第4話 ワクワク・ドキドキ

「う~ん、一つのテーブルにね、トーストと味噌汁が並ぶというのは、どういうもんだろう」

「え、」

「ん?」

 お父さんの発言にみんなの食事の手が止まった。そういえばなにげなく囲んでいた食卓は、已然、今までの両家のまま。家はトーストとミルク、あいつの家は味噌汁にご飯ってなっていて、統一感のない食事風景。ママが忙しい我が家にとって、朝は何でも有るものを突っ込んで、いざ学校って感じで、朝食を重要視してないっていうか、慌ただしい。

 でもあいつの家は、純和風の家で、朝も早くから、おばあちゃんが襷がけして、味噌汁だの、卵焼きだの用意している。食事に対する考え方がこうやってテーブルの上に顕れてるということなんだ。

「どうだろう、トーストでも、ご飯でもどちらでもいいから一つにして、みんなでおなじものを食べることにしないか」

「あ、そうね」

「気がつかなかったね。言われてみれば、ほんと」

「そうだ。そうだ」

「家族って感じ出るよな」

 お父さんの提案は一家の長らしく至極全うで、的を射ている。みんなどうということもなく賛成し、明日からはそうしようと言う事になった。

 私はそれどころじゃなく色々考えることがあって慌ただしく家を後にして、学校に向かった。

 私の重大事の一つは、お姉ちゃんに今度の日曜日の件をどう伝えるかで、まあ、これは人のいいお姉ちゃんの事だから何とか丸め込んでそうなるとして。

 問題はもう一つ、あの三人の中で、見劣りしないでどうやって出かけるか。これは相当考えないとうまくいきそうにない。だけど、今度ばかりは口軽く誰かに相談出来ないって言うか、できれば知られないようにしておきたいから。ひとまずはお父さんの所へ行って…と、そう計画しながら早いとこ授業が終わらないかと待っていた。     

「ん…。勇太どうしたの?なんだかコソコソして」

「しっ!」

「なによ!」

「帰り遅くなるからばぁちゃんに言っといてくれ」

「遅くなるって、なんで」

「ちょっとな」

「ちょっとって、勇太!待ってよ」

「待てねえよ。急ぐんだ」

「急ぐって…?」

 なによ、コソコソと、

「舞子!帰ろう」

「あ、うん、今支度する」

「ねえ、どう。アイドルに囲まれて暮らしてるって?」

「アイドルって」

「そりやぁ愛子様や、勇次様よ、なんだって学園でも指折りの美男、美女があんたの 兄姉なのよ。ねー、ねー、間近で見るとどんな感じ」

「どんな感じって、兄さんはともかく、お姉ちゃんは生まれた時から一緒に居たんだし、わざわざどうってこと無いわよ」

「でも、この頃、いよいよ奇麗になったって評判よ。なんかこう雅な感じで」

「ああ、あれ、ほら、お父さんが、あ…」

 私は美容院に行くことにしてたのを思い出した。

「なんよ、途中で話止めて」

「私、今日、お父さんとこ行くつもりだったのよ」

「お父さんとこって、この前行ったばかりじゃない」

「うん、そうなんだけどさ」

「まったく、愛子お姉さまならともかく、あんたがそんなに熱心に美容院行ったって変わんないわよ」

「え~ショック」

「まったく、美容院もフリーパスになっちゃうし、家にいて美しいものに囲まれて暮らしてるなんて、天国だよ、天国」

「うん、うん、それにおばあちゃん。料理の得意なおばあちゃん、これがね一番の極楽なのよ」

「まだ、まだ、食い気か、舞子は」

 大きなお世話だよ。他にも悩んでる事はあるんだよー、人並みに。あんたに言ったら、あっち、こっちに拡がって大変な事になるからね。私はこの胸にしまって、一人で悩んでいるんだよ~。

 とうとう、今日は美容院にも行けずに終わってしまった。

「ただいまー」

「舞子、愛子に言ってくれた」

「ううん、まだ」

「おい、たのむぜ。もう木曜だからな。あいつ楽しみにしてるし、なるべく早く返事聞いてくれ」

 情け無いよ、アイドルがそんな言い方しちゃあ。私はこれでもみんなから、雲の上の人々と、暮らして居るかのように思われているんだから。勇次様が、腰低くして近寄って来ちゃあいけないよ。まったく……。

「勇太遅いわねー」

「あ、おばあちゃん。遅くなるって言ってたよ」

「へえ、あの食いしん坊の勇太が遅いとはねえ」

「今日、なんのご飯」

「これ、これ、ビーフストロガノフ。おいしそーなお肉が、食べて欲しそーにしてたのよー」

「んー、いい匂い。着替えてくるね」

「いいわねー、舞子ちゃんは、なんでもおいしそうって言ってくれて」

「だって、おばぁちゃんの料理最高よ」

「あら、そうかねぇ」

 食事の時間には間に合って、勇太も帰ってきた。そわそわしてる勇次兄さんと、なんだかそっけない勇太と、いよいよ美しい愛子姉さんと、今日は一段落したママも食卓について私達は幸福な夕食をいただいた。    

 夜、私はお姉ちゃんの部屋に行った。この家は、お父さんとママの結婚を機に、お父さんの仕事場に近い公園通りへと、移って来て古い家を改築した。大きな家で私と実衣子の部屋も用意してあったが、実衣子は怖がりで、私は寂しがり屋だから、そのまま同じ部屋を使う事にした。

 お姉ちゃんは、高等科になって遅くまで電気を付けているので、一人だけ個室を使うことになって、なんだかわざわざ会いに行くってのがめんどうで、話をするのが他人行儀な感じになった。

「お姉ちゃん、いい」

「ああ、舞子、どうぞ、なにを遠慮してるのよ」

 美しいお姉様が答える。なんか意識しすぎてお姉ちゃんが雲の上に昇って行きそう。

「なにしてるの」

「宿題、この頃いっぱい出るから、遅く迄かかっちゃって」

「そう」

「なに、」

「え!」

「用があったんじゃないの」

「用、ああ、今度の日曜日、勇次兄さんが、スケートに行かないかって」

「スケート、へ~え、勇次スケート好きなんだ」

 さあ、好きかどうかは知らないけどさ。

「ねぇ、なんであんたが誘いに来るわけ」

「へぇ」

「私、毎日教室で勇次と会ってるのよ。まさか舞子がお目当てってことじゃ無いと思うけど、なんか企んでるのかなぁ」

 なにをぶつぶつ、そう勘繰らないで素直に行くと言って。私は、お姉ちゃんの反応が以外で、勇次なんて呼ぶのもへーって感じで、ハイスクールライフを感じて、おとなしく返事を待っていた。

「まあ、たまには乗ってみようか。舞子の頼みだものね」

「ほんと、」

「うん、このところちょっと頑張ったから気分転換になるし」

 ハー良かった、これでまずひとつ片着いたってもんよ。私は重大な役目をはたし、疲れきって部屋に帰った。征子の言ったことに反応する訳じゃあ無いけれど、なんだかアイドルの居る家って疲れる。

 この先アイドルと化すかも知れないけれど、今のところ騒がれる気配の無い実衣子と、軽くトランプをして、我に返ってから眠った。 

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