そのキュウ 仁美ハカセ

「と、いうわけで!敵性宇宙人・仮称フラットウッズ・略称兼コードネーム『平木』撃退対策会議を始めさせていただきます!」

(平木?)

 いや、そんな呼び方は決めた覚えは無いのだが?その場の一同が首を捻る中、早苗だけがあちゃーという顔で額を抑える。

(ああ仁美ったら、調だわ……)

 ここはあの流行らない喫茶店。店内にいるのは仁美、早苗、ノッコとメリーさん。そしてメリーさんのテレパシーなのか、どこか異界の闇に潜んでいる怪異たちにも、その場の会話は伝わっているのだという。迷いを振り切って今、大ハリキリの仁美は、そうと知ってここぞとばかりに大演説を始めたのだ。

「さて、まず我々が検討しなければならないのは、そもそも論として第一に!『平木は本当に宇宙人なのか?』という点だとあたしは思うのであります!」

 いや、あれが宇宙人だというのはお前が言い出したことだろう、と。怪異たちの「はぁ?」という顔が、早苗には目に浮かぶようだ。そしてどうやらそれも仁美には想定内。ニンマリとしながら続ける。

「そう、あれは有名なあの宇宙人と酷似している。だからあの時、あたしはあれを宇宙人と呼んだのであります。そして外見のみならず能力も……平木が毒煙を吐いたという事実、先ほど口裂け女さん達からご報告をいただきましたが、それはやはり過去に現れたというフラットウッズ・モンスターに酷似しており、あの時のあたしの予想通りでもありました。が、しかしながら!

 宇宙人、すなわち地球外を発生生息地とする高度知的生命体の存在は、信頼できるデータをもってしては未だ一例も確認されていません。その存在と、仮にそれらが地球に来訪しているのかということは!

 ……可能性はゼロではありませんが、およそ蓋然性は無い……」

 ムッフンと得意げな仁美は、またもやエア口髭捻りのあのハカセポーズ。

「つまりどういうことだい、ええ?」

 と、メリーさんの口から出たじれた声は、どうやら口裂け女の言葉らしい。まるでトランシーバーか中継スピーカーのようなメリーさん。

「そうよ仁美、もっと簡単に言って。つまり、あなたはあれをどういうものだと思ってるの?」

「ズバリ、ロボットよ!」

「ロボット??」おそらく、闇でも皆の同じ言葉が木霊していたに違いない。

「まぁロボットといっても、高度なAI搭載の完全自律タイプから、無線操縦のラジコンレベルまで、色々考えられると思うんだけど……皆さん!

 フラットウッズ・モンスターは、昔から非常に有名な宇宙人であり、その姿は世間に知れ渡っています。ただしもちろんそれは、数十年前の事件当時の、極めて不確かな目撃情報を元にしたもの。この際、本当に実在したのかすら不明な同じ宇宙人が、再び地球に現れたと考えるより。

 今昴ヶ丘で騒動を起こしている平木は、その姿を模した人造物、ロボットであると考えた方が、はるかに現実性がある!いかがですか皆さん?」

 一理ある。何の為にあんな形と姿にしたのかはともかく、ともかくモデルがあるなら、その姿で作ることは容易い……いや、しかし。

「ねぇ待って仁美、」早苗が遮る。「あの……平木だっけ?あれは怪異や異界に干渉出来るのよ?それは今の人間世界の科学では不可能なことよ……?」

「そうね早苗、でもこう考えて。まず可能性の一つ、その超常の世界の秘密を科学的に解明した人物がいる。あるいはもう一つ、平木はそもそも超常の力を使って動かすロボットである。

 ……例えば式神。知ってるよね早苗?あれは一種のロボットとは言えないかな?」

「あ」早苗の唇から漏れた声と同じ感嘆のため息が、メリーさんからも同時に発せられる。仁美が言うのはとしてのロボット。その発想は柔軟で、自由自在だ。

「人間の科学で作られたものなのか、超常の力を利用しているのか、あるいはハイブリッドかも知れないわね……でもね早苗?そう、皆さんも聞いて下さい!

 一番肝心なのは、あれがロボットであるならば!作って操っている何者かがいる……その点です!

 あの日、平木は皆さんの包囲攻撃を退け、たちどころに逃走したとのこと。つまり戦闘能力も機動力も高い。遺憾ながら難敵と認めざるを得ません。ですからこの際、あれを直接倒すのではなく……」

「なぁるほど?あいつを操ってるやつを捕まえてとっちめる、いい手かも知れないね。そいつを探し出せれば……」

「ぽぽぽぽぽぽ……?」「ねぇノッコ?」

 割り込む八尺様。相変わらず何と言っているかは仁美や早苗にはわからない。早苗が通訳を求めると、クリームソーダのストローを咥えたままポカンとしていたノッコが(仁美の学者気取りのわざとまわりくどい言葉を使った演説に、彼女の頭の周りではずっとはてなマークが踊っていたのだ)、はたと我に返った顔で。

「あっ、はい!あの、えとえと……『でもどうやって探したらいいの?』って、八尺様さん言ってます!」

「そうね。もう一度待ち伏せするしかないと思うけど……」仁美はノッコにニコリと軽く笑いかけてそこまで答え、次いでメリーさんに向かっておもむろに。

「平木は何時どこに出現するか、まるでわからないのが現状です。いざ現れたその時に、あわててただ泥縄で怪しい者をさがそうとしても、逃げられて徒労に終わる可能性の方が高いと思います。そしてそうやってまごまごしているうちに、またあの男性のような被害者を出してしまうかも。

 大切なのは、次にやつに遭遇する前に!背後の操縦者についてある程度の目星はつけておくことだと思うんです。そこで!」

 仁美がとびきりの顔をする。ここからが彼女の秘策らしい。

「ここで我らが頼もしい同士、メリーさんにご活躍いただきます!」

「ワタシ?メリーサン、ビックリスルオニンギョウ!」

 中継スピーカー役を淡々とこなしていたメリーさんが、仁美の急な呼びかけに素に返って鳩豆な声をあげる。仁美はそんなメリーさんの顔を覗き込むように。

「私達の町、ここ地方都市・昴ヶ丘。ぶっちゃけ田舎ですがそれでも、近年の防犯意識の高まりに伴い、繁華街には監視カメラというものがそこそこ沢山あります。公共の設備として設置されたものもあれば、商店が自前で店内につけているものも。

 ……それを!メリーさんにハックしていただきます!」

 とんでもないことを言い出した親友。早苗が慌ててつっこむ。

「ちょっと仁美??していただきますって、そんな簡単に!メリーさんだって、そんなこと出来るかどうか……」

「デキルヨ、サナエチャン」

「ええ?!」

「ワタシメリーサン、デジタルニツヨイ、ハイカラナオニンギョウ。ニンゲンノツカウデンワガ、ドンドンケータイヤ、スマホニカワッタカラ。メリーサンモ、ヒビベンキョウデ、ズットジブンヲアップデートシテタノ。

 マチノカンシカメラモ、ノロウターゲットオイカケルノニ、チョウベンリ。ワタシ、マエカラツカッテタヨ」

「やったわ!」仁美はパチンと指を鳴らす。「メリーさんは今や、スマホのLIMEに御自分の連絡先を登録出来るハイテク系現代怪異、いけると思ってました!」

(ああ、仁美ったら、やっぱり確信は無かったんだ……)

 図太い。早苗は親友のメンタルの逞しさを改めて思い知らされる。

「で、もう一つ突っ込んだご相談なんですけどぉ?メリーさん、その監視カメラのタイムラプスビデオの録画映像って……盗み出せます?」

「ウン、ヤッタコトナイケド、タブンデキル、ヤッテミル!ワタシメリーサン、チャレンジダイスキナ、オニンギョウ」

 仁美は再び高らかに指を鳴らした。

「さっすがぁ!頼りになります、よろしくお願いします!!」


 時を置かず、三人とメリーさんがやって来たのは、ラーメン屋の前のあの場所。

「幸い、あの事件が起こった日時ははっきりしています。二日前の、夕方5時から5時半の間!

 メリーさん、この周辺の監視カメラの録画用メディアにアクセス・時間シークして、それらしい人物の姿が無いかどうか……それを調べていただきたいんです」

 それが仁美の作戦。謎の「操縦者」、その姿を事前に探し出そうというのだ。

「ワカッタヨ。アヤシイエイゾウガミツカッタラ、コピーシテ、ミンナノスマホニオクルネ」

(えと、メリーさん?あなたそこまで出来るんですか……?)

 凄すぎでしょう、早苗は思う。どこまで文明に適応しているのだろうか?

(そっか、でも。怪異の方がこんなに人間の科学文明を使いこなせるなら)

 怪異の力を使いこなせる人間が居てもあるいはおかしくない。思えば、早苗が今修行している退魔術にしても、極めて不完全ながらその一端を実現したものではないか。

「お願いします。そうですね、まずはあのカメラから」

 指さす仁美に応じて、メリーさんを抱いたノッコが早速、警察公設のカメラの一つに近づく。

「ハジメルヨ。チョットジカンチョウダイネ」

 メリーさんは目をそっと閉じて、何かムニャムニャとつぶやき始めた。

 その間に、早苗は気になることを一つ問う。

「ねぇ仁美、その……平木の操縦者?なんだけど、いつも平木のそばにいるのかな?

 すごく遠くから遠隔操縦って場合もあるかも、ドローンとかああいう感じで……」

「そうね早苗。そこはね、確かにあたしの今回の作戦のウィークポイント。それだとちょっと考え直さないとね。でも!考え直すにも次の材料と根拠は必要でしょ?この辺一帯のカメラの映像を漁れば、何か別の手がかりが見つかる可能性もあるわ。刑事ドラマとかでもいうじゃない、要は『現場百遍』よ……!」

 ゴーイング・マイウェイ、万事自分の都合のいいように考えているように見える仁美だが、決してそうではない。困難からは目を逸らさずに、しかしあくまでポジティブなのだ。親友のタフな言葉に、早苗は心強い気持ちでうなづく。

(だったら私も……やってみる!)早苗の中にも、実は密かな一案があった。

(『鴻神流影踏之術』……!)

 それは巌十郎から始めに教えを受けた術だった。過去最近現れた霊や怪異がその場に残した、霊気・妖気の残り香を感知する術。まだ駆け出しもいいところの早苗が、まず身を守るための術をと、師は他に先んじてこの技を早苗に伝えていたのだった。

 祖父の言葉を、早苗は思い出す。

「悪しき霊から身を守る。それにはなにより、出会わぬこと近寄らぬこと。霊には住処や通う場所を決めているものがある。ある場所に縛られ動けぬものなども。簡単な理屈じゃ、そこに行かなければ襲われることもない。先にここは危険だとわかれば、不用意に立ち入ってしまうことを防げる。早苗、まだお前は未熟、祓おうと考える前にまずは避けよ。これはそのために授ける術だ。よいな?」

(ごめんね、おじいちゃん)早苗は思う。どうやら今、自分は祖父の教えに逆らい、危険に自ら身を投じようとしているのではないか?

(でも、私もみんなのために、何かしたいの。許しておじいちゃん、いえ……お師匠!)

 早苗はそっと財布を取り出す。そのカード入れに潜ませているのは自筆のお札。財布ごと額に押し頂き、

(畏み畏み、御社におわす鴻神様に……)

 心中で秘術の祝詞を詠する早苗。だがすぐに!

「……ああ!!」「何?早苗?どうしたの?」「センパイ?」

 早苗の唇から漏れた驚きの叫びに、二人が思わず目を見張る。

 早苗の目の前に見えたのはまぎれもなく、あのフラットウッズの奇怪な影。今のそれはもちろん幻だ。しかし。

「こんなに……すごい霊気が残ってるなんて……うそでしょう……?」

 あの口裂け女との邂逅によって、蕾から大きく開花した早苗の霊力。それを用いた彼女の「影踏之術」は、巌十郎にその術を授かった時よりはるかに鋭敏だ。だがそれにしても、あの怪物がその場に残していった霊力は桁外れ。

「やっぱりあれは、人工のロボットだとしても、怪異の霊的な力を持っているんだわ……それもとんでもないくらい……!」

「……早苗?」「え、あ……あの、ゴメン!何でもない!」「??」

 早苗は、自分が声を漏らしていたことに気がついていなかったのだ。この際、鴻神流退魔術後継者たる自分のことを、いっそ二人にもはっきり言うべきか?だがそこはまだ踏ん切りはつかない。怪訝な顔の友人たちの視線に慌てて手を振ってごまかそうとした、その時。

「ウ~ン、コノカメラニハ、ナンニモウツッテナカッタヨ、アヤシイモノ。ツギヲサガソウ!」

 メリーさんのその言葉に、仁美もノッコも早苗から注目を外す。早苗は一人、ほっと溜息をついた。


「……あのぉ、センパイ方もメリーさんも、お疲れじゃありません?お茶にしませんか?」

 メリーさんの覗いた監視カメラも、空振り続きでそろそろ10台を越えるとなったところ。そう言うノッコの顔は、実はおねだり気味だ。仁美も早苗もふふっと笑い合う。

「そうね、一番お疲れなのはノッコみたいだけど!ふふふ、いいのよ、ずっとメリーさんを抱っこしてくれてるんだもの、大変よね。ねぇ仁美?休憩にしようよ」

「オッケイ!これ根気のいる仕事だし、ずっと集中してても続かないもんね。みんなで糖分でも補給して、頭を休めますか!」

「やったぁ!だったらそこにちょうどマスタードーナツがありますよ♪」

 いや、もちろんノッコはそうと知ってお茶にしようと言い出したに違いない。仁美も早苗もそのゲンキンな様子にまた微笑みを交わす。

「ワタシ、メリーサン、ドーナツナラ、サクサクノオールドファッションガスキナ、オニンギョウ。ドリンクハミルクティー、ネ」

「ご注文承りましたよ、メリーさん。じゃあお店に入ろう仁美……うっ!!」

 皆に先立ってドーナツ店に入ろうとした早苗の目に飛び込んで来た、毒々しい影。一声低く叫んで、店先で足が止まる。そう、早苗はあの「影踏之術」の効力を切ったわけではなかったのだ。

「……どしたの早苗?」「ううん、何でもないけど……」

 とても「何事もない」という顔ではない。怪訝そうに早苗のこわばった表情を覗き込んだままの仁美に、早苗はようやく言った。

「あのね、その……カン……なんだけど、このお店のカメラをね、メリーさんに見てもらって欲しいの」

「サスガダネ、サナエチャン。ワタシ、モウハジメテルヨ」

 答えが返される前にメリーさんはすでに動いていた。おそらく彼女にもこの店内で何かが感じとれたのだろう。

「ミンナハ、ソノママオチャシテテ。ソノアイダニ、ヤッテミルカラ」

「ありがとうございます。みんな、とにかくお店に入ろう。ここじゃ邪魔だし。

 ……ああ!まって仁美ダメ、そこはダメ、やめよう!あの……あそこがいいかな」

 あわてて親友を引き留め、店の隅の少し奥まったところを指さす早苗。そう、彼女には見えた。仁美が着こうとした席は、まさにその黒い影が座っている席だったのだ。

 早苗の目には、そこに。

 ザワザワと無数の脚が生えた、巨大な長い虫のような影が見える……!

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