そのロク フラフラ君
「また逃げられちまったよ、あたしとしたことがしくじった。面目ない、口裂け」
「キィキィ……」
老婆の踏む地団駄は凄まじい速さと回転。その振動を受けて地面で跳ねている少女には、下半身が無い。
「仕方ないさターボばばあ。アンタ達で追いかけて捕まらないなら、他の誰がやってもダメだったさ。てけてけも大丈夫だよ、土蜘蛛様も蛍様も怒ってないから。無理はするなってね、お言葉も頂いた」
慰め顔の口裂け女の言葉に、それでもてけてけはショボンとした顔をかえず、ターボばばあは憤懣やるかたない。両腕をエンジンクランクのように振り回して、
「でも悔しいじゃないか口裂け!あたしらの縄張り、しかも土蜘蛛様のお膝元のこの昴ヶ丘で、あんなよそ者の化け物にいいようにされちゃ!」
「ああ全くだね。確かにとんだ顔つぶしだよ。いずれ土蜘蛛様がお出ましになるって蛍様はおっしゃってたが、まさかあの方のお手を煩わせる訳にはいかない。その前にアタシらでどうにかしなきゃね。
ま、手掛かりはある。あいつが現れるのはいつも……
八尺やくねくねにも見張りは頼んであるし、メリーもずっと動いてくれてる。他の化け物にも声はかけた。次こそは……」
あの路地の奥の暗がりに集った、この街の怪異達。口裂け女の言葉に思い思いに頷き、やがて各々闇に溶けるように消え散っていった。
クシャミばかりのサークル活動が、それでも盛り上がって終わったその日。学校から駅までの帰り道をノッコ・仁美・早苗の三人が連れ立って歩いていると、駅前の繁華街の少し手前の交差点に、奇妙な男が佇んでいた。いや、「佇む」というのは少し違うかも知れない。彼はひっきりなしに全身をグネグネと動かしているからだ。まるで関節という概念を持たないようなでたらめの動きで。
ギョッとして足が止まる早苗を一人置いて、ノッコと早苗はそのまま怖気も無くその男の方向に。すると、男が上半身をぐるりと一回転半、半身でこちらに指を指しながら呼びかけて来た。
「イエ~イ!オッスノッコ、今日もくねくねしてるか~い?」
無論、人間ではない。
(怪異だわ。あれはきっと……)
「くねくね」。その名の通り、人間の肉体の構造では到底ありえないポーズでくねくねと踊るように動く現代怪異。その異様な姿を見てしまった者は精神に異常をきたすと、都市伝説に言われているが……
早苗は頭を抱える。白昼堂々とまではいかないが、まだ夕焼け空も明るい。そして駅に行き交う人の群れは賑やかだ。こんな時間にこんなところで、当たり前にこんなモノに出会うとは。
すると。
「イエ~イ♪」
すかさず答えながら、くにゃくにゃと(ただし当然人間に可能なポーズで)踊り返すノッコ。やはり親しい間柄らしい。
(……そうね、ノッコと付き合うなら、少し慣れなきゃダメかも)
なんとか頭を建設的に切り替えようとする早苗。
「いいねいいね、今日もくねくねしてるじゃんノッコ!そっちのお嬢さんはどうだい?」
捻じれた体を元に戻して、さっと背中を向けたかと思うと、今度は上半身を90度以上背面に折り曲げる。指した指の先は仁美。
「あたし?イエ~イ!どう?こ〜んな感じ?」
「ナ~イスくねくね!いいヨいいヨ、のってるねお嬢さん!」
だがしかし、親友のこの並外れた
(この流れは……当然来るわよね)
「ハイ次、そっちのお嬢さん?」
こうなったらやるしかない。
「い……イエ~イ?」
「チッチッチ、ユーはちょ~っと固いなぁ、もっと肩の力を抜きな。何事もリラ~ックスだぜ、お嬢さん?」
自分は何故、何のアドバイスを受けているのだろうか?早苗の表情はなはだ微妙。
「センパイ、こちらは」言いかけたノッコを、仁美が茶目なウインクで遮る。
「『くねくね』さん、でしょ?知ってるわ、有名だもん。初めまして、すっごいアクションですね!」
「おっとぉ、俺っちのくねりムーヴ、気に入ってくれたかい?ア~リガトウ!」
おそらく例の通り、仁美は完全にこのくねくねのことをただのダンサーか曲芸師ぐらいにしか思っていないのだろう。それを別に気にも留めていないと見えて、一方のくねくねの方はひたすらノリが軽い。そして言う。
「俺も知ってるぜお嬢さん達。口裂けの姐さんから聞いたよ、二人ともノッコのガッコのセンパイで友達だろ?ヨロシクな!」
(あ、もしかして?)
どうやら自分たちのことは、すでにこの町の怪異たちの間に知れ渡っているようだ。改めて大変なことになったと一人思う早苗。それにしても。
「あのぉ……くねくねさん?何と言うか……こんな時間にこんなところに出てきて大丈夫なんですか?一体今、何をなさっているんです……?」
「おほっ!」なんとも奇妙な角度に首をかしげながら、くねくねは早苗に意味深な流し目。
「そっか、お嬢さん……確か鴻神の?それじゃぁ気になるよな。ノンノン大丈夫、今俺が見えてるのはノッコとお二人さんだけだから。安心しな!」
自分の意思で姿を現す相手を選べる。おかしなノリとは裏腹に、彼もまた強力な怪異だ。それに口ぶりが気になる。やはり退魔師の一族である鴻神の人間は、怪異には警戒されているのだろうか?だがくねくねはそこにはそれ以上触れずに。
「せっかくだし、ユーたちともうちょっとゆっくり話したいとこだが、悪ぃ、実は今とりこんでてなぁ。そうだ、でも言っといた方がいいか。
気をつけなノッコ、それにお二人さん。最近な?妙な化け物がこの街にうろつきまわってやがるんだ。で、今俺っちは隠密行動中、『張り込み』ってやつ。そいつが出てくるのを待ってるのさ。
いいかい?ノッコはもちろん知ってるが、俺たち昴ヶ丘に元からいる化け物は、気のいいヤツばっかりだ。人間にも悪さはしない。ちょいとビックリさせるぐらいなもんだが……ヤツはどっから来たのか、見たこと無ぇよそ者でな?実はちょいちょい人間を襲ってやがるんだ。ケガさせられたやつもいる。命までは取られた人間はいないみたいだけどな。
この町で俺っちらの流儀に外れた真似は許せねぇ。みんなでそいつをとっちめてやろうと思ってるんだ」
「……え?」
「おっと、手出しは無用だぜ。こいつは俺っちら化け物の仕事。ただ用心しとけってこと。そうだなぁ……ノッコ、メリーのLIMEアカウント、お二人さんに教えといてやれ。そうすりゃ俺っちらと連絡が取れるようになるから。万が一の時は助けにも行ってやれる」
「……ええ?」
いやそれは、と躊躇する早苗、だが。
「何だか物騒な話ですね。ありがとくねくねさん。ノッコ、それお願いしていい?」
「ふぇぇぇぇん、コワイですぅ……もちろん早速!メリーさんとお電話出来たら安心ですから。まずは仁美センパイから……ピポパポペっと。早苗センパイも!」
「え……あの……ええ?」
まさか、現代怪異とSNSでフレンド登録とは?しかしこの状況、どうやら断れる雰囲気ではない。流されるままに、スマホの画面をのぞき込む早苗。
映っているのは「昴ヶ丘お化け組合」のツリー。あの口裂け女を先頭に、メリーさん、くねくね、てけてけ、八尺様、ターボばばあ、花子さん……さながら、百鬼夜行のメンバー表。自分の手の中で、今このスマホはとんでもない呪物と化した。
(あああああああ……)
めくるめく思いにそれを握る手が震える早苗。だが一方の仁美はというと。
「これ何かすっごいわね、ねぇ、早苗?」
同じく自分のスマホを眺めながら、親友はクスっと流し目で笑いかけてくる。またもや大掛かりなお芝居、さてはそう思っているに違いない。
「んじゃ、フレンド申請承認ボタン、ポチッと!うわー、ホントにすごいよコレ、現代怪異勢揃いだわ。ほら早苗も?」
(あのね、一番すごいのは仁美、多分あなただよ……)
早苗はどうにも仕方なく、触りたくないスマホの画面に指を伸ばしていく……
ところがその時。
「オットォ!見ろノッコ、二人とも!あれだ、あれがやつだ!!」
一体どこから湧いて出たものか。今まで何も怪しいものは無かった商店の立ち並ぶ路上に、忽然と現れたそれ。
不気味な声で鳴いている。
「フラララ、フラララ、フララララ……」
大きい、身の丈は人間のおよそ倍。スカートを履いたような形の下半身からは、脚は見えない、いやそもそも脚があるのだろうか?それは地面の上およそ30cm程の高さで浮遊している。つるりとした細長い釣鐘のような形の胴体から伸びた両腕はヒョロリと細く長く、指もえんぴつのよう。コートかパーカーのようなフード(の形をした何か)の中の顔は、巨大な爛々と輝く2つの目だけ。
「やつは今まで、いつも必ず食い物屋を襲いやがってたんだ。それも美味いって評判の店ばかり!だから俺っちは今日、あそこのラーメン屋を見張ってたのさ。年中行列の店だから。でも……コンチクショウ、まさか今日はムーバーかよ!!」
そう、怪物の側に倒れている一台の自転車と、デリバリーバッグを背負った男性。ムーバーイートの配達員だ。そして怪物は、長い手を伸ばし彼の背中のバッグを奪おうとしている!
「でもここで会ったが百年目だぜ!早速仲間に連絡……」
「あーーーーーーーー!!」
真後ろにいた仁美の絶叫に、ビヨンと伸ばした首を二回転半させて振り返るくねくね。
「うわぁビックリしたぁ!お化けを驚かすなよ、どうしたお嬢さん?」
「あれあれ!あれって『フラットウッズ・モンスター』じゃん!!」
「……フ?フラ?え、お嬢さんアレ知ってンの?」
「フラットウッズ・モンスター!1952年9月12日、アメリカのウェストヴァージニア州ブラクストン郡フラットウッズに、UFOと共に現れた宇宙人!
あの有名な『3メートルの宇宙人』だよ!!」
「う、宇宙人んんんん?!?!?!そんな、うそぉん?!」
怪異にとってすら、それはあまりにも予想外。古い漫画のように本当に顎を外して(くねくねである彼には自然に出来る)驚くばかり。同じく目を皿のようにしている仁美とノッコ、そして。
(うそでしょう……)
自分はここ最近、何度同じ言葉でそう思ったことか。驚くのもそろそろ潮時かと思っていた早苗を、常識外れの状況は、決して見逃してはくれないらしい……!
「もぅ、フラフラ君ったら!またコントロールから外れた。どうもうまくいかないわ……まだまだ出来損ないね」
その時。大騒ぎになりつつあった商店街の、先程のラーメン屋の向かいのマスタードーナツ。客も店のスタッフも慌てて逃げ出した店内で、少女がただ一人、悠々とドーナツを口にしながらつぶやいていた。手には旧式の携帯電話のような何かの
「まぁいっか。あれは所詮餌だし。あいつが掛かってくれさえすればそれでいい。万事このヤスデの思い通り……うん、やっぱりマスドのポンデリング最高♪」
「フラララララララララララ〜!」
ノッコ達と謎の少女ヤスデ、その視線の交点で、【宇宙人】が今、雄叫びを上げている……!
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