第11話 始めてのデイト
春休みとはいっても、まだ、すこし風は冷たくて、リュックの中に薄手のカーディガンを入れた。スケッチ旅行というだけで詳しい行き先は決まってないけど、絵を描き終った時にお礼にってもらった、小さなスケッチブックと色鉛筆も入れた。
「じゃあ行って来るね」
「おう、力入ってるじゃない」
「まあ、舞子可愛い」
「そ、それほどでも」
「ううん、素敵な色よ。初めてのデイトって感じで。ねえ、勇次」
「ああ、楽しんで来な」
「何だか照れるな」
こころ温まる兄弟姉妹の見送りに感謝して、私は息揚々と駅に向かった。やっぱりデイトって気分、そういえば勇太がいなかったみたい。クラブにでも行ったのかな。私と高梨さんのデイト気に入らなかったみたいだから、またなんのかんのと言うんじゃないかと思ったけど、結構他人事で、忘れてどっか言ったのかも。
まあ、あんたなんかいなくったって、お兄さま、お姉さまが可愛いと言ってくれたんだから、はりきって行くわ!
とはいうものの、本当に初めてなんだよね。今までは、みんなごちゃごちゃ居る中で会ってたけど、一対一と思うとドキドキしてしまう。第一声、何を言ったらいいのかな。私から声をかけるのかな、とか考えながら歩いていた。
駅までいくと、改札口から少しずれたベンチの横に白いセーターを着た高梨さんが立っていた。
「おはよう!」
高梨さんが先に声を掛けた。
「お、おはようございます」
少し小さく返事をした。
「少し寒いね。平気」
「うん、……」
「この先に古い小学校があってね。今は小学校としては使われていなくて、小さな町営の博物館になってるんだ。まずはそこへ行ってみようと思っているんだけど。いいかな」
「あ、はい」
私は、顔中真っ赤になってるんじゃないかって、絶対真っ赤になってるって言い切れるほど、なんか身体がほてって、浮ついた声で返事をした。
それから少し冷静になって、本当にスケッチに行くんだって思った。
駅の近くの昔の小さな小学校は、小高い丘の上にあって、しかも鬱蒼とした森を抜けると初めて姿を現すところで、誰でもいける手ごろな場所とは言いにくそうな所だった。
「高梨さん、よくこんな場所知ってますね。通りからは全然見えない」
「そうだろ、一度ゆっくり来てみたかったんだ」
高梨さんはベンチに腰を下ろして並木の奥に見え隠れする。校舎をスケッチし始めた。私もそっと横にすわって、高梨さんの手もとを見ていた。
「高梨さん、剣道するんですか」
「え?、勇次に聞いたの。あのね…その…、家には代々伝わる秘伝の技があってね。それを嗣ぐために、一通りはやったってだけだよ。あんまり好んではやらないけどね」
「人前でもやるんですか」
「うん、家の道場ではね。でもめったにやらないよ。今のところ親父がやってるから、僕がどうしてもって事はないんだ」
「へえー、そういう物とは全く縁の無い人かと思っていたけど、解らないものですね」
「このまま、ずっと縁の無いままで居たいね親父にうんと長生きしてもらって」
「舞子ちゃんは、趣味かなんかあるの」
「え、それが何も……。これって」
「兄弟が多くて楽しそうだから、趣味なんかなくってもいいかもなー」
「なにかバタバタしてる間に、一日が終わっちゃって……」
「そうだろうな」
「そういえば高梨さん兄弟は?」
「僕は一人っ子なんだ」
「へえ、一人っ子なんですか」
「親父や、おじいさんの弟子が多くいるから出入りも激しくて静かじゃないけどね」
「でも、お兄さん、とか、妹、とかいないんだ」
「そう、舞子ちゃんの家に行くの楽しかったよ。可愛い実依子ちゃんもいるしね」
「そうだ、今度は実依子にモデルになってもらったらいいんじゃないですか。姉の私が言うのもどうかと思うけど、あの子可愛いし、お人形みたいに」
「今度のは、大作になるんだ、そろそろ卒業制作の準備にかかるからね」
「卒業制作?」
「そうなんだ」
そうか、三年になるんだね。
「でね、また舞子ちゃんに頼みたいなって思ってるんだけど」
「え?」
「僕、大きな作品で人を描くのは初めてなんだ。だから、ぜひ舞子ちゃんがいいなって思ってる」
「どおして?」
「新たなる挑戦だから、記念になる絵が描きたい」
「それで、私?」
「明るい絵が描きたいんだ。それならやっぱり舞子ちゃんがいいよな。舞子ち
ゃんさえよければね」
私さえって? 私は願ってもないことなんだけど、モジモジしているといやがってるみたいで誤解されそう。
でも、二度とないと思ったことがおきるなんんて、すぐには反応できない……
「あ、あの」
「ん」
「よろこんでOKします。」
「その、こんどは、大作で大きな絵なんだ。それで、持ち出すの大変だから家に来てもらってもいいかなあ」
「高梨さんの家に?」
「も、もし無理だったら、その、デッサンだけしてあとは自分で組み立てても何とかなるとは思うんだけど」
「いいです」
「へえ!」
「行きます。高梨さんの家」
「あ、そう」
「高梨さんの竹刀持ったすがたとか、観られます?」
「あ、それはないな。人前では、やらないから」
「そう、残念。どうして人前でやらないんですか」
「なんか、こう、性に合わないっていうか、様にならないっていうか、あんまりみっともないと家の看板降ろさなくちゃならないからね。何しろ家元だから。おじいちゃんとも約束してるからね。人に観せるものではないって……」
「ふ~ん。うちの勇太より、弱いってことはないよね」
「いやあ、勇太君結構鍛えてそうだから」
「でも、深みが違いますよ~。高梨さんは何せ先祖代々だもの」
「コ、コホン。舞子ちゃん、話題を変えようよ」
「そう」
「この話題はあまりしたくないみたいだ。どちらが強くても所詮それだけのこと。まあ、大したことではないよ」
「はあ」
盛り上がっていたのに、高梨さんはよっぽど勝負ごとは嫌いらしい。根っから文科系ってことなのかなあ。でも、免許皆伝。秘技まで伝授してもらってる高梨さんが実は弱いなんてありっこない。私は、いつか一度、眼の醒めるような技をこの眼で観たいと思った。
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