第9話 理不尽なクレーム

 そのあと、問題?が起きた。

 問題というのは二組の柏木さんのこと。柏木さんはこのところ学校に真面目に来ていなかった。というより早く帰ったり、途中から学校にきたりして先生からあまり良く思われてなかった。クラスが違うからよくは知らないけれど、もともとは身体が弱くて学校を休みがちにしているうちに、だんだん学校に来ない時期があったりして、今では身体の調子は悪くなくてもそうなってしまったらしい。小学校のころから小夜子が仲が良くて、この頃の柏木さんを気にして声を掛けてみた。柏木さんは喜んで参加してくれたんだけど、先生達は良く思ってなくてクレームが着いた。

「今回のミュージカルはみんな真面目な子ばかりだし、大目に見るというところで、他の先生にも納得してもらっている。そういう中で、まあ、柏木のような真面目に学校に来ていない生徒まで参加していると聞くと、そのまま黙認する訳にもいかない、残念だが今回は無しということにしてもらいたい」

「なぜ、柏木さんが問題なんですか」

「この頃の学校への出席状況とか、制服の乱れとかから見ると、やはり、良いとは言えないのでね」 

「ミュージカルは三年生を送るというのが目的でその他のことは、直接関係ないと思うんですが、」

「学校行事である以上、そうとばかりは言えない。まあ、参加の顔ぶれを見て今まで許可して来たわけです」

「顔ぶれって、そんなに成績の良い子ばかりでもなかったし。私達のやりたいって気持ちを解ってもらえたと思ったんですが」

「まあ、あまり今年は大々的にやりたくないというのも始めからあって、危ういところだったんですよ」

「だからって一方的です」

「ま、今回の事は職員会議で決まったのだから、もう変わらないよ」

「信じられません。よく調べたりしないで、問題扱いしたり、私達の気持ちを無視してそんなふうに決定するなんて」

 柏木さんの為というより、自分たちが今までやってきたことに対する学園の姿勢がやるせなかった。               

 私達は、言うだけ言って、ちゃんと抗議して、送る会には参加しない事にした。いつもは冷静な優子が積極的に質問をしたりして、これには私も驚いた。学校からのクレームに対してもひとつもひるまず、ちゃんと話をしようと言ってくれて、そうじゃなかったらみんな不安でどうしたらいいか解らなかった。

「私のせいでみんなのミュージカルだめになるなんて…」

「柏木さんのせいじゃないよ。今年は初めから大目に見てって感じだったんだ」

「だけど、どうしよう」

「そうだよね、せっかくだんだん形になってきたのに」

「学校では出来ないけど」

「どうにか出来ない」

「学校じゃなくても良いじゃない。場所があれは何とかなるんじゃない」

「そうか、うん、違うところでやろうよ」

「予定通り、先輩達に一人一人手紙をかいてさ」

「送る会をやったらいいんだよね」

「うん、心を込めてやろう」

「私、ちょっとシナリオを書き直すね」

「どんなふうにするの」

 優子は、お話の中にみにくいアヒルの子を登場させて、それを柏木さんがやるのよ、と言った。柏木さんもみんなも優子の言っていることがよく解らなくて唖然としたけど、これから、未来へ出発する、三年生にはげみになるような作品にすると聞いて一同納得、そして感動した。

 学校以外のところで、どこならやれるか、ミュージカルとなると広いところがいいし、三年生全員に招待状を出すんだし、でも贅沢言ってやれるところあるだろうか?三年生も来てくれるだろうか…

 みんなで手分けしていろんなところを聞いて、散々探し回った。

みんな探し疲れてダウンする頃。三、四日して、以外にも小学校の講堂を貸してもらえると言う話が舞い込んで来て私達は急いで出かけて言った。

「懐かしいよねー」

「先生も憎いよね、話をしたら、それならうちの講堂を使ったらどうかって」

「そりゃあ卒業生全員だって入れるし、ここなら文句ないよね」

「みんな張り切ろう」

「うん、いいミュージカルにしよう」

 私達は、その日から学校が終わるとこの講堂に集まった。時々担任だった野崎先生が覗いてくれて、いろいろ話を聞いた。講堂は古い建物で私達が学校にいる頃から、もう使われてはいなかった。今は体育館も出来て雨の日の体育でも使われなくなって、そろそろ取り壊されると言うことだった。

 子供の頃古くて怖かった講堂が今ではとても親しみのあるものに見えて、私達はあっちこっち入って見て回った。先生から緞帳の上げ下ろしや後ろの幕の使い方や、照明のことを教わっていよいよ本格的な練習に入った。大道具の大ざっぱな所は勇太や、組の男子も手伝ってくれて、それはそれは手作りのあったかーい送る会になった。

 柏木さんは、あれ以来学校も休まないし、すっごく明るくなって随分先生の印象も変わり、私はまた一つ宝物が増えたような気がした。

「あーあ、なんかひと区切りついて、ホっとしたっていうか、退屈っていうか、何かおもしろいことないかなあ」

「おやおや、なんだってんのよ。若い娘がため息なんかついてサ」

「おばあちやん、この冬の全力疾走は手答えあったわよ。でも、その後、地に足が着か無いって言うか、ふわふわして何だか脱力感って感じでサ」

「春が近づいて来ると陽気もよくなって、誰だってポーっとしちゃうのよ」

「違うってば、身体の中にエネルギーはたまってるんだってば、それを何に使おうかってこう、もがいてるのよ。あーあ」

「なんだよ、いい若いもんが」

「何よ、おばあちやんと同じ事言ってサ。…ねえねえ、勇太、最近何かおもしろい話はないの」

「おもしろい話ってこれと言ってないけど、おまえ、止めろよ、退屈しのぎになんかやろうなんて」

「退屈しのぎって他人聞きが悪いじゃない、私はこれでも、いつも誠心誠意生きてるんですからね」

「………」

「勇太、背伸びたんじゃない」

「え、…」

「私より小さかったじゃない。でもなんだか少し伸びたような気がする」

「そりゃトレーニングの賜物だよ。毎日手間暇掛けてっからな」

「調子のいいこと言っちゃて、でも勇太、そういうことなら、もう少し大きくならないとモテないから、トレーニングは怠けないでみっちりやっとかないとね」

「ちぇ、暇だからって俺に当たるなよな」

「あーら失礼しました。暇か…あーこのフラストレーションどうしたらいいのよ」

 勇太にブツついてたら姉さんが近づいて…

「舞子、ねぇ、私これから出かけて来たいんだけど、お昼からお客さんが来るの。その人に、私のこと留守だって言って丁寧に断って欲しいんだけど」

 え?なんで…

「丁寧にって、どうして?…第一、お客さんって言うからには約束とかしてあるんじゃないの」

「約束ってほどじゃないんだけど…まあ、電話があって来るっていうのよ」

「だったら約束してるってことでしょ。待っててやりなよ」

「ちよっと苦手なの、その人」

「苦手って、だったらはっきり断わらなくちゃ失礼ってもんじゃない」

「愛子姉さん、今日の舞子は手強いぞ…」

 横で勇太がニヤニヤしている。

「だったら勇太にお願いしてもいい?」

 ついに飛び火。

「え、ぼ、僕はそういうの苦手だよ。なんたって口べただから、だめだめ」

「その人、何しに来るのよ」

「あ…、そのね」

 姉さんの話によればその人は美術部の人で、かなり前から肖像画のモデルになって欲しいと何度も頼まれていたらしい。お姉ちゃんはおしとやかだけど、ああ見えてじっとしているのは大の苦手でモデルなんてとっても務まらないと思っている。それに、その人もお姉ちゃんのタイプではないらしく、話をするのもおっくうで適当なことを言っていたら、こういうことになってしまった。

 と、簡単に事情を話してくれて、いまさら悔やんでいた。

「ね、舞子お願い。もう三十分もすると、ここに来ちゃうのよ。なんとかごまかして帰ってもらって」

「そんな……、おもしろそうな話、断らなくたって……」

『ピーンポーン』

「きゃあ、もう来ちゃったわよ。… 私隠れてるから。舞子頼んだわよ」

 話をきいてみれば、おもしろそうな話しだしその美術部の、タイプじゃないって人の顔も見てみたいし、思わず好奇心でドアを開けた。

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