そのジュウサン MarkⅡ

「仁美センパイ、早苗センパイ!今日もよろしくお願いしまぁす♪」

「オッス、ノッコ!なに?はりきってるじゃん?もしかして……くねくねしてるぅ?」

「イエ〜イ♪」

(……え?)

 二人に一足遅れてグループ学習室に飛び込んできたノッコ。その明るい笑顔とくねくねダンスに、早苗は少し首を傾げる。ノッコは「シュンとしていた」はずでは?

(ううん、でも!元気になってくれたのなら、その方がいいに決まってる。もしかしてサークルでホッとしたいのかも。だったらこっちも構えない方がいいかな……)

 早苗はひとまずサッと切り替えてにこやかに。

「いらっしゃいノッコ。じゃぁ仁美、みんな揃ったし始めよっか。今日のお題は?」

「ジャジャ〜ン、今日はね、『ツチノコと日本のUMA』でいっちゃうよ!ほら前にさ?ノッコが好きなのはツチノコだって言ってたでしょ?だからぁ!」

(……え?)

 いや、それはまずい。よりによって今はツチノコの話は、と早苗があわててノッコの顔色を伺うと。

「!……ツ、チノコ……や、やったぁ、す、すてきですぅ!えへへ……」

 悪い方に効果てきめん、ノッコの笑顔がひきつり始めたのが一目でわかる。

(そっか、やっぱりムリしてたのね)

 自分たちに心配かけまいと、わざとはしゃいでいたのだろう。早苗はいたたまれない気持ち。だが一方、

「でしょでしょ?オホン!じゃぁさっそく始めるわよ!そもそもこのツチノコってものなんだけど……」

 話し出してしまった仁美を止めるわけにもいかない。それはいかにも不自然だ。

(どうしよう……?)


 最後の時限が終わって、帰宅の生徒たちが散っていく、午後の校門前。

 そこに佇む二人、片や、真っ黒シャツ真っ黒ジャンパースカートの幼い少女、片や、極彩色&左右非対称出鱈目コーデの若い女。

 言わずとしれた、それはヤスデと八ッ神恐子だ。

 こうして見ると、どちらも絶望的に怪しい。誰がどう見ても学校関係者や生徒の家族には見えない。明らかに漂う「関わってはいけない」オーラ。通りすがる生徒達は皆一様にギョッとしては、慌てて目をそらし校外へ逃げていく。

 特に恐子はいつものあのいで立ちに加え、今日は大きなリュックを背に担いでいるのがこれまた異様。だがそんな不審者扱いの視線の束をものともせず、校舎に向かって仁王立ちで。

「ここよヤスデ、昴ヶ丘高校!あの娘、ここの制服を着てた。

 ……見覚えのある生地だったもの、あのブレザー。学生ズボンと同じ!思った通りよ!」

 帰宅した時の珠雄がいつもはいている学生ズボン。このところ隣の珠雄親子の家にしょっちゅう入り浸っていた恐子は、それを見るとはなしに見ていたのだ。そしてあの夜、謎の少女の着ていた制服との共通点に気づき、その情報でノッコの通う学校を割り出した!

 恐るべき執念と観察眼。ただしそのくせ、恐子はその珠雄こそあの夜の闖入者の一人だとは全然気づいていないのだが……この女らしい精神のいびつさ。

「きっとここにあの娘も通ってる!今度こそ逃がさない!いいわねヤスデ!」

「……ねぇ恐子ぉ?」

 一方。何かに取り憑かれたような恐子に対して、まるで気のない顔のヤスデ。

「よくわかんないンだけどぉ?これになんか関係あんの?こんなことしてるヒマある?」

「お黙り!」と一言鋭く叫んでから、恐子は畳みかけるように。

「忘れた訳ではないでしょう?は同じじゃない。ただ一緒に行動した方が効率がいい、それだけよ!私はお前にもちゃんと手を貸してあげるわ、だから今は私の言うことを聞きなさい!!

 それにお前も見たはず。あの力が手に入れば!お前の方の仕事だって、きっとずっと楽になるのよ!……のでしょう?だったら!!」

 。その言葉を聞いた途端、ヤスデの態度がたちまち変わる。今度は彼女が恐子に憑りつかれたかのように。

「そっか。あのスゴイ力があったら、だって……!わかったよ恐子、わかった!あたしやるよ、やってやるぅ!!」

 ヤスデがスカートのポケットから、あのリモコンを取り出して握りしめる。

 やおらどこからかこの場に近づいて来る、金属的な風切り音!


「……というわけでぇ、昔から全国各地に細々言い伝えはあったんだけど!ツチノコが日本中で有名になったのはきっかけがあって。それは1970年代にぃ……」

 今日に限らず、仁美のオカルトウンチク話はいつも立て板に水、留まるところを知らない名調子。しかも今日は特に熱が入っているように見える。それはそうだろう、ツチノコという今回のお題は、仁美がノッコを喜ばせようと思って選んだのだから。

 しかし、かたやノッコの方はと言えば。聞けば聞くほど顔色が暗くなり、シュンと首が垂れてくる。

 早苗が珠雄に聞いたところによれば。あの事件の夜、謎のツチノコ霊に憑依されたノッコは、その最中は意識を失っていたらしい。してみれば、ノッコ自身はどこまで知らされているのか?そこは早苗には疑問だったのだが。

(でもこの感じ。目が覚めてから、ノッコもそのツチノコのことは聞いてるみたいね。もしかしたら会ってるのかも……どうしよう?)

 早苗は改めて思う。無論仁美には悪気などひとかけらも無いが、これではノッコが気の毒だ。一度止めた方がいい。親友に言いにくい声をかけるために、早苗が息をぐっと吸い込んだ、まさにその時。

 校庭からにわかに聞こえてきた大騒ぎの声、悲鳴のようなものまで混じっている。

「え、何なにィ?」「……どうしたのかしら?」

 ギョッとした同室の皆を代表するように、窓に近い隣のテーブルのゲーム組から一人、首を傾げながら外を覗くと、途端に彼もまた。

「うわっ!何だあれ?オイオイみんなちょっとちょっと!」

 大慌てで窓を全開し叫ぶその声に弾かれて、一同全員窓に張り付く。

 そこに見えたとんでもないもの。

「……早苗!!」「仁美!!」お互いに交わす叫びは同時。

「キュインキュイン、フララララララララーーーーーーー!!」

 校庭のど真ん中、四階建て校舎のおよそ中程の高さの宙で浮遊しながら、雄叫びを上げるそれ。

「「「フラットウッズ!!」」」

 今度は珠雄も加わったその驚きの声、そして一人息を呑むノッコ。

 さらに。

「や、でも早苗!アレなんか前よりめっちゃデカくない?!10mくらいあるよ!」

「……腕も二本増えてるわ!!ドリルとカギ爪?!」

「それに見て!大砲みたいなのも生えてますよ!大変だ……大変だ!」

 巨大宇宙人ロボット、学園強襲!それは現実感のまるで無い、悪夢のような光景。


「見るがいい!私が大幅に強化改造した、これぞ『フラットウッズ・MarkⅡマーク・ツー』!!

 ……ヤスデどう?コントロールは?」

「キャハハ、いけるよ!ドリルはグルングルン、クローはガチャガチャ、キャノンもバッチリ動かせる!完璧カンペキィ!!」

「よしいいわ、準備OK。ヤスデはそのままスタンバッてて。あとは……これで!」

 恐子がリュックから取り出したのは、大きなハンドメガホン。

「あーあーテストテスト、本日は晴天なり本日は晴天なりきゃああああ!

 ……耳痛ぁ、ハウリングひどいわね、も少しボリューム下げてと……ゴホン!

 ——この間の、聞こえて?私たちが誰だか、そしてコレがなんだかわかるわね?この間はまんまとやられたけど、今度はそう簡単には行かないわ!いいこと?学校をメチャクチャにされたくなかったら!今すぐ大人しく出て来なさい!!

 ……ヤスデ、校庭にドリル!!」

「ドリルね?キャッホゥ!!」

 宇宙人がスッと沈みこむように高度をやや落とし、ドリルの付いた腕を校庭に向けてダラリと下げたかと思うと。先端のドリルが勢いよく回転、そして宇宙人はおもむろに校庭を突き刺した。硬く厚いコンクリートが一撃で掘り抜かれ、そこに大穴が!

「次は校舎よ!ドリルもいいけど、大砲だってあるわ!!

 お邪魔娘、脅しじゃないわよ!お前が早く出て来ないと……さぁ早く!!」

 あまりのことに呆然としていた学校中に、ようやくパニックが広まり始めた……!


「ちょっと!何よアイツら!ウチらのガッコで何してくれてンのよ!!」

 真っ赤になって怒る仁美。

「例の変なちびっ子はわかるけど、あのケバケバ女誰ェ?!あれも宇宙人の仲間?!

 ……てゆっか『お邪魔娘』って何よ、言ってンのぉぉぉぉ?!」

 途端。青ざめた顔でグループ室を駆け出そうとしたノッコの腕を、早苗ががっしりと捕まえる。

「ダメよノッコ!!出てっちゃダメ!!あなたは……一つも悪くない!!」

「そそそそ、そうだよノッコちゃん!出てったらダメだ!」

 すかさず戸口に回り込み、ゆく手を塞ぐ珠雄。

「だってセンパイ、学校が……離して!」

「ダメったらダメ!!……仁美!説明はあと!お願い口裂けさんたちに連絡を!!」

「あ……うんわかった!!」

 何が起きているのか?親友たちは何を話しているのか?つかの間呆然とした仁美だったが、頭の回転の速い彼女はたちどころに状況から悟る。つまり!

 今ヤツらに狙われているのは、ノッコなのだ!

「ピポパポペ!!口裂けさん??SOS!SOS!緊急出動、大至急お願いします!!宇宙人が学校に出たの!!」

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