そのジュウロク くねっくね♪
「ええっ!いやいやちょっと、大変だ!!」「早苗!!」「センパイ、ツッチー!!」
闇で見ていた珠雄、仁美、ノッコ。三人が三様に叫んだのは、しかし同時。
八ッ神恐子の仕掛けた罠は、槌の早苗の圧倒的優勢をたちまちひっくり返してしまった。今やなんと、二人は籠の鳥。
(むむ、これは何としたことか!)
フラットウッズのスカートの下に出来た逆さまの鳥籠。いや、あるいは金魚鉢と例えるべきか。槌の早苗の体は鉢の中央、ガスの中でふわりと浮遊している。そしていかに手足を掻きもがいても、慣性でごろごろと向きを変えることは出来るものの、体の中心がまるで釘付けにされたように、浮いたその場所から動かない。宇宙ステーションにいる宇宙飛行士なら船内の取っ手を取り、あるいは壁を蹴って進むことも出来るのだろうが。
(しからば!)
槌の早苗は、右腕を下から宇宙人の体に向かって突き上げる。珠雄が「ビームサーベル」と例えるあの技、あれを使って宇宙人を下から貫こうというのだろう。
だが。右腕の丁度剣の柄を握ったようなその手元には、確かにわずかの光が見える。しかしあの光の刀身がそれ以上一向に伸びないではないか。
否。
(この毒霧で……某の力が溶かされる!)
宇宙人ロボット・フラットウッズ。だがその正体はどうやら、膨大な妖気を宿す霊的存在。その能力である毒ガスは、先には怪異たちにも通用した。そして今、それが槌の早苗の霊力に干渉・無力化してしまう。
槌の輔は俄かに悟らされる。この檻からは自分には脱出の手立てが無い。そして!
(いかん……もはや時が無い!)
高い霊力を持つ早苗、しかしやはり彼女は人間。神の眷属、高級精霊である槌の輔と一体化していられる時間はごく短いのだ。そうと知りながら槌の輔は早苗の熱意に負け、そしてノッコを逃がす使命のため、つい憑依し戦いを始めてしまったが。
もしこのまま二人が分離してしまったら?
(某はよい、いつでもどこからでも神界に戻り去れる。だが、この巫女が!)
その瞬間、たちまち人間の生身で、檻を満たす毒霧にさらされる!
「やったね恐子!」
「アハハハハ!さっすが、天!才!呪術家の私ィ!狙い通りだわ!
……さ、とっとと引き上げるわよヤスデ!」
自分のこめかみを指でトントンと叩いて誇示、早苗たちを連れて逃げ去る算段を始めた、その時。
彼が颯爽と現れたのだ。
「おおっとぉ!ちょいとお待ちよそこのスウィートレディ、
……はぁ♪く~ねくね!そりゃ♪く~ねくね!」
「「「くねくねさんんんんん??」」」
闇で食い入るようにそのライブ映像を見つめていた三人が、びっくり仰天。その場に突如あらわれたくねくねが、八ッ神恐子とヤスデの目の前で踊り出したのだ。
「「「なんのつもりぃぃぃぃぃぃ??」」」
この非常事態に??
だがもちろん、三人のそのツッコミが届くはずもなく。くねくねはいよいよゴキゲンな様子。キッカイな歌(は三人には聞こえないのだが)とともに踊りまくる。
「右のお手てぇがく~ねくね♪左のアンヨがく~ねくね♪首も背中もく~ねくね♪
くねっくね♪く~ねくね♪どこもかしこもくねっくね♪
く~ねくね♪くねっくね♪朝から晩までく~ねくね♪
爺ちゃん婆ちゃん♪くねっくね♪オジサンオバハン♪く~ねくね♪
坊ちゃん嬢ちゃん♪くねっくね♪猫も杓子も♪く~ねくね♪
はぁ♪く~ねくね!そりゃ♪く~ねくね!みんなそろってく~ねくね!
……さぁお二人さんもご一緒にィ!!」
するとなんと、あの八ッ神恐子とヤスデが!
「……くねっくね?」「く~ねくね?」
「「「踊り出したぁ??」」」
すかさず。
「そこだ!!」
校舎の陰から駆け寄ったのは口裂け女。そのムチがビュンと一つ風を切り、狙いたがわずヤスデの持っているリモコンに巻き付き、奪う!そしてさらに。
「てけてけ!ターボ!捕まえろ!!」
「キキキィ!!」飛び出したてけてけがヤスデの脚を捉え、あっという間に口裂け女の元に引きずり寄せた。
一方、ターボばばあも八ッ神恐子に組みつこうとしたが、
「……しまった!てぇい!!」「ぐぇっ!!」
一瞬早く我に返った八ッ神恐子が指ですばやく何かの印を結ぶと、ターボばばあは見えない力に数メートルほど弾き飛ばされた。そのまま八ッ神恐子もダッと退き、突然現れた敵たちをあらためて見渡す。視線がぶつかり合ったのは口裂け女だ。
「お前は……誰だ!!」
「はぁ?覚えてないとはずいぶんなご挨拶だね、このケバケバ女!!
……アタシだよ。この間の金縛りの借りを返しに来たのさ。
何だっけ?ええと……『覚醒意識量の差から生まれる精神力勾配』だったかい?」
「お前……まさかあの夜のネズミ??」
「ハハそうだよ、お返しだよ!アタシらの仲間内で人の正気を失わせることにかけちゃ、なんたってこのくねくねが一番!不意打ちでお前らの隙を作らせたのさ。まんまとハマったみたいじゃないか?」
「ヘイヘイヘ~イ♪どうだった俺っちのくねりムーヴ?楽しかったろ?」
口裂け女のあざやかな意趣返し、後ろでさらに踊って煽るくねくね。
「出来りゃお前もとっ捕まえたかったけど、でもこれでお前の相棒も、このリモコンもこっちのモンだ。もう好きにはさせないよ!……メリー!」
「ヤッタネ、クチサケチャン」瞬く間にその場に現れるメリーさん。
「アッチハOK。ソレ、カシテ」
口裂け女はメリーさんを胸に抱き上げあのリモコンを手渡す。こちらには人質もある、そして多勢だ。慌てる必要は無い。ケバケバ女への対処より、ここは早苗の救出が先。そう判断したのだ。
……いやこの時。当のケバケバ女こと八ッ神恐子は、慌てるでも逃げようとするでもなく、何故か不敵な笑みを浮かべて口裂け女たちをただじっと見ている。その余裕はどこから……と、そこまでは怪異たちは頭が及ばない。
しばらくリモコンをくるくると捻りまわしていたメリーさん、発した言葉は緊迫していた。
「クチサケチャン、コレ、ツカエナイ。スゴクキョウリョクナプロテクトカカッテル。メリーサンニモ、スグニカイドクハデキナイヨ!」
「何だって?じゃぁ仕方ない、アイツにやらせよう!……おいお前!」
と。てけてけがガッチリ捕まえているヤスデに、リモコンを突きつける。
「見ての通りだ、観念してこれで早苗たちを……え?」
「……く~ねくね?く~ねくね?……」
「あちゃあ、姐さんダメだ!俺っちの術、コイツには効き過ぎたみたい。こりゃしばらくは醒めねぇや」
「って、くねくねお前?こりゃお前の術だろ?どうにか……」
「いやそれが無理なんだって。なんつっても俺っち、解く方の術は元から持ってないのよね。そんなにあくどくはかけなかったはずだから、しばらく放っとくしか?」
「しばらくって?!」「……さぁ?」「くねくねお前ぇぇぇぇ!」
「アハハハハハハハハ、バカどもめ!!」
そして今度は黙っていた八ッ神恐子が、この時とばかり笑いながら言い放つ。
「そんなことで勝ったつもりとはな!所詮都市伝説現代怪異など、心霊存在のうちでは未進化の下等な猿もどき!
……この超!天!才!呪術師の私が!……バックアップを持っていないとでも?」
嘲笑うケバケバ女がリュックのポケットから取り出したもの。何故か金色メッキで輝く、もう一つのリモコン!
「これが私専用のスペシャルリモコン、否!ヤスデに渡したそれは雑コピーの粗悪品、こちらこそがオリジナルなのだ!これを私が使えば。
……フラットウッズMarkⅡの性能は、当社比なぁんと50%アップ!
形勢逆転だな?さぁまずは見るがいい!!」
新たなリモコンを八ッ神恐子が握りしめると、槌の早苗に斬りおとされ地面にころがっていた三本の腕がフワリと浮き上がり、それぞれ元々生えていた場所に吸い付くように接続される。そして、さらに、たちまち!
「フラ……フララララララララララーーーーーーーー」
あの不気味な雄叫びと共に、宇宙人の全身が金色に輝き始める。
「どうだ、これぞ名付けて、真・フラットウッズMarkⅡスーパー!!」
「いやいやいやまずいですよコレ!」
メリーさんの到着から、怪異の闇には学校のその場の音声も届くようになっていた。中継しているのはメリーさん、三人と八尺様を包み込む空間全体をうっすらと満たす闇のモヤが、音を伝える媒体になっているらしい。
「真がついてスーパーで金色って!絶対強いヤツじゃないですか!!」
色々とピンとくるらしい珠雄が焦る。
「……いや?ハイパーDXフラットウッズMarkⅡの方がいいかな?」
そして非常事態にもかかわらず思わず一人ずっこける珠雄。八ッ神恐子、服装同様ネーミングセンスも適当でくどくて壊滅的だ。
だがもちろん。他の二人、仁美にもノッコにもずっこけている余裕などない。
宇宙人がどう姿や名前を変えようと、そんなことは眼中にない。問題はただ一つ。
早苗がまだ、あの毒霧の金魚鉢の中に捕えられたままなのだ……!
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