そのニィテンゴ タマオくん
僕の名前は
今日はクラブが予定外のイベントですごく盛り上がって、ウチに帰るのが遅くなった。マンションの自宅に戻ったのはもう夕方。
ホントは今日は僕の大切な日。ママには早く帰るって言ったのに、と、あわててドアに飛び込む。さっと着替えを済ませ、ダイニングキッチンに駆け込み夕ご飯の用意をしてくれていたママを手伝っていると。
「見て見て珠雄ちゃん!今日のお夕飯、ちょっと奮発しちゃったわよ」
エプロン姿のママが、冷蔵庫から大事そうに出してくれたもの。
「……やった!ママありがとう!」
僕の好きなカツオの叩きの柵、丸ごと一本。最高だ。
「今日は珠雄ちゃんの大切な記念日ですもの。あれからもう一年も経つのね……
ママ嬉しいわ、珠雄ちゃんがこんなに立派になるなんて。パパにも見せてあげたかった……」
ちょっとしんみりしたその場の雰囲気。パパが交通事故で死んでから、もう二年になる。今この家は母一人子一人だ。
ママは涙を手の甲でそっと拭って。
「ああ、ごめんなさい珠雄ちゃん!おめでたい日なのにママったら……
ほら、ご飯ぬるくなっちゃうわ、食べて食べて!」
「いただきまーす!」
ちょっとがっついた僕の様子をニコニコ笑いながら眺めているママ。エプロンのポケットからそっと出してきたもの。
「ねぇ珠雄ちゃん、あなたもそろそろどうかな?ママね、この間集会に行って探してみたのよ」
それはお見合い写真というやつ、ざっと十数枚はある。どうやらスマホで撮った写真を、わざわざコンビニでプリントしてきてくれたらしい。
そう、実は僕もそろそろかな、と思ってる。どれどれと覗き込んでみると、みんなこの近所の女の子。
「どぉ?みんなかわいいでしょう?珠雄ちゃんはどういうコがいいのかな?」
「フフフ……」
流石にママに面と向かってそう言われると照れる。その気ありの顔をしながらペラペラと見比べて。
「急には決められないかなぁ。ちょっと預かっていい?」
「もちろん!あ、でもね珠雄ちゃん、あなたが他に自分でいい子を見つけたらそう言ってちょうだいね?」
「うん。ところでママ、今日はね……」
その日、クラブであった不思議な事件と、不思議な出会い。僕はママに話した。
「驚いちゃったな。ママあれ、本物のメリーさんだったよ」
「まぁ!」
「みんな気付いてなかったけどね。ただの作り物の人形だって思ったらしいよ。僕が購買に走ってさ、プチシュークリームを買って来てみんなで分けて食べて……またそのノッコちゃんってコにさよならを言ってもらってさ、それで帰ってもらえたんだけど……普通だったらさ、大変なことになってたかもよ」
「それはそうだわ……」ママは丸い眼をいっそう丸くする。
「で実は僕ね、そのオカルト研の会長さんからね、頼まれたんだよ。『ノッコの友達になってあげて』ってさ。同じ一年だし、隣のクラスだし。
……ママ、どう思う?」
僕は気楽に聞いた。まぁたまにはそんなコもいるのかな、そう思ったんだけど。
ところがびっくりだ。なんだかママの顔がさっと怖くなったんだ。
「ねぇ珠雄ちゃん……その……ノッコちゃん?ちゃんとしたお名前は聞いた?」
「もちろん。ええと、土屋祝子ちゃん。ノリは『祝う』って字だって……」
「まぁ!まぁまぁまぁまぁ!!」
「ママ、ヒゲ!ヒゲが出ちゃってる」
「ママのおヒゲなんてどうでもいいわ!珠雄ちゃん?!あなたその土屋の祝子さんに失礼なことしてないわよね?まさかまさか、エッチなこととかは?!」
「ええ?ぷっ……どうしたのママ?いやそりゃもちろん大丈夫だよ。周りにクラブの人とかいたしさ。ちゃんと真面目にしてたよ。お互い自己紹介して、ちょっと話したくらいかな。
……ママ?いったいどうしたの?」
「……い、いいいい、いいわ!おと、お友達ね?お友達ならなってあげなさい!ママからもお願いよ!ああ、でもね珠雄ちゃん、あくまで、あ・く・ま・で、お友達よ?清い清~いお付き合いにするのよ!!
……大変、大変だわ、先生に申し上げておいた方がいいかしら……」
「……先生?」
僕は背筋がざわっとした。ママが「先生」と呼ぶ人は、僕のクラスの担任の先生と、あと一人、ママの通うママさん茶道教室のお師匠さん。
ああ、そうだ!「土屋流茶道教室」……あの土屋先生の?!
ニャアと叫んだ僕も、思わずヒゲが出ちゃった。
一年前、僕は初めて人に化けた。今日はその記念日。
僕の名前はサバトラ縞のタマ。母一人子一人、マンションで暮らす化け猫だ。
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