第13話 菜の花公園の秘密

 肌寒い風が今日だけ穏やかになってぽかぽかした四月の第二日曜日。私と高梨さんは、随分進んできた作品の合間の息抜きに、高梨さんの家の裏門から塀づたいに歩いて、タンポポがそこここに咲いたあぜ道をゆっくりと進み、学校の近くに当たるらしい菜の花公園に出かけた。

 道々小さな花をそっと摘んで、にっこり微笑んで手渡してくれる高梨さんのゆったりとした横顔が、今日の日差しの様に温かくて、心の中が柔らかくなっていく。

 あぜ道の向こう側一面。菜の花が、優しく降り注ぐあったか~い光に包まれ、きらきらと輝いてとっても綺麗だ。私の気持ちもパーッと明るくなって、もっともっと楽しい事がこの先もどんどん起こりそうな予感がする……。

 勇太の心配なんて全然大丈夫。高梨さんも益々優しくなって、決定的に確かめてみては無いけど今のところ決まった彼女もいないみたいだし、受験も頭に無いみたいだし私達は安泰だ。これって精神的に最強なんだよね。

「どう、舞子ちゃん、この公園初めて来た。それとも、知ってた?僕の秘密の花園なんだよ。最近知る人には知られてしまっているけど…」

「うん初めて来たー。よく雑誌に載ってるよね。こんなところ」

「奇麗だろう」

「うん、こんな奇麗な公園が学校のすぐそばにあるなて、みんな知らないだろうな」

「知ってる人もいるよ。この時期、今だけ公園になるんだよ」

「本当?」

「そうだよ。秋にはコスモスが咲くんだ。ここのおじさん家のおじいちゃんの友達なんだけど、そのおじさんがが菜の花が大好きでね。少しずつ広げて一面の菜の花畑にしたんだ」

「へーそうなんだ」

「ついでに、もう一ついいこと教えてあげようか?」

「なに?」

「それはね……。コホン、この公園の向こうの山にある大きな杉の木の下に、小さなほこらがあってね。そこに伝わる古くからの言い伝えがあるんだけど……」

「言い伝え…」

「行ってみる?祠は小さいんだけどそこに行き着くまでの演出は、演出なんて言ったらバチが当たるか…ちょっと怖いかな。引いてしまうかもだけど…」

 演出って…人工のものみたいに言う。神社なのに…高梨さんってどこか不思議。妖精さんなの…さすが先祖代々って言うか、この辺りの、あんまり有名じゃ無い、地元の地味な場所の話に相当詳しくて、テリトリーの広さに驚く。ここまでの抜け道だって私道なんじゃないかな。私がそんなことに一人で感心していると。

「行ってみようか」

 と、手を差し出した。

「え?」

「この先、山の中を抜けていくからね。迷わないように」

 うそ……?

 高梨さんがソっと手をつないでくれた。大きくてゴツゴツしてあったかい手。柔らかい性格の割にこの手は剣豪のそれなんだ。

 細いけもの道は、林の中を抜けて、サラサラと流れる小さな川を渡ると、朱のはげた鳥居がいくつも続いている坂に出た。その坂の途中に、薄汚れた小さな狐が何百もびっしり祭られたお稲荷さんを見付けて、あまりの薄気味悪さに足のすくんだ私は、高梨さんの繋いでくれている手をギュっと握った。

「こわい?これ、誰かが意図してやったとしか思えないでしょ」

『えー!』言い方は確かに笑えるけど迫力が凄くて声にならない。私はうなずいて立ちつくした。高梨さんはゆっくりと手を離すと私の肩にそえて静かに歩きだした。

「大丈夫だよ。まあお稲荷さんは大抵こうあるよね。何処も似たりよったり、もう少しだから、あ、黙って歩いてるからいけないんだな。何か話をしながら行こう」

「うん…」

「ここを抜けると広い境内があってね。そこは、僕の子供の頃からの稽古場だよ。今の道を走ってここへ来てね、秘密の特訓をしたんだよ」

「そう」

「子供の頃は流石に怖かったけど、毎日の練習に通っている内に平気になってしまった。ん、どうした?」

「私、高梨さんに会ってから、とても弱虫になってしまったの。本とはもっと強くて元気だったはずなのに」

「え?」

「だってどんどん心が優しくなって、こんなの、自分じゃ無いみたいなんだもん。どうしたらいいんだろう」

 そう言ったら高梨さんは、私の肩を両腕でしっかり押してくれて優しい声でこう言った。

「僕は、自分が前よりすごく強くなったような気がしているよ。舞子ちゃんを守ってやりたくて」

 守ってやりたい…今どき、聞く人が聞けば虫酸が走る女性蔑視かも。なのに…高梨さんの口から出ると優しさの塊なんだな。

 何だか涙がいっぱい出てきて止まらなくなって、長いことメソメソしていた。そのあいだ高梨さんの大きな手は私のことをずっとつかまえててくれて、これは確かめるまでもなく私の事、本当に思っててくれてるんだって何度も自分に言って、身体中、上から下まで全部バラ色に染まってた。

 初恋がハッピーエンドになるなんて、征子達に言ったら袋叩きにあいそうだから、当分は誰にも言わないでそっと一人で噛み締めていよう。それにしても恋って不思議。高梨さんと自分の気持ちを確かめ合えたら、どんどん元気のパワーが戻ってきて、私は前にも増して明るく、活発になった。        

 解る人には、もう解ったかも知れないけど、あの後の高梨さんのもう一つのいい事は、『この道を辿ってほこら迄たどりつくと心に秘めた恋がかなう』って事だった。お互いに初恋の私達にとって、恋がかなうなんて事、現実味が無かったけど、単純な私達だから、言われたら納得して本当にそのとうりになってしまった。

 その後しばらく、勇太は妙に不機嫌で毎日イライラしてた。冷たいわけじゃないけど会話も少なくて一緒にいる時間も無視で心許ないけど、この頃はボクシングに打ち込んでるみたいでまた扱い易くなってきた。元気な弟は張り切っててなんぼだから、いつも元気でいてほしい。

 愛子姉さんと、勇次兄さんはいよいよ受験体制に突入。仲がいいのか悪いのかいつもガタガタやりながら協力学習をしている。身近に最大のライバルが居るとふたりとも刺激し合って好都合だと、さらなる高みに挑戦するらしい。

 おばあちゃんはもうボクシングに打ち込んでる勇太は自分には手に負えないとあきらめたのか、この頃勇気を鍛えようと目標を替えたみたいだし、妹に料理を教える楽しみも増えて張り切っている。

 パパもママも相変わらず幸福そうで、我が家は…みんな元気で忙しい。 

                          おわり 

                                              

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