、私みたいな子にも全身から信頼を見せてくれる。


 でも、少しだけ怖いところもあるんだ。とばりは記憶喪失によって今みたいになった。だったら、一時的な病気みたいなものなんじゃないかって。いずれ、元に戻ってしまうんじゃないかって。


 そんな事になったら、私は耐えられない。今の状態は、別に耐えられる。大好きな弟と結ばれないのは悲しいけれど、一緒にいることはできるから。


 でも、今のとばりが消えてしまったら、かつての喜びだけを胸に生きることになってしまう。そんなの、つらいなんて言葉だけでは、とても言い表せないから。


 そこまで考えて、私は昔のとばりより、今のとばりを選ぶことを決めたんだなって理解できた。まあ、仕方ないよね。血の繋がっているだけの、あまり会話をしない人と、大好きを示してくれる人。どっちを選ぶかなんて、決まり切っている。


 自分でも現金だなって思うけれど、でも、みんな同じ判断をすると思う。それくらい、今のとばりは素敵なんだから。


 だけど、初めての恋が一番難しいんだろうなって思う。だって、弟を好きになってしまったんだから。一応、結ばれたって罪にはならない。だけど、とばりは私を姉として見ている。それなら、距離を縮めていくことは厳しい。


 とはいえ、仲の良い姉弟にはなれるんだろうけどね。でも、それだけで満足できる自分じゃなくなってしまったって、理解できる。自分のことだから。


 とばりと一緒にいる時間は、間違いなく幸せではある。だけど同時に、少しの寂しさも運んでくるんだ。


 理由は何度も考えた通り。私ととばりが結ばれるのは難しいから。本音のところを言うと、深く愛されたい。でも、とばりは望まないことだから。私とは、家族としての関係を求めているから。


 まあ、それは良い。良くないけど、大丈夫。


 もう1つ心配なのは、とばりが女の人に優しくしすぎないかってこと。もちろん、良い人と結ばれるのなら、悲しいけど祝福する。重婚は可能だけど、実行する男の人は居ないから。その人と結婚して、おしまいなんだと思う。


 というか、やっぱり私は結ばれたいんだな。重婚が可能だったところで、私ととばりは姉弟なのに。分かっていても、欲が浮かび上がってきてしまう。


 だけど、私はお姉ちゃんだから。とばりの幸せのために行動するのが役目。自分の感情のために、とばりを傷つけるなんて論外。


 それに、今でも幸せだっていうことも本心だから。とばりが大好きだって言ってくれて、優しくしてくれて、手を握ることを受け入れてくれる今が。


 だから、もし結ばれなかったとしても、大丈夫。とばりの幸せな顔を見るのは、私の幸せでもあるから。離れ離れになっちゃったら、耐えられないだろうけど。


 とばりの手はゴツゴツしてて、たくましくて、暖かい。その感覚を思い出すだけでも、心がポカポカしてくるから。またとばりの手を握れるのなら、それで十分だって思えるんだ。少しは悲しいけどね。


 だけど、とばりを傷つける人が居たら、絶対に許さない。どんな手を使っても、地獄を見せてあげる。それが、お姉ちゃんの役割だから。


 とばりの幸せを守ることは、私の大事な役目。だって、とばりにはたくさんの幸せをもらったから。その分を返すことは、当たり前のことなんだ。


 とばりは、私が受け入れてくれたことが嬉しかったって言っていたよね。でも、私の方がもっと嬉しかったと思う。


 だって、私と仲良くしようとしてくれて、気遣ってくれて、優しくしてくれた。そんな男の人、珍しいなんてものじゃないから。


 それに、お母さんやりんご、百合子さんも大切にしてくれる人だから。私だけが好きだからって、他の人に冷たくする人なら、別に好きにならなかったと思う。


 みんなを大切にしようと思うとばりの心は、とっても素敵なものなんだよ。だから、その心をずっと守るために、頑張るからね。


 お姉ちゃんは、どんな未来でだって、とばりのことが大好きだよ。

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