第6話 明日のために
勇太は、ボクシングの入部試験合格の為に、毎日ランニングと体力トレーニングを本格的に始めた。朝は6時に起きて、学校に行く前に一汗流し、夜も食事を済ますと、公園まで出かけて行った。
部屋の窓越しに公園が見える。ぼんやり灯る街灯の下でシャドウボクシングする勇太の姿をぼんやり眺めていると、コマネズミのように右に左によく動く、気合いの入った姿に、おばあちゃんが前に、勇太は度胸もあるし、勇気もあるしと言ったのを思い出し、勇太のやる気が伝わって、応援したくなる。我が家の一番星って感じかなとちょっと気分をよくしていた。
入部試験は期末テストが開けてから十二月十六日と決まって、勇太は目標も定まって益々はりきっていた。私は勇太が勉強しやすいようにテスト範囲の単語カードを作ったり、数学のまとめノートや、歴史の調べものをして、勇太に加勢した。自分の勉強もいつもの時よりはかどって楽勝楽勝って感じだった。
「勇太勉強はかどってる」
リビングでノートを開く勇太に声をかける。
「ああ、サンキュウ。ビックリだよ。勉強ってこうやってやるんだな」
「なによ、こうやってって、何時もはどうしてたの」
「そりゃあ、ヤマ掛けたり、適当にやったりな」
「ふうん、私そういうの得意いじゃないからさ。不器用にこうやってコツコツね。なんか飲む」
「そうだな、ココアにするか」
「トレーニングのほうは調子いいの」
「まあな、ほら、試験の後だから、みんな身体なまってるんじゃ無いかと、読んでるんだけどな」
「まあ!勇太らしいわね。ねえ何人くらい合格するの」
「二人」
「え!たった二人」
その狭き門に驚いた。
「少数精鋭なのね。人数多いほうが良いって思うのに」
「だろ、危険なスポーツだから生半可な部員は要らないんだってさ。気合いが入るってもんよ」
「なるほどね。どんな試験があるんだろうね」
「さぁー」
「もし、筆記試験だったらどうするの」
「なんで、筆記なんだよ」
自信満々だった勇太の顔色が変わった。
「もしかしたらって言ったのよ」
「…」
「そっちの単語カードも作ってあげようか」
「え!」
「ジャーん」
「お!なんだよそれ。そんな本どうしたんだよ」
「参考に図書館で借りてきたの」
「へーそんな本があるんだ」
「なんにも知らないんだから。どんなものにも基本は有るのよ」
「お!トレーニングの方法ものってるぞ」
「やっぱり体育会系ね。結局そっちに走るんだから」
「おまえ、ボクシングは格闘技だぞ。青っ白っく本ばかり読んでられるかよ」
「だから試験もそっちな訳ね」
「そうだよ、おれは身体を鍛えたいんだからな」
「でも、頭脳プレイも必要よ」
「そこだよ、問題は。解ってるんだよ。だけど、まずは体力だよな」
「まあ、まずわね」
私達は、しばらくはお互い助け合いながら試験勉強に励んだ。勇太はそんな合間にもトレーニングは欠かさず、なんとか期末試験と両立させていた。
それが全部終わった十二月九日、学校の掲示板にボクシング部の入部試験のことが発表された。
『健康、ファイト、ハングリー』
とあって、これは頼もしい。どれも勇太なら大丈夫って気がした。試験は体力測定と、パンチ力のテストらしい。勇太はいよいよトレーニングに熱を入れ、毎日今まで以上に身体を鍛えていた。私の窓からの観戦も、もうしばらく続くのかな。
十二月十六日、東京では珍しく雪がちらついた。公園も薄っすらと雪化粧して早朝の練習は寒さが答えた。勇太はそれでも変わらず早く起きて試験当日もランニングし、ゆっくりと朝食を済ませて学校にむかった。
自分としては満足の行く試験だったらしい。発表は、それから二、三日して掲示板に張り出された。勇太は見事に合格していた。
その後のことは、ボクシングについては私はあまり関心が無かったから、練習も見に行かなかったし、試合に誘われても行かなかった。でも勇太はあれ以来、毎朝のランニングは欠かしたことが無くて、私の毎朝の観戦の習慣だけは残った。
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