そのジュウイチ 槌の輔にて御座候!

「やー、いつも通りの一週間ぶりだけど、なんかスッゴイ長かった気がする!色んな事あったモンね。ね、ノッコ?」

 今日は水曜日、オカルト研の活動日だ。グループ学習室にちょうど同じタイミングで現れた仁美に、入り口の前でドンと肩を叩かれながらそう言われたノッコ。

 ところがなぜか。

「え?あ、ああ、はいセンパイ、い、色々ありましたね!」

 妙にドギマギした答え。仁美の言う「色々あった」はもちろん、あの一連の宇宙人騒ぎのことに違いない。だがさらに、ノッコは皆にナイショでもう一つ、別のイベントを積み上げてしまった。

 そう、あの怪少女に、マスタードーナツで出会ってしまったこと。結局、あの日は少女の顔を遠目でチラリと確認しただけで、それ以上の接触はしなかった。ノッコは怪少女を置いてすれ違うように、そっと店を出てしまったのである。

 しかしノッコは見逃していない。あの少女が握っていた、沢山のドーナツチケットの束。あれはとても一回や二回で使い切れるものではない。すなわち、あの怪少女は近いうちに必ず、またあの店に現れるだろう……

(はわわ……どうしよう?)

 だがそれを、皆に伝えるべきなのだろうか?ノッコは大いに迷っていたのである。もちろん、理屈で言えば打ち明けるべきだ。あの「平木」は人々を傷つける昴ヶ丘の街の脅威であり、その活動を阻止すべく怪異たちは今動いているのだし、ノッコたちもその助力をするためにあのカメラハック作戦を敢行したはず。迷う理由はない。

 だが何故か、ノッコにはそれはためらわれるのだ。何かが彼女の本能にひっかかる。そう。

 タイムラプスビデオの白黒の荒い画像ではわからない、怪少女がドーナツに興じている時の、あの無邪気な笑顔。

(あの子がみんなに責められるのは見たくない……まだよくわからないもの、あの子がホントに悪いコがどうかなんて……!)

 そしてそんな悩ましい顔つきのノッコを、小首を傾げて見守る仁美。

「どしたの?」

「いえその、ええと、何でもないです!あ、早苗センパイは?」

 明らかにノッコは自分をはぐらかした。それがわからぬ仁美でもないが、根問いすべき理由も思いつかない。ここはさらりと聞き流しておこう、と。

「あ、早苗はね、何か机に忘れ物したとか。何かあのコ、ここんとこ変なんだよ、ミョ〜にボーっとしててさ。先に行っててって言われてね、すぐ来ると思うよ。

 ……さ、入ろう!」

 仁美の方から立ち話を打ち切って入室を誘ってくれたことに、ノッコは心の中でほっとため息一つ。そそくさとグループ室の中に入ると、そこにはすでにいつものゲーム組の面々。

「珠雄くん、こんにちは♪」「やあノッコちゃん、コンチワ」

 さっと簡単に挨拶を交わして、ゲーム組の隣のテーブルに足早に駆け寄るノッコ。仁美は後から悠々と、そして。

「……ごめん仁美、ノッコ!待った?」

 忙しなくグループ室に飛び込んできた早苗。だがその途端!

「ね……猫ぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」

 早苗の絶叫がグループ室に木霊する。指差す先には珠雄。


 早苗は確かに、このところかなり疲れていた。

 原因の一つはもちろんあの騒動だが、もう一つ。巌十郎が彼女に課す修行の内容が、このところ一際厳しさを増していたのだ。

「早苗、自分でもそろそろ気づいておると思うが、お前はこの何日かで急に霊力が強くなっておる。何かあったのか、それは聞かぬ。わけもなくそうなることもままある、これまでの鴻神流の伝承者にも、何人もそういう者がいたという言い伝えがあるからな。

 だが早苗よ、それは決して喜ばしいことばかりでは無い。急に高まった己の力を制しきれず、長く人並みの暮らしが営めなくなった先人の話もな、多く伝わっておるのだ。その後、人の心を取り戻すのにそれこそ地獄のような修行を余儀なくされたのだと……

 今なら間に合うであろう。わしはこれまで、お前に霊力を『高める』修行をつけてきた。無論今後もそれは必要であろうが、今日よりしばらくは!お前に『鎮める』ための修行をつける。鴻神流の術は、悪しき霊や物の怪を祓う。今のお前の不自然に高まった力はいわば、己の心中にそういうものがおるということ。鎮めるとはそれに向けて力を用い、祓う……すなわちそれは、自らに刃を向けるが如し。厳しいぞ早苗、覚悟しておけ!

 ……だが頑張るのだ。なにより、今のお前の幸せのためにな」

 その日からガラリと改められた早苗の修行内容。これまでの朝行に加え、帰宅すれば即昼行、夕食入浴のち晩の行。宿題などもしあれば、就寝は深夜になることも。

 確かに厳しかった。だがそれ以上に、早苗には師であり祖父である巌十郎の思いやりが嬉しかった。ここは歯を食いしばって頑張る、そう心に決めた早苗だった……が。

 そこは心でそう思っても、体は急には言うことを聞いてくれないもの。授業中は常に睡魔と大格闘、そして行動はうっかりミスの連発。今も教室に通学カバンを置き忘れて集合に遅れてしまった。そして今!

(うそ、何これ?目の錯覚?それとも居眠りの夢?)

 グループ室の中に一匹、大きな猫がいる。いや大きいどころではない、人間並み。グレーと白の美しい毛並みのサバトラ縞模様、ふっくらと健康そうに太っている。それがのほほんとゲーム組に混じって、まるで人間のような姿勢でテーブルに着いているではないか。

 ゴシゴシと目を擦り、見直してもその光景は変わらない。早苗は一度目を閉じる。どうやら夢ではない、さては祖父の言う、「心の魔物」が暴れ出したのか?

(落ち着いて早苗、パニクっちゃダメ!)

 何とか自分にまず、そう言い聞かせて。

(おじいちゃんに教わった通りに……ええと……まずは深呼吸よ、それから、呼吸に合わせて『畏み畏み』……)

 祖父に新しく習ったばかりの精神統一・鎮静のための祝詞を詠じ、心を落ち着かせようとする。脳裏に浮かぶのは、ガミガミと厳しい修行中の祖父の面影と言葉。それはこの際実に頼もしい。自分はまだ正気を失ってはいないのだとわからせてくれるではないか。これなら……

 恐る恐る、早苗は再び目を開く。

「ややや、やっぱりネコーーーー!!」

 途端にグループ学習室に巻き起こったのは、ゲーム組一同の大爆笑。

「ギャハハ!おいおい鴻神、お前までかよ?」

「左波島〜、お前いよいよタマが板についてきたなぁ!」

(え?何?あの猫が?左波島くん?)

 するとその猫が慌てた顔(のように早苗には見えた)で椅子から二本足で立ち上がり、ペタペタとこちらに近づいて。

「あ、あのあの、ひょっとして?鴻神さん?僕のこと……見えてます?」

 早苗に向かって人間の言葉でそういうではないか。それは確かに、あの珠雄の声のよう。

「あ……もしかしてあたしダメかも……仁美、ノッコ、ゴメン、今日はあたしもう帰る……2〜3日休むかも……あはは、コレ、ダメだわあはは……」

 空虚な薄笑いを漏らしながら、ふらふらとグループ室から出ていく早苗。呆気に囚われた一同、その中で、珠雄がいち早く。

「あ、ええとその、僕ちょっとトイレです!」

 もちろんそれは嘘。彼は早苗を追って出て行ったのだ。


(まずいまずいまずい!鴻神さん、アレ僕の正体が見えた顔だよ絶対!)

 人の世界では秘密でも。鴻神神社の神職が代々退魔師であったことは、この昴ヶ丘の化け物たちの間では周知の事実。

 現在、昴ヶ丘の霊的世界の秩序を保っている存在は二人。一人はもちろん、妖怪や怪異たちの保護者である土屋すなわち大妖怪・土蜘蛛。そしてもう一人。断罪者としての超一流退魔師・鴻神巌十郎。

 人間界に悪き干渉をしなければ、土屋すなわち土蜘蛛は彼らを厚く庇ってくれる。だがもし一度、重大な不届をしでかせば……!

(あの爺さんに祓われちゃう!!)

 土屋と巌十郎、二人に連絡はない。そもそも巌十郎は土屋の正体に気づいていないのだから。実力的には土屋が一歩優位に立っているとも言えるのだが、しかし。巌十郎が自身の判断で動く時、土屋が彼の行動に掣肘を加えることは無いのだという。

(ママが言ってた、先生はあの爺さんを信用してるんだって。だから妖怪にホントに厳しい処分が必要な時、もしあの爺さんが先に動いてたら、見ないふりしてまかせちゃうんだって!!)

 確かに、巌十郎は妖怪や霊をむやみに祓うわけではないらしい。あくまで悪質な行為を行うにだけ、その力は使われてきたのだという。土屋の黙認もその事実の積み重ねがあってのこと。

 だがしかし。本当に彼ら二人の判断は正しいのだろうか?

(だって早苗さんは、あの爺さんの孫じゃないかぁぁぁ!)

 というものの恐ろしさ、それをつい最近、珠雄は骨身に染みて感じさせられていた。そう、あの土屋をしてあのグダグダっぷり、そして打って変わってあの夜の土屋の妖気の恐ろしさ!

 ならば巌十郎という人物が同類でないと、誰が言えようか?

(まずいまずいまずい!ちゃんと早苗さんに説明しなきゃ!!)

 早苗のふらつく背中を追って駆け寄る珠雄。もし彼が正体の猫の姿であったなら、音もなく追いつくことも出来たはず。しかし彼は失念していたのである、生憎今は、学校指定の上履きがそれを許してくれないということに。ペチペチという足音に生気の無い顔で振り返った早苗は、たちまち!

「嫌ァァァァァァァァァァァ!ネコ、ネコがぁぁぁぁぁ!!」

(しまったーーーーーーー!!)

 恐怖に引きつった顔で大泣きで走り去ろうとする早苗。その声を聞いて珠雄の血も凍る!万事休す!!

 その時。

【トゥルルルル、トゥルルルル……】

 それは早苗のカバンから聞こえる、スマホの呼び出し音。

「電話……そっか電話だ!!鴻神さん!電話です、電話電話!早苗さんその電話に出てお願いしますぅぅぅぅ!」

「ネコーーーーーー!!」

 その時。早苗が走り去って行く、珠雄が追って行くその廊下の先の空間が、ゆらゆらと陽炎のように一瞬揺らめいて。

「ぽぽぽ……」

 現れたのは八尺様。勢い余って止まれない早苗の体を抱き止めたかと思うと、たちまち白いワンピースに溶け込むように早苗の姿が消えた。

 そして八尺様はそのまま珠雄を手招き。

「え?僕も?……そっか!ありがとうございます!!」

 近づいた珠雄を長い腕で抱えこむと、二人の姿はそのままその場からかき消えた。


「ワタシ、メリーサン。オデンワシタノニ、デテモラエナカッタオニンギョウ。シクシク」

 そこは怪異たちの集うあの闇の世界。

「早苗、お前にしちゃチョイとだらしないね。ま、仕方ないか、急に化け猫なんてモンが見えたりしたら。メリーが教えてやろうとしたんだけど、お前、電話に出ないし。で、八尺に頼んでここに神隠しさせたんだよ。ほっといたら騒ぎになるからね。ここでなら落ち着いて話せるだろ?」

 慰め顔の口裂け女の言葉に、ようやく泣きじゃくるのも治った早苗。キョトンとした顔で。

「あの、それじゃ、ホントにこのネコが……?」

「ハイ、僕が1-Bの左波島珠雄です。びっくりしましたよ鴻神さん、今まで全然バレてなかったのに」

「ゴメンネ、サナエチャン。モットハヤクニ、イットケバヨカッタンダケド」

「ま、メリーのせいでもないさ。自分で言わないコイツが悪い」

 口裂け女は宙で珠雄を小突くフリ。てへへと頭を掻く珠雄。

「ええ……じゃぁ何?あなた最初から……?」

「はい、お会いしたときからずっと化け猫です」

「だってあなた、お母さんとマンションで二人暮らしだって……」

「ママも猫が化けてます。去年亡くなったパパも。ウチ、化け猫一家なんですよ」

「ええ……」

 呆れて物も言えない様子の早苗に、今度はふわりと近づいた八尺様が。

「ぽぽぽ……早苗さん、あなたの霊力が急に強くなったから、彼の正体が見えてしまったのね」

「あ!あの、わたし今、八尺様の言葉がわかります!!」

「ほら。目だけじゃないの、心の耳も。あなたはどんどん私たちに近づいてきているのよ。そうね、その力に慣れて使いこなすには、もっと修行は要るかしら。でも、あなたなら出来る。私達もついているし、大丈夫よ、安心して。

 さぁ二人とも、外に送るわ。攫ったままだとノッコや仁美さんが心配するから」

 八尺様の穏やかな優しい言葉が早苗の胸に沁みる。

「ありがとうございます。お願いします……」

 コクリと小さく頭を下げて、肩を委ねる早苗。照れくさそうな顔で側による珠雄。八尺様は二人を抱きかかえて、二人と一緒に闇からサッと姿を消した。

「あ、いたいた!ちょっと早苗、大丈夫?」

 八尺様が送り届けた学校の廊下の曲がり角。そこから早苗が一歩角の向こうに踏み出すと、まさにちょうどそこに走って来た仁美とノッコ。

「変な顔して出てっちゃったから、追いかけて来たんだけど……」

「ああ、その……ごめんね二人とも。何だかちょっとね、頭がクラクラして……でも大丈夫、もう平気だから」

「そう?ホントに?……そうね、さっきより顔色は良さそうね。

 あのね早苗、今日はノッコと相談してね、サークル活動は中止にしたよ。キミ、ここんとこちょっと疲れた顔してたもん。ウチまで送るよ、一緒に帰ろう!……いいの、早苗がいなきゃ盛り上がんないし、キミの体の方がずっと大切だからさ!

 それにね?今日はお呼ばれってわけにはいかないけど、ノッコにね?早苗ん家の神社見せときたいし!案内してあげたいなって」

「あれ?ノッコあなた、鴻神神社には……」

「ハイ、まだお詣りしたことないんです」

 そう言えば、と早苗は思う。土屋は毎朝欠かさず参詣に来るが、ノッコを伴っていたことは一度もなかった。平日の朝は学校があるからにせよ、休日も。あれ程仲の良い親子としては……いやいや、自分もそうだが年頃の少女としては不自然でもないが……

 やや釈然としない思いをそっと飲み込んだ早苗に、仁美が言葉を被せる。

「そういうわけだから!今日のサークル活動は、予定変更でノッコのための鴻神神社参拝ツアー!いいでしょ早苗?さぁ帰ろ帰ろ!」

 からりと笑う仁美に押し出される早苗。やがて三人の笑いさざめく声が遠のいて……すると窓から猫の姿で廊下に飛び込む珠雄、その場でドロンと人間に化ける。

「ああビックリした、どうなることかと思ったよ。怪異さんたちには借りが出来ちゃったけど。さぁてと!

 今日はあとは、どうやってサークルの先輩たちを誤魔化すか、だね……」

 特別ゲーム開始。楽しそうにニヤリと笑う珠雄であった。


「ありがとう仁美ちゃん。今日は早苗はゆっくり休ませるよ。

 ……初めまして土屋さん。そうかい、君が土屋先生の……よろしくね。ゆっくりお詣りしていって」

 簡単に事情を説明し、早苗を俊介に預けると。仁美とノッコは社務所から早速本殿に向かって行った。

「うわぁ……」

 たちまち夢見るような顔で社殿を仰ぎ見るノッコ。

「何だか……とってもステキですねぇ!気持ちがフワ〜っとしてスーっとします!」

「でしょ?」仁美はその反応にニコリとして。

「こないだサークルでもチラッと紹介したけどさ、早苗ん家のこの神社は、ちっこいけどすごく由緒正しいし、長〜い歴史があるんだ。このお社もさ、なんかこう、雅で厳かだよね。昴ヶ丘一の隠れパワースポットだよ。

 ……あたしはさ?小さい頃から早苗とこの境内でしょっちゅう遊んでて。大好きな場所なんだ。まぁね?イタズラとかもしちゃってさ、にしょっちゅう怒られてたけど!きっとここの神様にも顔とか覚えられてるね。『あのお転婆め、また来たか』って。

 ノッコもさ、お詣りして覚えて貰おうよ?守ってもらえると思うんだ」

 何から?もちろんあの宇宙人から。ノッコには仁美の気持ちが嬉しく、同時にやましい。やっぱりあの少女のことは仁美には言い出せないのだから。

(神様……わたし、どうしたらいいんでしょう?)

 ノッコが思わずそう心中でつぶやいた、その時。

……おお小姫…………槌の輔……頼む……小姫を……頼むぞ……)

「え?」ノッコの耳にさやさやと、誰かの声が聞こえてきた。その声はどうやら、見上げる社殿のずっと高くから聞こえてきたようだ。そして続け様に今度はもっと近く、ノッコのすぐ後ろ、肩口の辺りから。

、お任せあれ……小姫様のお側にこの槌の輔有らば、必ずや……)

「えええ?!」思わずハッと振り返る。もちろん誰もいない、境内には今、仁美が一人側にいるばかり。

「何?ノッコどしたの?」

「あの、あのあの!センパイ、今何か聞こえませんでした?誰かの話声が!」

「え?ううん?あたしには何にも?」

 仁美は心底キョトンとした顔。そして社殿の天と自分の後ろを何度も見返すノッコに、やがて仁美が言う。

「それさ、きっとここの神様だよ。あのねノッコ、あたしと早苗がうんと小さかった時……あれ幼稚園の頃だったかなぁ?早苗がね、やっぱり声がしたって言ってたのよ。この御社の前でさ、低くて優しい女の人の声だって。あたしには全然だったけど。でさ、早苗はさ、ここの神主さんの子じゃない?だから聞こえたのかもってあたしは思ってたんだよ。

 でもそっかぁ、ノッコにも聞こえたのかぁ……やっぱあたしはここの神様に目をつけられちゃったかな?ちぇっ。よぉし、今日はお賽銭フンパツしちゃおっかな!」

 ウィンクをパチリと一つ、さらにノッコの肩をトンと軽くどやして、

「さ、お参りお参り!今日はノッコの分のお賽銭はあたしが奢っちゃうから!」

 とりゃ、と一声、仁美の財布から千円札が一枚、賽銭箱に投げ込まれた。

「あたしとノッコ、五百円づつ!女子高校生的にはフンパツしましたから!神様どうか、今度はあたしにも!それから、このノッコをよろしくです!!」

 お賽銭って人に奢れるもの?仁美のペースに目を白黒させるノッコ。相変わらずやることなすこと突拍子もないが、でもノッコにも最近わかってきた。仁美の行動はいつもサービス精神に溢れた明るい善意。

(ごめんなさいセンパイ……)ノッコは胸の中でそっと思う。

(もう少しだけ時間を下さい。わたし、きっと確かめますから……!)


「ホントに大丈夫、早苗?」

「大丈夫よお母さん」

「まぁ何しろ良かった。後であの子たちにもお礼をしておかないとね。まず今夜はゆっくり休みなさい」

「お父さんありがとう。でも……」

 自室のベッドに半身を横たえた早苗と、集う家族。早苗が祖父に顔を向けると。

「いや、俊介の言う通りだ。すまん早苗、ちとわしは焦り過ぎた。体が弱れば心も弱る。弱れば霊や妖に付け入られる隙が出来る。如何に修行のためとは言え、無理は禁物だったのだ。そこを見極めながら教え鍛えてこそ師。今日のことはわしの未熟のせいだ。この歳になってもまだまだ覚えねばならぬことはあるらしい……早苗よ、修行は一生の事、足踏みも時には必要。今夜はよく寝て、明日の朝行も無しでよい。一度様子を見よう」

「おじいちゃん……」

 退魔師修行。世間では胡乱な目で見られるそれも、鴻神家にとっては大切な家業。そして師である祖父はもちろん、両親にも温かい理解と応援がある。早苗は少し目頭を熱くする。

「それにしても!早苗に取り憑こうなどとは、全くけしからん畜生霊め!もしわしがその場におったなら……!」

 まるまる嘘をつくのはかえって間違いの元になる。家族に早苗は今日の事態を、珠雄の名を出さずにただ「通りすがりの猫の動物霊にちょっかいを出された」と説明していた。

「影も形もなく祓い消し飛ばしてやったものを!うぬぬ……」

 どうやら珠雄の懸念は大袈裟ではなかったらしい。ムキになってギリリと歯噛みする祖父の顔に、早苗は心中ほっと安堵の溜息をつく。

(でもまぁ、左波島くんには当分、この辺に立ち寄らないように言っとかないとな……)

 さぁ私たちはこれで、と促す早苗の母に、他の二人も頷いて。彼らは連れ立って部屋を出ていく。はじめに俊介、次に母。最後に巌十郎が一言、戸口で半身に早苗を振り返り、

「今晩はわしが見張っておいてやる。万一のこともあるでな。安心せい。では……」

 と、言い残そうとしたその時!

「おじいちゃん!!」

「むむむ!!これは何としたことか?!」

 二人が外に感じた、巨大な気配。それは余りに大きく強く、そして。

……)

 霊的な力、だが邪悪ではない。否、その厳かさ、爽やかさ、暖かさ。

「まさか神様……?」「違いない!この鴻神の御社の……」

 そこで慌てて口籠る巌十郎。然るべき修行を積み一人前になるまでは、早苗には。

 は言えない。

「だが何故今顕現なされたのだ?」

 祖父の驚きの声にベッドから跳ね起きた早苗は、本殿に向かう窓を大きく開く。二人で顔を出したその先には。

 神前で大袈裟に柏手を打つ仁美と、共に礼拝しているノッコの姿。

「むむむ……」

 そして巌十郎にだけは見えた。ノッコの肩にチョコンと乗ったそれ。

 月光のような霊気で輝く、それはどうやら、一匹のツチノコであった。

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