そのジュウニ 小姫(そのニ)

 友達になろう、と。怪少女ヤスデにそう一息で言い放ったノッコだったが、その後は全くノープラン。無言でただただヤスデの鳩豆な顔を見つめるばかり。

「え?はぁ?だから何よあんた?一体ナニモノ?」「フラララ?」

「えと、わたし……ノッコ!」

「いや、だからぁ?!」「フラ、ラララァ?」

「お友達になろうよ!」

「だーかーらー!!」「フーラーラー!!」

「……あーもぅウザ!フラフラ君ちょっと黙ってて!」

 同じことの繰り返し。じれたヤスデは、先程から変に自分にシンクロしたままの宇宙人を先にペシリとひっぱたく。クワンと響く虚ろな金属音。たちまち宇宙人がシュンとなった(ように見えた)のを確認して、ヤスデはまた謎の少女に向き直る。

「お友達ぃ?ワッカンナイなぁ……だってあんた人間よね?あたしが何だか知ってンの?こ・の・あたしはぁ!」

「お化けさん?」

「オバ?……そ、そうよ、あたしは妖怪よ!」

お友達になろうよ!!」

 何がどうして「だったら」なのか?係り受けがどうにも間違っている。噛み合わない会話、その珍妙な人間の奇怪な言葉と振る舞いに、妖怪であるヤスデの方が当惑するばかり。

 いや、実は当のノッコの方も。

(えと、これからどうしよう?何か話すこと……ええと……)

 大いに困っていたのである。必死で頭のゼンマイを巻くことしばし、とうとう思いついた、単純極まるその「名案」。たちまちノッコは顔をほころばせて。

「そうだ!……ねぇねぇ、あなた、お名前は?」

「え」一瞬ギクリとたじろぐヤスデ。だが。ようやく話の穂先を見つけたノッコの瞳は無垢な期待でキラキラと輝くようで……ヤスデを我知らず吸い寄せる。ヤスデも、いや当のノッコ自身も知らない。その瞳の輝きこそ、ノッコがこれまで多くの怪異たちの心を惹きつけてきた源なのだ。そしてそれは、子供の姿と裏腹に千年以上の長い時を生きて来た「上級妖怪」ヤスデをも魅了していく。

「や、ヤスデ。ヤスデだよ……」

 見つめ合うには眩し過ぎる。照れた顔でそう答え、頬をふくらませプイとそっぽを向く。するとノッコは素早くその両手を取って。

「ヤスデちゃん?かわいいね!わたしノッコ!わたしね、他にもお化けさんのお友達ならたくさんいるから!あなたもお友達になろうよ、なって!ね?」

「え……」

 見上げた視線の先に、あの煌めく瞳。うっとりとしたヤスデが、うんと頷こうとした、その時。

「あら?この子もさっきのネズミたちの仲間かしら?人間のようだけど?」

 恐子がガレージに帰ってきたのだ。相変わらず音も気配もない。驚いて飛び上がりそうになるノッコとヤスデ。

「あいつらはどうせ動けない。始末は後……先にヤスデ、あなたを帰そうと思って戻って来たのだけど。そうね、その子が誰かなんてどうでもいいことね。ここでヤスデとフラットウッズを見てしまったのなら。

 ……このまま帰すわけにはいかないわ、てぇい!」

 パチンとノッコの鼻先で両掌を打ち合わせる。相撲でいう「猫だまし」だ。思わず驚き固まるノッコに、恐子はすかさず。

「略式・心眼縛魔!!」「……きゃうっ?!」

 一声叫ぶと、またあの怪光線が眼から迸る。やはりたちまち金縛りにされるノッコ。いやそれでいけるならさっきの呪文と踊りは何だったのだ?とツッコむ者はその場にはいなかったが……その充分な効果を確認し、恐子はふぅと呆れたため息一つ。

「次から次、面倒なことね。さて、あっちに残して来た二人は後でどうにかするとして、このお嬢さんはどうしようかしら?」

 蛇が舌なめずりをするようなその顔色と声に、ヤスデは何故か堪らない気持ちになる。ノッコと名乗ったその謎の少女、何一つちんぷんかんだが、ただ一つ。あの美しい、優しい眼差しがひどく脳裏に思い起こされて。

「あのぅ、ちょっと恐子ぉ?あんまりひどい事は……しないよね?ね?」

「……?どうしたのヤスデ?あなたらしくもない。いいえ、まさか命を取るだのそこまではしないわよ。下手に行方不明者を出したらかえって騒ぎになるもの。

 そうね、今の記憶を消してから、このまま2~3日眠ってもらうとして。それでどこか人の通りそうなところに転がしておけばいいわ。それでまずまず無難に済む。どうかしら?」

 少女の中から自分についての記憶を消される。いいしれない寂しさ残念さにはたと胸を突かれるような気持のヤスデ。だが確かに、のためにはこの少女は今は邪魔だ。どうにかするしかないのなら。

「ま、まぁそんなところよね!や、やっちゃって!!」

 精一杯意地を張ってそうヤスデは言った。

「なら今度は……」と。恐子が棒立ちのノッコに別の術を使おうと、その顔面に指を伸ばそうとした、その時!

 金縛りで動けないはずのノッコがかっと目を見開いた。

〈不埒者!小姫様に手を触れるな!!〉

 次いでその口から迸ったのは女子高生の声にあらず、まるで別人。凛々しい青年の声に聞こえるではないか。そして。

〈……かっ!!〉

 気合い一声、動かないはずのノッコの背筋がグイと伸び上がり、次いでバンと両手を大きく左右に広げる。妖術の見えない縛めを、それで振り払ったらしい。そして恐子は触れられてもいないのに、その勢いに突き飛ばされるように後ろに転倒し尻餅をつく。或いは、ノッコの体を見えない縄で引き縛っていた彼女が、その綱を切られた反動のため自分でもんどり打ったようにも見えたが……いずれにせよ!

「バカな!」

 見た目は胡散臭いが効力は確かに本物の恐子の妖術。あの口裂け女をも金縛りに陥れたその術を、少女は容易く打ち破った。一瞬の驚愕、倒されたままどうにか少女を見上げると。

「……いやこれは……そんなバカな?!」

 少女の全身が青い霊気の燐光に包まれ冷たく燃えている。そしてどうやら。

「この力……この波動……まさか……の??」

 恐子には、ノッコに異変を起こしたその力に心当たりがあるようだが……?


「……たはっ!おい何だい急に?!」

「っわたたた!……あれ、体が動く!ねぇ口裂けさん?術が?」

「ああ解けたね!でも一体?」

 ガレージで、ノッコが謎の力を発揮して恐子の妖術を打ち破った瞬間。動けなくされたまま処理場の物陰に置き去りにされていた二人の体にも、自由が戻っていた。

 口裂け女は即座に頭を一つ二つ振って自分に気付けして。

「いや、何が起こったかなんてどうでもいい、早くノッコのところに行かないと!

 ……八尺!ターボばばぁ!てけてけ!来ておくれ!あとくねくね……は役に立たないから誰か代わりに……あいつは呼びたか無いけど仕方ない、来な、トンカラトン!」

 ガレージに急ぎ駆け寄りながら、虚空に向かって口裂け女が呼びかけると。たちまち渦巻いて辺りに満たされるあの闇と、その中から勢いよく次々と出現する怪異たち。

 そして珠雄にはまだ見慣れない男の怪異が一人。自転車に乗った全身包帯だらけの男、背負っているのは日本刀。現代都市伝説怪異「トンカラトン」だ。

「けっ!なんだなんだ口裂け、テメェが俺の力を借りようなんざ、どんな風の吹き回しだ?ああん?」

「くどくど言わないよ、ノッコが危ないんだ、手を貸しな!」

「チッ、ノッコのピンチなら仕方ねぇ。暴れるが構わねぇな?相手は?」

「例の宇宙人!他にもいるが、お前はアイツを!あそこだよ!」

「よぉし!」と、背負った日本刀をズラリと抜いて、口裂け女の指さすガレージに自転車で猛ダッシュ。

「行くぞぉ宇宙人、うおおおお、トンカラトンと言えぇぇぇぇぇぇ!!」

「うっわ、何ですかあの人?」

 流石にこの状況は自分だけ帰るわけにもいかず、流されてついていく珠雄。でもこれだけ仲間がいれば安心、自分は八尺様とともにノッコのレスキューに専念すればいいだろう……そうのんきに計算していた彼は、物騒なその怪異の出現に肝を冷やしながら口裂け女に尋ねると。

「アイツはどうにも気が荒くてね、扱いに困るヤツなのさ。ちょいちょい人間にもうっかり手を出そうとするから、先生に言われて普段はアタシが無理矢理大人しくさせてるんだ。ただ腕は立つ。昴ヶ丘の現代怪異きっての武闘派さ!あんなのでも宇宙人の方を相手させるなら、どうにかまずいことにはならないだろうって」

「ハハ、そういう人……ま、まぁそうですね、ケンカは強そうだし頼りになりますね!」

(でも巻き添えは御免だけど)とは、さすがに珠雄も声には出さなかった。


それがしも小姫様もお主たちに用など無い。これで手を引き二度と小姫様に近づかぬならば、無礼には目を瞑りこの場は捨て置いてつかわす。何処いずこへなりと立ち去るがよい。さらばだ〉

 少女はまるで時代劇の若武者のような声と言葉で、しりもちをついたままの恐子を見下ろし言い捨てる。そして悠々とした大股の歩みでガレージの外へ。

「ま、待て!」と、追おうとしたが立ち上がれない。恐子は腰が抜けていた。妖術を破られた反動はもとより、少女の身から発する異様な威、霊気に気押されて。だがその一方、まるで逆の昂ぶりも見せる。それは執念。

「大蛇様……まさかこんなところに大蛇様の御力の片鱗が……逃がさない!!

 ……ヤスデ、ヤスデ!!その娘を逃がすな!!フラットウッズを使え!!」

「え、えと、わかった!」

 少女の突然の豹変と、驚くべき能力。呆然としていたヤスデだったが、恐子の声にはたと我に返って。

「フラフラ君!」

 ヤスデが命じると、宇宙人はたちまち両手を大きく開き、去っていくノッコの背にフワリと覆い被さるように飛びかかる……


「行くぞオラァ!宇宙人め首は俺がもらったぁ!」

「慌てて突っかかるんじゃないよトンカラトン!」

 残りの仲間もすぐ後から来ているが、一足早いのはやはりターボばばあ。自転車で爆走し血気に逸るトンカラトンをたしなめる。

「ヤツは毒ガスをつかうからね!」

「んなこたぁとっくに聞いてる!なモン使われる前にバラしちまえばいいんだ!

 ……おいおい見ろ!ヤロウ、ノッコちゃんになにしやがる!」

 そう、彼がガレージの前に着いたのは、宇宙人がまさにノッコを取り押さえようとしたその瞬間だったのだ。

「行くぜババア!!」「チィ、やるしかないね!!」

 元よりターボばばあも、どちらかといえばかなりせっかち。人を引き止めるなど柄ではない。そして事態はいよいよ急、もう行くしかない。ノッコに背後から襲いかかる宇宙人を、二人が今まさに迎え討とうと思った一刹那、先にノッコがクルリと素早く振り返りざまに!

「痴れ者め!ディヤァァァ!」

 鋭い気合いと共に、右の手刀で縦一閃!空を切ったように見えるそれ、だがその場の怪異や妖怪、妖術使いの恐子には見えた。ノッコの手刀のピンと揃った5本の指から長く放たれた、青白い霊気の鬼火!

(ひゃあ!まるでビームサーベルとかレーザーブレードとかそういう?)

 男子高校生として人間の世界に紛れて生きる、化け猫の珠雄。クラスメートと話を合わせるためにも、アニメ番組などは当然必須の履修科目だ。ノッコの繰り出したその技は、まさによく見たそういうそれそのもの。

 そしてその青い焔の刃は、宇宙人の体を貫通したものの、その表面には見たところ何の傷もない。だが。

「フラララ、ラ、ラ……プシュウゥゥゥ……カクン」

「あ、あれ?アレ?フラフラ君?どうしたの動かない!」

 操り糸が切れた人形のようにその場にガタンと落下、地に倒れた宇宙人は、ヤスデがどんなに念を送りリモコンのボタンを叩いても微動だにしない。

〈某も此度こたびは命までは取らぬ。峰打ちだ。いずれ目を覚ますであろうが……だがもし!小姫様にこれ以上の無礼がまたとあらば、その時は容赦は出来ぬ。しかと心得よ!〉

 声色涼しく言い放って、サッと振り返るノッコ。すぐ見えたのは、飛びかかるタイミングを失い立ちすくんでいたターボばばあとトンカラトン。

「ノ、ノッコちゃん?どどど、どしたのぉ?」

 あまりの驚きに口の中を干上がらせ、ようやくトンカラトンがそれだけ言うと。

〈おお、其方そち達は確か、小姫様の御伽衆おとぎしゅうであったな?出迎え大儀である。さ、共に帰ると致そう〉

「何だいお前……何者だい?」

 すでにトンカラトンたちに数歩の距離まで追いついて、やはり一部始終を目撃していた口裂け女が、ぼんやり立ちすくむ二人の仲間を掻き分け割って入る。

ね?お前はノッコじゃない!誰だ!!」

〈某の名は槌の輔、小姫祝子様を御守り致す小姓なり。口裂け女殿、斯様な場所では落ち着かぬ。一度、其方達御伽衆の住む闇に引き上げようぞ。話はそれから。

 ……ああ、其処な白服の、確か八尺様殿と申されたか、お頼み申す〉

「ぽぽ……?」不安げに口裂け女に指図を求める様子の八尺様。横目で警戒の視線だけはノッコの身から離さず、顎で頷く口裂け女。

「いいよ、やりな八尺。何だか分からないが、コイツは多分敵じゃない。一緒に帰って話とやらを聞いてみようじゃないか……!」

 八尺様はコクリと頷き、両手をさっと天に差し伸べる。その姿を糸巻に使うかのように、暗闇のモヤが渦巻いて集まり、怪異たちも珠雄もノッコも全員その中に巻き込まれて。やがて黒い渦が消えると、誰も彼もその場から姿を消していた。


 残されたのは。

「フラフラ君、フラフラ君ってばぁ!動いて!!もぅ何なのよあのコォォォォ!!」

 動かない宇宙人に取りすがりベソをかくヤスデと。

「大蛇様……ああ、見つけた、やっぱりこの昴ヶ丘に……」

 座り込んだまま朦朧とした顔つきで呟く八ッ神恐子。はたと何かに思い至る。

「そうだ、あの!!逃がさない……もう一度必ず……!!」

 時はようやく真夜中、ガラクタのうず高く積まれた処理場の中で。月光だけが二人と一体、妖怪と妖術使いと宇宙人を照らし見つめていた……

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