怪異さまナー☆TSU・CHI・NO・KO
おどぅ~ん
そのイチ 口裂けさん
「……エッヘン!ふむ?すると何かね、君はこのオカルト研究会に入りたいと、そう言うのだね?それはまた随分と……」
(仁美ったら、何その調子?)
「変わり者だねぇ、君は!」
(で、そう言っちゃうんだ。はぁ……)
変わり者はあなたもでしょ、と。早苗は呆れてため息を一つ。
ここは
そして部室の無い学校非公認のサークルのサークルスペースとしてもうってつけ。毎週水曜日放課後のこの時間は、TRPG同好会の男子6名が常連で、その隣に彼らとの共同名義借りで陣取っているのが。
とはいえメンバーはたったの2人、活動内容は「研究成果」と称して仁美が早苗に超常現象のウンチクをダベるだけ。こんなインチキなサークルであるし、そもそもグループ室は3人以上でないと使用許可が降りない。そこで「女性NPCのセリフならやってあげるから!」と、仁美がいつもTRPG同好会に頼み込んで隣のテーブルを間借りしているのである。
そう、凡野仁美という少女は多分に芝居がかったところがある。
(今はあれね、何かのハカセ気取り!)
ありもしない鼻ヒゲの先を弄る仕草が噴飯もの。とんだ猿芝居だが、仁美の幼なじみである早苗には通じる。それは多分彼女なりの好奇心の表現。
いや、確かに早苗も気になるのだ。
こんな胡散臭いサークルに酔狂に加わりたいなどという、目の前のその新入生。かわいそうかなと思いつつ、早苗は思うのだ。この子も胡散臭い。
(ま、ここは仁美に任せて……)
君子危うきに近寄らず、ここはひとまず距離を置いて様子を見ようと思っていた、その矢先。
「さぁ、女神のおわす泉は目の前であるぞよ!」
隣のテーブルで、今日のゲームマスター役の男子がわざとらしく声を張り上げた。そしてそうと聞くなり、仁美はたちまち蹴立てた椅子の背を胸に抱え込んで。
「おっと出番だ!早苗君、悪いがしばらく彼女の相手をしてやってくれたまえ」
「ええ?ちょっと!」
椅子ごと隣のテーブルに慌ただしく移動する仁美。取り残された早苗は一人新入生と相対する羽目に。
(どうしよう……?)
早苗の目の前に座っているその新入生。新品ピカピカの折り目クッキリなブレザーに小柄な身を包む。それがやや窮屈に見えるのは、元気が横溢しているから。肩まで伸ばした髪は内巻きで艶やかな栗色。みずみずしい桃色の頬と唇。
そして何より印象的なのはその目だ。くりくりと輝く瞳は黒目がちで、吸い込まれるような愛嬌がある。
可愛らしい、素直にそう思う。
だがそれだけに早苗は気になるのだ。この子ならどこにいっても人気者になれるだろう。それを何を好き好んでこんなサークルに?
「ええと……そうね、私は2年B組の鴻神早苗。あなた、お名前は?」
「はい!1年C組、
(……あれ?)
間違いなく初めて会う少女。だがどこかで聞いた名前の気がする。
(お父さんの知り合いに確か……土屋さんって……確か娘さんがいるとかいないとか……でも?)
土屋、よくある名字だ。自分の知っている(といっても父と立ち話をしているのを時折見かけるだけであるが)あの土屋氏と同じとは限らない。
それに、今はそこは問いただしたくない。
(藪蛇になるものね)
まだ彼女とうっかり「知り合い」になるのは、不安要素が多すぎる気がする。
「そう……あのね土屋さん、実はこのオカルト研究会というのはね……」
サークルとは名ばかりの、幼馴染同士のおしゃべり会のようなもの。早苗はその祝子という少女に最初にはっきり伝えることにした。つれない態度だとは思ったが、やはりこの少女とはまだ心理的距離をあけるべきだと思ったし、本気でオカルトに興味があるなら、ぬか喜びさせるわけにはいかないという、正当な理由もある。
ただし。傍目から見れば馬鹿馬鹿しい仁美の趣味に付き合う早苗自身には、実はそれなりの真面目な意図と、それこそオカルトな背景があるのだが。
(お爺ちゃん、いいえお師匠の言いつけだから、とは、流石にね……)
鴻神家のとある秘密、それは仁美にもこの少女にも誰にも言えない。しかし関係する人間が増えれば、うっかり漏れてしまう可能性は増すだろう。
要するに早苗としてはこの時、この新入生の入会を体よく断る形にしたかったのである。そして案の定、それを聞いてつかの間、祝子は少しがっかりした様子だった。
しかし、たちまち気を取り直した顔で、さらにこう言い出したのである。
「そうなんですか……あのぉ、でもでも!わたしがお二人のそのおしゃべりに混ぜていただくのは、お邪魔でしょうか?」
「え?」
「わたし、実は誰かにお友達になっていただきたくて……それも、お化けとか妖怪とか都市伝説とか、そういう物が好きな人に」
「??」
妙な話だ。友達探し、それはいい。だが何故怪奇現象好きの人間限定なのか?そもそも学生にとって一学年の違い、距離感は大きいもの。同級生ではなくわざわざ2年生の自分達の間に割り込みたいというのは、彼女にとってその条件がよほど重要なのだろうか?距離をとるつもりだった早苗が思わず釣り込まれて。
「どうしてそういう人がいいのかな?よかったら教えてくれる?」
「そのぉ……わたし、子供の頃から人間のお友達がいなくて……」
「……え?」
「お化けのお友達なら沢山いるんですけど……」
「……ええ?」
「それで今度わたし高校生になるって口裂けさんに言ったら、『ノッコはもっと人間の友達を作らないと』ってそう言われて……」
「???今なんて?」
「あ、すみません、ノッコはわたしのあだ名です」
「いや、そこじゃなくてええと……藤崎さん?」
「口裂けさんです。この街の口裂け女の。わたしのことずっと可愛がってくれてるお化けさんで……」
(……仁美ぃ!)
聞いて後悔のその理由、これは予想以上にヤバい電波系。さてはそっち方面のコだったかと焦る早苗の気も知らず、頼りの相棒はと言えば。
「おお勇者たちよ、お前達はこの先の運命の道筋を知りたいか、それとも泉の秘宝、伝説の武器を求めるのか?
——6d2を振って3以上なら運命を知り、10以上なら武器も取るがよい!」
「おい待て凡野!武器とかシナリオにないぞ!ダイスまで勝手に!」
「マスター君、そう固いこと言わない言わない!アドリブアドリブ!」
「出た、いつもの凡野アクシデント!」
「よし、のってきた!ダイスダイス……マスター頼むぜ、もらえる武器はどんなのか、今ちゃちゃっと考えてくれよ」
「またかよ!」
他のメンバーは元より、文句たらたらに見えるゲームマスター君も本心では浮かれている。隣のテーブルは今、仁美のサービス精神溢れる熱演で大賑わいだ。
そう、早苗の気も知らず。
(早く帰ってきて仁美、あたし一人にしないでーーー!!)
TRPG同好会の今日のセッションは、結局グループ室の貸し出し時間目いっぱいまで続いた。グループ室を全員で出て、仁美はようやくこちらに合流した。
謎の新入生・祝子のあの奇怪千万な告白。絶対に何かの誇大妄想の持ち主に違いないと、ひそひそ声で追い返せと仁美に迫った早苗だったのだが。
「どうして?面白いじゃない!そりゃまぁ……ジョーシキ的に考えればアリエナイかもしれないけど。その『アリエナイ』を探すのがオカルト研究よ?
超常存在そのものに出会うのもレアだけど、それに触れた体験者に出会うのもレアケース。これは貴重だわ。
……ねぇ土屋さんだったっけ?ノッコちゃん?そしたらさぁ、私達をその口裂けさんに紹介してくれることって、お願い出来る?」
「ちょっと、仁美?!」
「もちろん!……嬉しいなぁ、私の話を聞いてくれる人がいて!ちょうどいい時間ですから、よかったらこれからすぐに行きませんか?」
「いいわね!行こう行こう!早苗も!」
「仁美ーーーーー!」
ツッコミ虚しく、仁美とノッコは早速意気投合してしまったのであった。
そして今はといえば夕方六時。仁美と早苗そして謎の新入生ノッコの三人は、学校から帰宅せず直で連れ立って街に出ていた。
「そっかー、口裂け女かぁ、すっごいポピュラーだけど、あたしまだ一度も見た事ないのよね。楽しみ♪」
「うふふ♪」
(なんでこんな事に……)
商店街の賑わいから、少し奥まった裏路地に入ったここが、ノッコの言う「この町の口裂け女」、口裂けさんのお気に入り出現ポイントなのだという。
「ふぅん、なかなか雰囲気のある場所じゃない?良い感じ。さて!ではノッコ君さっそくだけど、口裂けさんを呼んでくれるかな?」
「ハーイ♪」
(出てくるわけないでしょうが、仁美ったら!)
出てこないのは構わない。当たり前の話だ。だがその後どうするのか。
(絶対気まずいでしょうに……この子がかえって可哀そうよ)
早苗とて、実は祝子が不愉快だったわけではない。反対だ。可憐で素直で溌剌としたこの初めて会った後輩に、一目で好感を覚えていたのである。
しかしそれだけに。おかしな妄想を抱え、多分そのせいで友達もいないというこの少女に対しては、もっと慎重に触れ合うか、あるいはいっそ深入りしないうちに離れた方がいいのでは、早苗はそう思っていた。
ところが相棒の仁美といえば、あの食いつきよう。挙句は一緒に怪異に遭おうなどと言い出した。早苗は一人頭を抱えながら、ほおっておくことも出来ずについて来たのであったが。
「くー!ちー!さー!けー!さ~~~~~~ん!!」
路地の奥に向かって、素っ頓狂な大声でそれを呼ぶノッコ。
すると。
突然周囲の空気が変わった。
(え……!)
路地の奥から流れてくる重苦しい空気の流れ。人によってはその濃密さを「生暖かい」と感じるかもしれない。しかし実際は、いや、早苗には。
(寒い……これって……まさか……お師匠の言ってた……)
鼓膜が何かの圧力に押され、耳鳴りがするかのよう。それにつれ、商店街の喧騒も遠のく。そして夕方の薄暗い時間帯とはいえ、すぐそばの商店街の明かりでその辺りも先ほどまで十分に明るかったはずが。
路地の奥、その空間に開いた裂け目から重い空気と共に流れ出る暗闇が、三人の周囲を塗りつぶしていく。
(あれ……異界の入口……いいえ!)
怪異なる存在にとっては、それは出口。
やがて。
路地だった暗闇の向こうから、おぼろに揺らめく人影らしきもの。光が無いはずなのに、その姿だけが次第に明らかになっていく。近づいてくるのだ。
それは一人の女。どことなく古臭い、流行おくれな型の真っ赤な服、顔には大きな白いマスク。
「わたし……きれい?」
とうとう女は三人の目前に立つ。そして猫のような声でそう問うた。
(本……物……!)
姿ではない。噂通りの言動でもない。早苗にはわかる、彼女の鋭い霊感が、その女の存在そのものの脅威を告げている!
鴻神早苗、ここ昴ヶ丘の古いが小さな神社の神主の娘。そして鴻神家の神職は代々祓い屋、今でいう退魔師としての任を帯びていた。現に祖父・巌十郎は神主を辞した今でもその筋では知らぬ者のいない第一人者なのだという。
ただ時代が過ぎるにつれ、そうした霊界とその力に干渉出来るような素質を持った人間は減っている。現神主の早苗の父も、その点では祖父の跡を継げなかった。
しかし。早苗は幼い頃から霊感が強く、長じるにつれなおさらにその力は開花していった。巌十郎はついに早苗を次代と目し、修行をつけることを決めた。早苗も祖父を師と仰ぐ道を選んでいたのである。
だがそれは、早苗が高校に入学したばかりの頃だった。すなわち退魔師修行もまだたったの一年。生まれ持っての霊感とそこそこの知識はあっても、実際に霊的な存在に対抗できる力が備わったわけではない。一般人に毛が少々生えたようなもの。
あれは、自分のような修行の浅いものにどうにか出来る相手ではない、と……
わかるだけで、手も足も出ない!
「に、ににに、逃げ……」
早苗は二人の手を取って逃げ去りたかった。だがすでに声も絶え絶え、体はすくんでピクリとも動かない。
二人はどうなのだろう?背後の自分には二人の顔色は見えないが……
すると。
「こんばんわ口裂けさん。今日もきれいですね♪」
「こんばんわノッコ。ま、取り敢えずいつもの段取り段取り……これでも?」
女は至ってフレンドリーな口ぶりだった。そしてそのマスクを取る。
両頬を切り裂かれた口を、獲物に飛び掛かって丸のみにしようとする蛇のように開けて見せる女。早苗は、血の色の真っ赤な洞に今にも吸い込まれてしまう気が……
「あ、口裂けさん、リップ新しいのに変えました?いい色ですね、素敵!」
(……そこ??)
早苗はずっこけた。いや、ずっこけたかった。ノッコと、闇から現れた「口裂け女」の問答は至って呑気、声だけ聞いていれば知人同士のただの挨拶に過ぎない。
しかし。早苗の霊感は未だに彼女自身を恐怖で縛り続けている。拍子抜けした理性と、緊張を強いる本能のギャップに目がくらむ。
口裂け女はノッコの言葉ににやりと笑う(ように早苗には見えた)と、肩から下げた小さなバッグのがま口を開けてこちらに差し出し、
「ありがと。ハイ、これいつもの飴ちゃん」
「いただきまぁす!」
「もっとお取りよノッコ、余っちまって困ってるんだから。
……よかったらそこの二人もどうだい?拾い物で悪いけどさ?」
(気づかれてたーーーーー!!そ、そうよねこんな近くにいるんだから!)
当たり前だ。相手から見えていないはずがない。だがどこからどう感じても本物としか思えない怪異と、どう見てもただの知り合い同士の会話が続くというこの場の展開に、早苗の理性の処理能力はダウンしていた。いつの間にかテレビの向こう側の情景のように感じてしまっていたのである。
だが、事態の矛先は自分達に向いてきた。
(どうする、どうしたらいいの?どう答えたら……)
「いただきます!あ、コレべっこう飴ですね、おいしい、懐かしのレトロ味」
(仁美ーーーーーーーーーー!!!!!)
その時、早苗は心の底からずっこけたかった。
(続)
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