第5話 スケートリンク

 翌日、アイドルの兄貴にお姉様の返事を伝えると、飛び上がらんばかりにして喜んでいた。自分の姉ながらドキドキしたり、この間まで知らなかった兄貴なのに、平常心だったりする、これはどんな作用なのか。日常の変化の激しさに、いささか疲れながら、まずは第一目標を達成し、次なる目標へとため息まじりに向かうことにした。食卓に着くと、勇太はもう食事を済ませたとかで、すでにその辺に居なかった。

 私はスケートに行ける楽しさと、もう一つの課題との板挟みになって、ひどく疲れていた。征子は相変わらず横でうるさく言っていたが、今日はそれに反応する元気もなくて、気分を害したのか、プリプリ怒っていた。

「ねえ、ねぇ、勇太、新聞配達のバイトしてるんだって知ってた?」

「え~!」

 あ、そう言えば朝は早いし、夜も忙しそうにしてたし。それ有るかも。

「ああ!あれってバイト?」

「うちの学校、バイト禁止だから、問題になるかもよ」

 え~健全な新聞配達のバイトがなんで問題になるわけー。そこじゃないか…なんでそんなことやってんのかは知らないけど、勇太らしい真面目なアルバイトじゃあないさ。

「勇太、ボクシング部の入部試験受ける為に足腰鍛えてたらしいよ」

「え、それ本当!征子、なんでもよく知ってるね」

「うん、男子達が言ってた。勇太、絶対受かるんだって、身体鍛え始めたらしいよ」

「へー、それで新聞配達なんだ」

「あんた、なにも知らないのね」

「え、ええ」

 このところ自分の事で必死になってて勇太のこと気にしてなかった。

「ねえ、呼びだしされてるの」

「ううん、今、吉川先生と話してる」

 まずは担任と話してって訳か。

「でも、あいつ、悪いことしてる訳じゃないし、校則違反と言うだけでいけないって言ったって」

「舞子…、校則違反だけって、やっぱそれ、あ!舞子…」

「私、先生のところへ行ってくる」

 私は、急いで職員室に行った。ドアに手を掛けたのと同時に、無罪放免になった勇太が中から出てきた。

「勇太、なによー、知らない間にコソコソして」

「よ!舞子、帰るか」

「…。」

「バイトは禁止だからな、しかたないさ。でも、ま身体を鍛えるのが目的だから、他の方法を考えるよ」

 勇太は、思っていたのと違って、落ち着いていて気が抜けた。

「うん、そうだよね。あ…、そう、そう、勇太、日曜日スケートに行かない。勇次兄さんに誘われて居るんだ」

 気晴らしになるかと声をかけてみた。

「え、兄さんに。そうだな、思いっきりスケートするか〜」

「うん、うん。ねぇ…ボクシングの入部試験受けるんだって」

「えー、そんなことまで、ばれてんの」

「そんなの、もうクラス中知ってるわよ。知らなかったのは私だけ」

 ぺろっと舌を出すと腹を抱えて笑って、

「あのばあちゃんをやっつける為にはもっと強くならないとな」

「なんだ、そんなことでボクシングするの」

「まあなー」

 学校から家までのポプラ並木を、初めて勇太と二人っきりで肩を並べて歩いた。暗くなるのは早いもので家に着く頃には、あちらこちらの街路燈に、灯りが灯り始めてていた。  

 次の日曜日、私達は兄妹プラス1でスケートに出かけた。アイドルに挟まれて、いったいどんな一日になるかとドギマギしていた私は、勇太が一緒に行くことになってから、すっかり平常心にもどり、日曜を待つのが楽しみになった。

 勇次兄さんから紹介されたバスケット部の斉藤さんは、とにかく上がりっぱなしで。お姉ちゃんとろくに口もきけず、アイドルが形なしだった。

 なんたって不自由なのかもしれない。背が高いとか、かっこいいとかいうだけで、みんなから注目されて。中身なんか関係ないんだから。本当は恥ずかしがり屋で、めっちゃくちゃ真面目で、なんていったって、解ってもらえず…。イメージが先行するってことは、本人にとってはかなりのプレッシャーなんだろうな。

この間の悪さや、ドジ加減を、みんなが知ってたら…。斉藤さんももっと平和な暮らしが出来るのに。

 それにくらべて勇太ときたら、スケートうまいし、生き生きしてるし、いい奴だよなー。勇気と実衣子も仲良く滑ってるし、うんうん、

「お姉ちゃーん!」

「おーい!」

「や、や、や、あの二人のお姉さんでいらっしゃいますか。」

 私のそばに立っていた怪しげなおじさんが、もみ手をして寄ってきた。

「え、は、はい」

「いやあ、じつにお可愛いらしい。ぜひ、写真を撮らせていただいて、えー、言い出しにくいことなんですが…うちの専属モデルになってもらいたいんです」

「え、モデルって?」

「このスケートリンクのポスターを作るくらいですから、そんなに時間は頂かなくてもいいと思うのですが」

「え!ここのモデルって」

「はい!」

「舞子ー、どうしたの」

「あ!お姉ちゃーん」

「いやあ、あの方達も御兄弟でいらっしゃるのてすか。さ、君、君」

 スケートリンクのオーナーらしき人は、カメラマンを連れて、足早に私の前を通り過ぎると、お姉ちゃんと直接交渉して撮影の許可を取ったらしい。

 なんでー、斉藤さんに、勇次兄さんに、お姉ちゃんに、勇気と舞子。五人で美しくポーズをとって信じられない。私に声を掛けないのもしゃくにさわるけど、そんなふうに堂々と写真におさまっちゃうなんて…。

 それこそ、この前勇太がアルバイト禁止で、先生からお目玉くらったばかりだっていうのに。同じ兄妹が今度はモデル騒ぎ起こす来なの?

 なにかこう思慮が足りないっていうか、考えてないっていうか、人がいいというか、大丈夫なの。そういう家系なのか…

「大丈夫よ、今、写真を一般公募してるらしいの、その中の一枚ってことで採用されるらしいよ」

「らしいよって、なによ、それじゃあ、で、出来レースなの?落ち着いちゃって…そしたらみんなで来たことばれちゃうじゃない」

「あら、初めっから隠す気なんかないわよ、私達、兄弟なんだし」

「え?じゃあ、斉藤さんはどうなるの」

「いいんだよ、僕の友達なんだから」

「そ、そうね」

 世間知らずの皆様と、常識の話なんかしてられないわ。その落ち着きはらった態度からすると、何があったってびくともしないって感じなのね。何だか小心者は私一人で嫌になっちゃった。第一私は写ってないのよ、何の心配もすること無かったんだ。おかげ様で…トホホ…

 しっかし…、思ったとうり、このポスターは、また学校中を騒がせることになった。ことに斉藤さんが絡んでいることへの反発は大きく、私のところにやいのやいの言ってくる人は星の数ほど…。なのに、当の本人達の周りは、何処吹く風と、言い寄ってくる人も無ければ静かなもので、

「ほら、どうってことないでしょ」

 とお姉ちゃんは微笑んでいた。何で私ばかりと悔しがっても、いつもそうなる事になっているんだから。もういいや!     

 この問題のポスターは町のあちこちに貼られた。初めのうち、あんまりばかばかしくって目についても知らん顔してたけど、一騒ぎ収まった後、じっくりと見てみれば、すみっこに小さく、悪戯っぽく笑った、勇太がピースサインで収まっていた。

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