第23話 陸上部の見学

 生徒会に入ることは、決まったと言って良いだろう。後は、部活を決めていくだけだな。とはいえ、陸上部と文芸部に入るかどうかだけなのだが。


 まずは、陸上部を見に行きたいな。明陽さんは明確な目標があるようだから、その応援をしてみたい。後は、一度くらいは走ってみたいものだが。


 ということで、放課後に陸上部へと向かうことにする。明陽さんに声をかけて、案内してもらうことにした。


「なあ、陸上部に連れて行ってもらえないか? 見学してみたいんだ」

「もちろん、良いよー。陸上に興味があるの?」

「明陽さんが頑張っている姿に興味があってな」

「え、そうなんだー……ドキドキしちゃうなー」


 朗らかな笑顔だから、本気でドキドキしている訳ではないと思う。からかっているのか、あるいは定番の会話なのか。


 俺には、そのどちらなのか、あるいはもっと別の意味なのか、それを判断するだけの常識がない。だから、ちょっとだけ困ってしまう。


 とはいえ、俺に悪感情を持っている表情ではないから、そこは安心できる。少なくとも、機嫌を損ねる物言いをした訳ではない。


 この調子でガチ恋チキンレースがうまくできるのかという心配はあるが。まあ、失敗して恋をされる可能性は少なそうだな。嫌われないかが怖いくらいで。


 変なことを言って好感度を下げてしまうのが恐ろしいんだよな。せっかくだから、知り合いとは仲良くしたい。


 まあ、不安がって行動しないのが、一番まずいよな。何も関わらなければ、仲良くなることは不可能なのだから。嫌われることを恐れるばかりでは、誰とも仲良くできない。


「俺としては、明陽さんが入部しそうだから、陸上部に興味があるんだよな」

「そ、そんなの、恥ずかしすぎるよー! 私に興味があるなんて!」

「せっかく仲良くなったんだから、もうちょっと知りたいんだよな」

「なら、私の全力を見せてあげるから!」


 とりあえず、乗り気になってくれたみたいだ。言葉選びは正解だった感じだな。よし、うまく行っている。この調子で、もっと俺と仲良くなってもらえれば良い。


 親しい相手に興味があるなんて当たり前だろうし、良い感じなんじゃないか? これからもっと親しくなるための取っ掛かりがつかめたかな。


「じゃあ、陸上部に行こうか。それで、明陽さんのカッコいいところを見せてくれ」

「もちろんだよー! メロメロにしちゃうんだから!」


 本当にメロメロになったら、それはそれで楽しいだろうな。明陽さんは明るくて楽しくて、好感が持てる相手なのだし。


 とはいえ、俺に恋はまだ早いだろうな。まともに人と関わった経験が少ないから、恋人ができてもうまくいく気がしない。


 まあ、ガチ恋チキンレースだって難しい気はするが、それはそれだ。だって、高校のうちしかできないだろうからな。


 社会人になってから、ガチ恋チキンレースに走るのは難しいだろう。今しかできないんだから、未熟を理由に立ち止まるのは、もったいないよな。


 ということで、明陽さんの好感度を稼ぐ立ち回りを意識していこう。どうせ、俺に惚れる人なんていないんだから、全力で突っ走るくらいでちょうど良いはずだ。


 ずっと病院で寝転がっていた俺には、対人経験が少ないのだから。恋には、やはり経験が優位に働くと思うんだよな。


 そんなこんなを考えているうちに、陸上部へとたどり着いた。普通にグラウンドを使っていて、みんなが準備運動をしている様子。


 こちらの姿を確認して、部長さんが近寄ってくる。なんだか楽しそうな顔をしているな。


「こんにちは。見学者か?」

「そうですね。入部を検討しているんですけど、とりあえず一度見てみたくて」

「なるほど。陸上は好きか?」

「どうでしょうか。とりあえず、頑張っている人を応援したいんですが」

「マネージャー希望か?」

「そこまでハッキリしている訳ではありません。マネージャーがどういうものかも、よく分かりませんし」


 実際、陸上自体に興味があるかは怪しいんだよな。俺としては、明陽さんに着いてきただけというか。まあ、それを口にするのが問題だってのは、いくら俺でも分かるからな。


 部長さんは考え込んだ後、こちらに向けて笑いかけてくる。


「それなら、実際に走るのと、マネージャーとを試してみると良い。それが一番早いぞ」

「分かりました。あ、そうだ。俺は赤坂とばりと言います」

「私は、秋山沙耶だ。陸上部の部長をしている。まあ、まずは体験してみるんだ」


 俺も同感だ。試してみないことには、何も分からないからな。適性も、部員との相性も。


「じゃあ、私が案内しますねー!」

「お願い。一緒に来るくらいなんだから、仲がいいはずだぞ」


 秋山部長は、そう言って微笑んでいる。なんというか、ずっと笑っているな。口調は淡々としている感じなのに。


 ただ、結構気になる相手ではある。部活紹介の時に、全力な人を求めていた様子だったし。だから、本人だって同じはずだ。


「まずは、軽く走ってみようか。その前に、準備運動をしてからだけどねー」


 ということで、明陽さんの手本を参考に、動きを真似していく。準備運動は、俺の知っているものとは違った。停止しながら筋を伸ばすイメージだったが、もうちょっとアクティブだな。


 ラジオ体操を、少し激しくした感じか? とにかく、新鮮な経験だった。まあ、準備運動だけでも、結構疲れてしまったが。


 そして、100メートルを走ることになる。とりあえず全力で駆け抜けてみたが、正直に言って遅いくらいだ。記録は15秒。それに、1回走っただけなのに、もうヘトヘトだった。


「男の子って、結構速いんだねー。初心者でこれなら、すごいんじゃない?」

「みんなより、明らかに遅いと思うが。正直、向いてない気がするぞ」

「1回走っただけで、向いてるかどうかなんて分からないよー」

「そんなものか。とはいえ、疲れてしまったな。これ以上、走れる気がしないぞ」

「あらら……体力は、全然ないんだねー。でも、初心者だもん。これから、もっと伸びるよ」

「だと良いんだが。次は、マネージャーの仕事だな。そっちは、もっとうまくできると良いが」


 明陽さんに案内されて、マネージャー達のもとに向かっていく。そこで、やるべきことを教わっていった。


 内容は、タイムを測ったり、映像を撮って後でフォームの確認に役立てたり。他には、ライン引きをしたりもするらしい。


 まずはお試しということで、タイムを測っていくことになる。その時の担当は、明陽さん。


 ということで、彼女の走りを見ていくことになる。100メートルを駆け抜けていく姿は、とても輝いて見えた。


 どう見ても真剣な顔をしていて、一歩一歩に力を感じる。全身全霊を込めているのが、見ているだけでも分かった。これが、本気になるということか。そう感じた。


 思わず、ストップウォッチを止めるのを忘れそうになるくらいだった。ふと気がついて、なんとか合わせられたのだが。


 記録は、13秒72。速いのか遅いのかは、俺には分からなかった。とはいえ、感動していたのは間違いない。この人が走る姿を、もっと見たい。そう思わされていた。


「何秒だったー?」

「13秒72だよ。明陽さん、とってもカッコよかった。あなたが走るのを、もっと応援したくなったよ」

「ありがとう。なら、陸上部に入るのー?」

「前向きに考えたいな。もう1つ、見学したい部活があるから、それを見てから決めるだろうが」


 後は、文学部の様子を見てからだ。とはいえ、とても陸上部が魅力的に思えた。明陽さんみたいに頑張る人がいっぱいなら、かなり良い環境だろう。俺はとても強く、入部したいと考えていた。

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