第7話 骨折

 あれ、リビングに勇太の姿。いつもならまだ学校のはずなのに…

「勇太どうしたの」

「ちょっとな指の骨を折ったんだ」

 いつになく早く学校から帰って来た勇太は手に包帯を巻いていた。しょぼくれて大人しくしている勇太は濡れ鼠のような風情だった。

「チエッ、こっちは休みだな」

 と、拳をふる真似をした。

「しばらく休みだな」

「ひどいの?」

「それ程でも無いけど、先生が大事をとれって」

 包帯の巻かれたしょげたゲンコツを眺めている。

「なんだか情け無いねぇ、羽根をもがれた鳥みたいでさ」

「俺は、静かに本を読んだりできないんだよー!」

 ほんと勇太はじっとしてられない。気の毒で見てられないけど、おかげでこんな時間が持てた。久しぶりだな、ゆっくり話するの。

「ボクシングどうだったの?」

「そりゃあ、楽しいさ。そういえばおまえ来たことないな」

「わたしそういうの苦手だから」

「なんだ、野蛮だとか思ってるんだろう」

「え?ううん、そうじゃあないけど、殴られたりするの見たくないの」

「俺だって、殴りたくてやってるんじゃないさ。身体を鍛えるのがメインだからな」

「身体、強くなった」

「そりゃあ、かなり強くなったぞ」

「おばぁちゃんより」

「ええ、それはだめだ。精神的に負けてるからな」

「なーんだ」

「おまえこそ、この頃静かだなぁ」

「え、そう」

「ああ、なんか感じ変わったな。落ちついたって言うか、じゃじゃ馬じゃ無くなったっていうか、学校でも静かだろう」

 静か、そういえばそうかもしれない、このところ女子は、密かに内緒の計画をコツコツと立てている。もう冬休みだし、二年もあと三学期だけだし、やりたいこともいっぱい。 それで一見静かにしている。

「うん、そうだね」

「なんだよ、なんか企んでるのか」

「そんな、企むだなんて」

 いけない、いけない、お見通しだ。勇太に感付かれないようにしなくちゃ。

 しばらく、ゆっくり話をしない間に勇太は変わっちゃったかと思ったけど、やっぱり変わらず、三人の中では唯一男の子っぽい勇太のままだったな。  

 私達は、この冬、三年生を送る会のために有志でミュージカルの計画を立てていた。そのための、決行計画、シナリオ作成、振り付けをするための合宿をしようと、休み時間になるとコッソリ集まっては作戦会議してるけど、まだまだ本決まりにならなくて、みんなで頭を痛めていた。

 ミュージカルは女の子だけでやりたいと思っていた。いろんな組の子がいる方が楽しいと思うから、一組から四組まで全部に声をかけたい。その為にもこの冬は計画をばっちり立てて、一月からはポスター張り、参加の声掛けに専念して、中ごろからは、練習という所まで決まってきたんだけど…。

 ポスターなんだよな…誰が考える、シナリオにしたって誰がやる。と悩み出して、そこから進まなくなった。

「ねぇ、舞子、お母さんに相談してみたらいいんじゃない」

「えー」

 その手が有るには有る。

「だって売れっ子の劇作家でしょ、いい考えがあるんじゃない」

「だめよー、ママは毎日忙しいし、それに素人のミージカルのシナリオなんて」

「舞子はどうなの」

「すみませんー、ぜんぜん才能もらってないのよね」

「ねえ、誰かスカウトしない」

 スカウト…思ってもみなかった。それ良いかも…

「誰を、」

「誰でもって訳にはいかないよね」

「そりゃ私みたいに作文も出来ないっていうんじゃ話にならないよー」

「田代さんは」

「へー、田代さん」

「小説書いてるの。引き受けてくれたら格調高いミージカルになるんじゃない」

「それいいよ。でも…」

「OKしてくれるかな」

「聞いてみようよー。当たって砕けろじゃん。ダメ元でさあ」

「うん、やってみようよ」

「そうだよね。シナリオ書く人いないと始まらないよ」

「聞いてみるか、舞子」

「え、私?」

「うん、知らない?田代さん、勇太のこと結構意識してるんだよー」

「それじゃあ、それじゃあ、合宿の場所も舞子の家にしようよ、その方が田代さんの興味引くかもよ」

「え、家が合宿所なんて、変わり映えしないよー」

「舞子、ガタガタ言ってないで、成功の鍵を握るのはあなたよ!」

 みんなにそういわれて、背中を押されて、不安を感じながらも、ちょっと苦手な田代さんに声を掛ける事になった。勤勉な田代さんに、この私が…ミュージカルの話なんて笑われるんじゃないかな。あれこれ考えたけど、結論なんか出ないしやってみなくちゃわかんないから、覚悟を決めて、さっさと眠って、明日一番で話してみることにした。

 朝、登校しながらブツブツ独り言を言う。どうやったら伝わるか試行錯誤して、二組の扉を細めに開けると、窓際の前から二番目の席で、田代さんは静かに本を読んでいた。

 私とは違う世界の人…と腰が引けている。やっぱり秀才って感じ何だよね。戸惑ってしまう…。田代さんが勇太ごときの係わりで私の話を聞いてくれるなんて…誰が言ったのよ。黙ったままモジモジしていると、私の気配を感じてか田代さんが顔を上げた。     

「あの、私一組の…」

「あら、あなた、勇太の妹になったって人ね」

 と言って田代さんはクスッと笑った。

「え?」

 なんて言ったんだろうと思いながらも、同じ学校なんだから、お互い知らない訳はないんだし、緊張していなくたって、ここに来てようやく落ち着いて、もういいかって思ってニコッと笑ったら…、とても気が楽になって、急に田代さんが近づいた。

 田代さんは難しそうな本をそっと机の上に閉じて、私の話を驚きながら聞いてくれた。そして、しばらく考えた後、楽しそうな顔であっさりと引き受けてくれた。伝えからが良かったわけでもなく、何処が決め手となったのか…やっぱり勇太かな…

 冬休みには家にも来てくれる事になって、いよいよ私達のミージカルは本格的にスタート出来る気がしてきた。

 でも、私が妹だとかなんだとか、わかん無いこと言ってたのはちょっと気になったけど、それはもっと仲良くなってから聞いてみることにしょう。

 これでシナリオライターも決まった。振り付けは征子が考えてるみたいだし、音楽だよなー…。CD使ってもいいけど、もう少しオリジナリティーを出して楽しみたいし、でもそうそう考えられなくて、これは冬休みに入ってからということになった。

 十二月二十六日、ついに冬休み突入。

 図書館で毎日打ち合わせ。持ち帰って自分の仕事を考える。そして、合宿は、それぞれ家族が田舎に帰ったりする頃に居残り組で集まろうという事になって、暮れも押し迫った三十日、みんな荷物を持って集まってきた。

 

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