そのゴ 蛇神さま

「くぉらぁぁ!早苗ぇぇぇぇぇぇ!!」

「は、はいおじいちゃ、じゃない、お師匠!」

 早朝5時、小さな鴻神神社のさらに小さな末社の中で。祖父と一対一で朝行・兼・退魔師修行に勤めていた早苗は、師の雷のような怒鳴り声に、正座の膝ごと飛び跳ねて驚く。

「なんだ今朝は、いや!このところずっとじゃ!ちっとも行に身が入っておらんではないかぁぁぁぁ!!」

「……申し訳ございません!!」

 真っ白なゲジゲジ眉を釣り上げて激昂する巌十郎、平蜘蛛のように平伏する早苗。いかに家族であるといえども、こと修行の場にあっては、二人はあくまで厳格な師弟の間柄。甘えも馴れ合いも許されない。

 もちろん早苗は弁えている。しかし思うのだ。

(だって……)

 仕方がないでしょう?と。

(今、表にあの人がいるんだもの……!)

 早苗の心の視線が指しているのは、今まさに、本殿に柏手かしわでを打つ人物の存在。毎朝決まってこの時間、鴻神神社に熱心に参拝に訪れるその男、すなわち土屋蔵人。

 そして彼が現れるのはよりによって、いつも登校前の彼女が祖父と朝行のこの時間と重なる。師の言葉通り、早苗はここ数日というもの、修行の方はまったく上の空だったのだ。そんな彼女の様子に師匠が苛立っていたのも薄々感じながら。

(とうとう怒られちゃった。わかってるわおじいちゃん、いけないのは私。でもでも!)

 と。腹の中では師ではなく、祖父としての巌十郎にごねる気持ちの早苗。

 あの日曜日の土屋家訪問以来。ノッコやその家族に対する警戒心は、早苗の中ですっかり薄まっていた。ノッコの朗らかさ、蔵人の人の好さと優しさ、蛍子の心遣いの細やかさと美しさ。あの日見た土屋家、それは一つの理想の家族の姿ではないか?

 しかし。その蔵人の胸にあのメリーさんが平然と抱かれていたのを、早苗は無論、見て見ぬふりは出来ない。依然として、土屋はなのだ。

 そしてその矛盾が、早苗を悩ましくも狂おしくもさせる。

(だってあの人が、すぐそこに)

 早苗が心中で繰り返した、その時。

「……早苗?あの男がそんなに気になるのか?」

(えっ?そんな、まさか??)

 思わず見上げた祖父は、手にした御幣で鋭く早苗の顔を指している。

 早苗の知る、巌十郎の持つ霊力の高さ強さと、祈祷・浄霊・調伏の技の冴え。それは確かに今の彼女では、遥かに見上げても頂きが見えないほど。だが、彼が読心術まで持っていたとは聞いていない。意外という気持ちが半分、いやいやもしやと図星を指されたような気持ちが半分、ぎょっとして早苗が師の顔を見つめ返すと。

「いかん!いかんぞ早苗、断じていかん!!

 ……あの男はあんな歳、それに妻子持ち!!いかに年頃とてそれはならんぞ早苗ぇぇぇぇぇぇぇ!!」

(え?やっ……はぁぁぁぁぁ??)

 早苗の頭の中で、?マークが輪になって踊りだす。


「これはこれは。毎朝ご熱心なご参拝、ありがとうございます」

「おはようございます。毎朝こちらで神様に元気をいただいております。本当にありがたいことです。やあ、今朝はいいお天気だ、こちらの神様もさぞ爽やかなお心持ちでございましょう」

 境内では。朝の掃き掃除に出た神主である早苗の父と、気楽な作務衣姿の土屋が挨拶を交わしていた。そして。

「今朝もまた、お二人ともお勤めご熱心なことです」

 本殿の左脇、末社をちらと眺めた土屋がそう一言。

「あちらにもお詣りさせていただきたいところですが、今はどうも、お邪魔ですね。また昼過ぎにでも改めて……いえいえ、私などはどうせ暇人ですから。失礼いたします」

 ゆったりと頭を一つ軽く下げて、去っていく土屋、見送る早苗の父。その唇に浮かんでいるのは、ごくわずかな、何かの含みのある笑み。

「ご熱心なことだ、本当に」


 そして末社では。

「いかんぞ!早苗、お前の婿はな、わしがこの目でしかと見届けた男でなければならんのだぁぁぁぁぁ!」

「む、婿ぉぉぉぉ?や、ちょっとおじいちゃん??何言ってるのよ?!」

 師の、いや、祖父の珍妙な勘違い、思わず素の孫娘に返る早苗。このところ修行どころではなかったのは、むしろ巌十郎も同じだったらしい……。


 その後も際限なく続きそうだった祖父の的外れな叱責を、学校を理由に振り切って、早苗はどうにか遅刻ギリギリで校門に滑り込んだ。気持ちも慌ただしく1時間目を終えて、今は休み時間。朝の爽やかな空気がまだうっすらと感じられる開いた窓の窓際に寄りかかって、ようやくほっと一息という気分の早苗、その傍には、同じ姿勢でコピー用紙の束に齧り付いている仁美がいる。

「はぁ〜〜〜、もう最高!勉強になるわぁ」

 あの日土屋から贈られた雑誌のコピーだ。そこにはすでにピンクに黄色に青、緑。蛍光マーカーの印が縦横に踊り、紙も折り目や痛みが見受けられる。

「う〜ん、でも流石にこれはそろそろ替え時かな。にしよう!」

「次のって……ねぇ仁美?コピーどのくらい取ってあるの?」

「まだ5部はあるかな。今読み潰したのが5部目だから!」

 すごい、と早苗は素直に思う。言動でいかにも大雑把な印象を受ける仁美だが、実は学業優秀。定期テストは学年でいつも上位五本の指に入る。それはこの彼女の飽くなき探究心の成せる技なのだろう、早苗は常々そう思っていた。

(ホントは……)

 その仁美にレクチャーを受ければ。今早苗の抱えている様々な問題や疑問も、実は比較的容易く解けるのかも知れない。

 そう。ノッコをはじめとした土屋家の人々の正体、それを知るために。土屋がどんなものを書き、世に著しているのかは重要な手がかりにはならないか?早苗はそう考えている。ただし、それを親友に直に問うのは危うい。

 怪しまれないように、あくまで、さりげなく。構える早苗。

「ねぇ仁美?それ、そんなに面白いの?私もちょっと読んでみたいな……」

 おずおずと早苗が尋ねると、途端に仁美はダッと自分の机に走り、たちまち何かを持って戻ってきた。

「待ってました!あるよ、早苗の分!コレコレ……ジャーン!!とっくに作っておきました!」

 中身はホチキス止めされたコピー用紙、しかしその表にはシールで丁寧にデコられた表紙付きだ。そして手書きで大きく書かれたタイトル。


「京都大霊祭と蛇神伝説~民間伝承から読み解く古代災害~」


 唐の蛇神。平安時代、大陸から海を越えて日本に渡って来たと言われる、蛇の姿をした大妖怪だ。天変地異を自在に呼ぶその恐るべき妖力で、太宰府を津波で押し流し、瀬戸の海を通って大阪に上陸、破壊の限りを尽くしながら京に現れ、実に都の半分を炎によって灰燼となしたという。その伝説は広く流布しており、子供のための御伽噺にまでなっている。この国では知らぬ者はいない……

 だがもちろん。現代においてその実在を信じる者もいない。当時、たまたま日本に頻繁した一連の大災害を、人々が恐怖のあまり妖怪の仕業と為したというのが定説。

「そのうち押し売りしようと思ってたんだ。早苗の方からそ言ってくれるなら話が早い!ハイ!!読んどいた方がいいよ、絶対!だってこれ、早苗のウチにもちょび~~……っとだけ関係ある話かもだし。

 蛇神伝説は日本史上最大の妖怪伝説、だから当然!土屋先生もずっと追って来られた研究テーマだけど、その蛇神って、貴船神社と関係があるのよ」

「貴船神社?」早苗はおや、という顔をする。

 そう、早苗の実家である鴻神神社は地方のごく小さな神社だが、由緒は古く、そして貴船の正統の分社なのだ。「こおがみ」は、貴船と同じ祭神「高龗神タカオカミノカミ」の崩れた呼び方なのだという。そう石碑に彫られて鴻神神社の境内に立っており、早苗は幼い頃からそれを見て育ったし、後に家族からも聞かされていた。

 ただし。それでいてなぜ「貴船」の名を拝していないのかは、古くからの謎らしいのだが……

 ともあれ。早苗の幼馴染で、しかも妖怪やオカルト好きが高じて神話や民俗学もかじっている仁美は、当然のようにそういったことに通じていたのである。

「……ん〜まぁ、関係があると言っても?土屋先生は何かの間違いで言い伝えがこんがらがっちゃったって、ここではそうお書きになってるけどね。

 でも、こういうのって『袖振り合うも他生の縁』!でしょ?」

 仁美の少しズレた格言の使い方に、早苗はクスリと笑う。いや、それは笑ったフリ。この時早苗の心はざわめいていたのだった。自分ではまだわからない何かの暗示、それを突きつけられて。

(蛇神伝説、蛇神……?)


 帰宅した早苗はおぼろげな予感に惹かれて、早速仁美から受け取ったコピー誌をひも解く。が。

(難しい、流石は仁美ね。でも……)

 確かに、土屋の論文の中でもそれは特に専門的なのだと、親友は言っていた。種々の用語といい時代背景などといい、読みこなすには事前知識が大分要るようだ。早苗にはすらすらとはとても読めない。早苗は親友の言葉を思い出す。

「だから早苗、わかんないことはさ、後であたしにどんどん聞いてね。自慢じゃないけど、土屋先生のお書きになったようなことなら、あたしちょっとばかり詳しいから!」

 そう、逆にこの論文にかこつければ、土屋の研究のことを自然に仁美に尋ねることが出来る。むしろ好都合だ。早苗はそのためのたたき台にするつもりで、理解できないところをピックアップし、次々と赤えんぴつを入れる。

(そうだ)そして早苗は思う。(次のサークルの時に、仁美にこれをテーマに話をしてもらえば……!)

 我ながら名案と早苗はほくそ笑む。論文の内容はもとより、父親の記したものについてのノッコの反応も見られる、一石二鳥だ。そうと決まれば、一人で読むには厄介なそれに、それほど無理に取っ組み合う必要はない。

(取り敢えずこのくらいで。あとは)

 そう、早苗には、もう一つあてがあった。

(でもなぁ)ただし、早苗は少し思案顔。

(おじいちゃんがいないといいんだけど……)


「あのぅ……お父さん、今いいかな?お仕事忙しい?」

 二階の自室から抜き足差し足忍び足の早苗がやって来たのは、社務所になっている自宅の一階。そこで一人何やら書き物をしていたのは、早苗の父、俊介だ。

「いや構わないよ。丁度終わって今片付けるところさ。何だい?」

 書類を手早くまとめて脇にずらすと、俊介は早苗に向き直って目で側に座れとジェスチャー。

「ちょっとね、あの……うちの神社について聞きたいことがあって」

「僕にかい?」

 俊介の顔はどことなく嬉しそうだ。

「あのね、うちの神社ってどうして『鴻神』神社なのかな?貴船の名前をどうしていただかなかったのかなって」

「ああそのことかい。そうだね、確かに不思議だねぇ。うちは小さな神社だけど、何か特別でね。御本社にはとても大切にして頂いてる。ここだけの話だけど、毎年沢山援助金も頂いているよ。普通じゃないんだ。

 だから……昔僕もそれを聞いたよ、父さんに。でも答えてもらえなかった。わかるかい早苗、『答えてもらえなかった』……?」

 早苗はドキリとする。父俊介は慎重な性格なのだ。いつも言外に意味がある。

(おじいちゃんは知ってる?でも父さんには伝えられなかった?それって……)

 もしや、退魔術鴻神流の秘伝に関わることなのだろうか?俊介は娘のその目を見て、黙って頷きを一つ。

 となれば。いよいよこの問題は巌十郎に聞くしかないのかも知れない。だが今はタイミングが悪すぎる。

 早苗はもう一言だけ父に聞く。

「そっか……あとねお父さん、蛇神って知ってる?」

「ええ?蛇神って、あの?」

 俊介は心からキョトンとした顔だ。

「あの、実はこれなんだけど……」

 早苗が父に差し出したのは、あのコピー紙の論文。赤えんぴつでしるしをした問題の箇所を、早苗は開いて指を指す。俊介はそこを覗き込んで。

「へぇ、これをあの土屋さんが?そして貴船の御本社に昔、あの蛇神が祀られたって言い伝えがあるって?

 ……僕は初耳だな。それに早苗、土屋さんもそれは公式の記録には無い、おそらく他の言い伝えとの混同だって、ここにはそう書いてあるね?」

「うん、そうなんだけど……ちょっと気になったから……」

「とにかく僕はそんな話は聞いたことが無いね。早苗、それは土屋さんの御研究の通り、何か言い伝えの食い違いだと思うよ。それにしても早苗?これは、どこから?」

 そう尋ねられることは、早苗はある程度予想していた。ノッコとの出会い、親友の仁美の土屋への傾倒ぶりなど、早苗はあくまで差し障りない程度に父に打ち明けた。

「へぇ、面白い偶然だねぇ。あの仁美ちゃんと土屋さんに、そんなご縁があったのかい?」

「そうなの。それでこの間の日曜日にね、私、実は土屋さんのお宅にお邪魔して……」

 と、早苗がその言葉を発した、その時。

「なぁんじゃとぉぉぉぉぉ!!」

 障子を開けて突然現れた巌十郎、たちまち鬼のような形相で。

「早苗!!お前、あの男の家に行ったじゃとぉぉぉ?!けしからん!

 ……早苗、お前も年頃、色恋をするなとは言ってはおらん。清い付き合いから神に正しく道を通し契りを結べば、修行の触りにもならんのだ。だがしかしじゃ!!

 あのような男と道ならぬ恋路など、それは断じて許さんぞぉぉぉ!!」

「あああああ……どうしてそうなるのよ、もぉぉぉ!!」

 話にならない。どうやら今日はもうダメだ、早苗は覚悟した。


 そして翌日。今日はサークル活動日だ。

「ふぇぇぇぇん、仁美センパイ、早苗センパイ、いただいたコレ、読んだけど全然わかりませんでした〜!」

 ノッコが手にしているのは、あの土屋の論文のコピー。それをテーマに講義してもらいたいという早苗の提案、聞いた仁美は当然大乗り気だった。早速コピー誌をノッコの分も拵えると、「んじゃ次までに予習、ノッコもざっと目を通しておいて!」と、わざわざ1-Cの教室に押しかけてすでに渡してあったのだった。

 ベソをかくような顔のノッコに、早苗がフォローを入れる。

「そうね、これはノッコには難しいと思うわ。ていうか、私だってわかんないとこだらけだもの。仁美だからスラスラ読めるのよ」

「エッヘン!大丈夫よノッコ、あたしがこれからバッチリ解説してあげるから。

 でもノッコ、土屋先生に直に聞いたら良かったのに?」

「そのぉ……わたし、ナイショで勉強して、お養父さんに自慢したかったんです。『わたし、お養父さんの研究のことこんなに知ってるよ』って……」

「な、る、ほ、どぉ……いいじゃない、いいじゃない!」

 ノッコのそういういじらしいところは、ことごとく仁美のツボ。子猫を抱くような蕩けた頬を、すぐさま仁美は自分で叩いて。

「つまりこれは『土屋先生にちょっと大人のノッコを見ていただこう作戦』ね。よし、それなら気合い入れてかないと!じゃ、早速!」

 と、仁美が張り切って解説を始めた、ちょうど同じ頃。


「むむ……これがその土屋の?」

「ええ。早苗に知らなかったふりは気が引けましたが、ことがのこととあってはね。そう簡単に何もかも打ち明けるわけにもいかないでしょう。父さんにお預けしますから、ご覧になったらどこかに隠しておいて下さい。これが我が家にあることは、あの子には当分ナイショで一つ」


「え~と、まずはここから!このタイトルの『京都大霊祭』なんだけど……」

「……ヘクシッ」「早苗センパイ?」「ああゴメン二人とも、続けて仁美」


 早苗の登校後、俊介が巌十郎に見せたもの。なんと、土屋のあの論文の掲載された雑誌、まさにそのものだ。

「十五年前、京都の御本社から送っていただいたものです。早苗からコピーを見せられてすぐにわかりましたよ、この雑誌のこの論文だって。何しろ僕は、今までこれを何度読んだかわからない……多分、仁美ちゃんよりずっとね」


「クシュン!」

「ちょっと早苗?さっきからなにくしゃみばっかしてンの?大丈夫?

……って、ハックショーイ!!ああ、あたしまでつられちゃったわ」


「僕は……父さんの不思議な術を受け継ぐことは出来なかった。でも!鴻神の家に生まれて、父さんに代わってこの御社みやしろの守りを預かった。だから蛇神様のことはどんなことでも頭に入れておかなきゃならない。これもそのつもりで取り寄せたものでしたが……そうして調べていれば、どうしたってあの土屋さんの存在に突きあたるわけです。何しろあの人の研究は大したものですから。

 もう十五年になるんですね……そう、僕は驚きましたよ。これを手に入れて読み終えたばかりの頃に、その土屋さん本人が赤ちゃんを抱いた奥さんを連れて、この神社に初めて現れた時は」


「ヘクチン!」

「ノッコまで?何だろ、今日はホコリっぽいのかな?ねぇゲーム組のみんな、ちょっと窓開けていいかな?」

「おーいタマ~、凡野の仰せだぞ、ちょっと開けてやれよ」

「……ハイハイ」

最近ウチの先輩まで猫呼ばわりだ、と。珠雄は心の中で肩をすくめる。

(まさかバレてたりしてない……よなぁ?)


「そしてあれ以来。土屋さんと言えば、毎日かかさずここに御参拝だ……父さん、普通じゃありませんね、あの方は」

「どこまで知っておるのじゃろうな?」

「かなり際どい所まで。僕はそう思ってます。もうあとは証拠をつかむだけ、そこまで来ているのかも。だからこの鴻神神社に近づいた、京都からわざわざこんな田舎に引っ越して……」

「むむむ……」

 悪意のある人物ではなかろう、おそらく純粋な好奇心、知識欲。俊介はそう一言弁護して、それでも。

「ですが蛇神様の秘密は、門外不出の鴻神家の秘伝。誰にも知られてはならない。

 ……そうですね父さん?」

 眉間に深く皺を寄せて、わずかに、しかし鋭く頷く巌十郎。

「なら!」急に明るいおどけた顔になる俊介。

「父さんは当分、をしたままのフリでお願いしますよ。

 それにしても?まさか早苗が土屋さんにだなんて……ふふふ、まったく父さん、どこをどう見てそんな風に?」

 今度は巌十郎が一転、真っ赤な顔で慌てて。

「いや、それは、それはじゃな!このところ朝行の最中に、早苗がどうも妙な流し目で本殿をちらちら見ているものじゃから……そういうこともな?ありはせんかと!そう思ってつい……」

「ははは!でも今は好都合です。父さんがあの調子なら早苗も根問いは出来ないでしょう。芝居を続けて下さい。僕も頑張ってシラを切りとおしますから。

 もちろん。秘伝は早苗にもいつかは伝えなければいけないことですが」

「うむ。だがそれには、土屋のことが片付かねばな……」


「……ヘクシッ!……クシュン!」

「ん~、でもやっぱり早苗が一番ひどいわね、寒気とかしない?大丈夫?」

「早苗センパイ、ティッシュどうぞ、ハイ♪」

 どうやら当分、早苗の受難は続くらしい。

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