第3話 安定した生活

 家に帰ると、おばあちゃんが台所で奮闘していた。鍋釜を探し出して元気に家事にいそしんでいる。ママは何処?…仕事場にしたサンルームに籠もったっきり、新しい企画の構想が浮かんだとかで…、本当なら当分、私達は何にもありつけない飢餓状態になる筈の時期だったのに…

 今日は玄関のドアを開けると、甘いお茶の香りがして、テーブルの上には、ケーキが乗っかっていた。

「おばあちゃん、お腹ペコペコ」

「そうかい、そうかい。たくさん食べて一日の疲れを癒すんだよ」

「なんだか天国に居るみたい」

「また。大げさな子だね」

「ううん。本当。生まれて初めての感動!ママが仕事に没頭してる時、私達は放られて食事にもありつけなくて、それはそれはひもじい毎日になってたの」

「へえ~」

「だらか、おばあちゃんの出現は、私達にとって、砂漠で天使様に会ったような感動なのよ」

「またまた、こんなしわくちゃな天使様が居るもんかね。でも、そういわれると悪い気はしないね」

「おばあちゃん、主婦の居ないこの家を、私達で助け合って支えていこうね」

「まったくおもしろい子だよ」

 私はつい、今までの生活から脱却できず、ガツガツとケーキを食べてしまったあと、ああ、もうあんな悲惨な生活はしなくていいのと、自分を勇気づけた。だって本当に幸せ。涙が滲んでしまいそう。ママには悪いけど、この結婚。本当に私達も幸せになるわ。

 私達の幸せそうな顔とは裏腹に、男共は、何だか沈んでいた。どうやらおばぁちゃんは男の子には厳しいらしく、三人ともびくびくしたり、ため息ついたりしながら、おばぁちゃんの出現を残念がっていた。勇太ときたらこれで当分おばぁちゃんのしごきに会わなくていいとホッとしてたらしく、日頃の大食に比べての食の進みの悪さからして、かなりのショックだったらしい。学園で人気のお兄様も、借りてきたネコみたいに、小さくなってしまって、みんなが見たらそうとうがっかりしそう。

 家のママといい、勇太のおばぁちゃんといい、子供を泣かす事にかけてかなりハイなレベルの人々。

 勇次、勇太、勇気三兄弟の父は、あのスパルタのおばぁちゃんに育てられたとはどうも思えない。きっとおばあちゃんは、あの弱腰のお父さんを育てたことを悔やんでいて、今孫をしごいているのかもしれない。

 そう思えるほど、お父さんはとってもフェミニストなんだ……。で、そもそも、家のママとの出会いも、お父さんの美容師の腕にすっかり惚れ込んだママが、お店に何度も足を運んでいるうちに、だんだん盛り上がって、こういうことになったらしい。

 私達、三人姉妹も、今や専属の美容師が出来たみたいで、フリーパスでセットしてもらったりしている。私は中学生、お姉ちゃんは高校生とあって、まだまだ大冒険は出来ないけれど、私は長かった髪を思いっきり短くして、自分もびっくりする程の大変身を遂げたし。お姉ちゃんはもともと美形だから、何をやっても似合いそうなんだけど、結構地味目の髪をしてたから、割と点取り虫みたいで、とっつき難いところがあったけど、なんと今では可愛らしくなって、もう私は足元にも及ばないって感じ、こんなに差がつくと、さっぱりとあきらめもついて、お手あげ状態よね。

「ねぇ、おばあちゃんあの三人の中で、誰が一番物になるの」

「それは、やっぱり勇太だよ」

「あら、そう」

「勇次は、人がよすぎて、相手を打ち負かすほど踏み込んでこれないし、勇気はふざけてばかりで本気が足りないんで駄目さ」

「ふ~ん」

「そこいくと度胸はあるし、勇気もあるし、まあ、あの三人の中ではなかなかだよ」

「おばあちゃま、私はどう」

「舞子ちゃんは筋がよさそうだよ、やってみるかい」

「うん、うん、このところ暗がりを歩く時も多いから、護身用にやっとこうかなぁ」

「止めろ、止めろ、舞子がこんなことやったら、ばあちゃんより強くなって、しょうがないよ」

「勇太と勝負出来るわよ」

「ほら、そんなこと考えてんだろう。ろくなことないよ。ばぁちゃんに鍛えられて、その上お前にまで強くなられちゃ、最悪だよ」

「ふ~ん」

「なんだよ、ふ~んて」

「ううん、なんでもない」

「ねぇおばあちゃんお父さんてどんな子供だったの」

「そうだねぇ、勇太みたいなところもあったし、勇次みたいなところもあったし、勇気はちょっと違うかな、あの子は、お母さん似だったかも知れないね」

「私お父さん好きよ」

「そうか、あんまり強くないけど」

「うん、強くなくても好きよ」

 ママは相変わらず、サンルームに篭もっていて、私はよくおばあちゃんと料理をしたりおしゃべりをしたりして楽しんだ。勇次兄さんや、あいつも集まって来て、やっぱり大家族っていいなと思った。勇気はちょこちょことサンルームに覗きに行ったりして、やっぱりお母さんが恋しい年ごろなのかな。

 私達にはちっとも気を使わないママが、勇気には不思議と優しかったりして、ようやくママも、母らしく、なれる時がやって来たのかも知れない。勇気がママのところにちょろちょろしていても、実衣子は全~然無関心。すっかり親離れしていて、やきもち焼いたりしないのが、これまたおかしい。

「舞子、今度スケートに行かないか」

「え!本当」

 初デイトが勇次兄さんなんて信じられない。でも…、みんなからなんやかんや言われる……。それでもいい。こんな夢みたいなこと、そうあるわけないから。

「うん、行く」

「よーし、日曜日……。ねぇ愛子誘えないかなぁ」

「えっ!」

 なんで?

「俺の友達が、愛子紹介しろってうるさいんだ」

 なんだ、そんなことか。でも、それはそれで興味深々、うん、うん、お姉ちゃん誘ってみる。絶対。

「わかった。任せて」

「良かった、やっぱり舞子だな。愛子に言ってもなかなかOK出ないんじゃないかって心配してたんだ」

「でも、その友達って誰、さしさわり無ければ参考に!」

「ああ、幼なじみだよ。俺と違ってスポーツマンだし、ファンも多いから、愛子とあいつがカップルになったら泣く奴多いぞ」

「で、誰?」

「知りたい」

「うん」

「バスケの斉藤」

「ひゃぁ、そりゃあ大問題だよ。お姉ちゃんと勇次兄さんが兄弟になっただけでも大さわぎなのに、そこにあの、そういうことに音痴な私でも知ってる程の斉藤さんまで絡んできちゃあ、学園中大騒ぎになっちゃうよ」

「大げさだなあ」

 大げさだなぁなんて、憎いよね。自分たちがその位注目されてるって、ちっとも自覚してないんたから。あ~今度の日曜日のことが信じられない~。でも待てよ、アイドル二人と美しい姉。なんか私だけ浮いたりしないかなあ。嬉しいんだか、情け無いんだか、明日お父さんとこ行ってとことん可愛くしてもらわなくっちゃ。

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