第17話 ペネロペ元婚約者と再会する
宰相の執務室とやらは政務部が集められた王宮の左翼に位置しており、元婚約者が勤める財務部だってあることをペネロペは事前に把握していた。
クソ野郎様、筆頭、フェレ・アルボランが、婚約を破棄する際にはゴネにゴネまくったという話を父親からも聞いているし、鉱山開発が頓挫したアルボラン伯爵がペネロペとフェレの復縁を望んでいるという話も聞いている。
会う男、会う男、バルデム伯爵の豊富な資金を求めてペネロペに愛を囁いてくるのだが、金目当ての男、筆頭となるフェレの方を振り返りながら、ペネロペはアンドレスの腕に自分の腕を絡めて、愛おしげにアンドレスを見上げながら、
「無事に宰相様との顔合わせが出来て、ホッと致しましたわ」
と、にこりと笑って言い出した。
「私、とっても緊張しておりましたの」
「とてもそうは見えなかったが」
ペネロペの元婚約者であるフェレの存在に気が付いた様子のアンドレスは、指先でペネロペの頬を撫でながら言い出した。
「宰相閣下も、とても君のことを気に入っているようだったよ」
「まあ!とっても嬉しいわ!」
色気たっぷりのアンドレスが、愛おしげに女性の頬を指先で撫でる姿など、滅多に見られるものではない。そもそも、堅物として有名な宰相補佐が、執務室から出て来たところで大爆笑をしているところからして珍事も珍事。
廊下の方には財務部だけでなく、他部署の職員までもが、興味津々と言った様子で二人の様子を眺めている。
「ご挨拶が必要だって突然言われて、私、本当にドキドキしてしまって、まともな会話ができたのかどうかもよくわからない状態ですもの」
侍女頭がボルゴーニャの間諜だったという話を聞いて、急遽呼び出されることになったペネロペは、宰相だけでなくこの国の国王陛下までもが執務室で待ち構えていたのだから、彼女の胸は、それはドキドキしただろう。
淑女らしい、まともな会話が出来ていないのは間違いのない事実で、不躾な質問からの怒涛の展開は、アンドレスが全く想像も出来ないものだった。
急遽、ロザリア姫の専属侍女及び教育係となったペネロペの情報は、まだ、王宮の内部にまでは広がっていない。
二人の仲が良さそうな会話やその内容から、アンドレスが交際中であるペネロペ嬢を、上司であるガスパール・べドゥルナに紹介したものだと周囲の者たちは判断した。二人はまだ婚約を結んでいるようには見えないが、宰相閣下も気に入ったという令嬢であれば、即座に縁は結ばれることになるだろう。
ペネロペは何も嘘を言っていない、何も嘘を言っていないのだが、アンドレスが想像以上にノリノリでペネロペに応えてくれたので、周囲の人々の誤解が伝播していく速度が想像以上に速いことに焦りを感じる。
『ペネロペ様、自分を裏切った婚約者を見返したいのなら、それ以上の男性を見つけなくてはいけませんわ!』
まだ十二歳のバシュタール公爵家の令嬢、カルネッタ様はそう言って、美味しそうにケーキを食べていらっしゃった。
「私の元婚約者は私と婚約を破棄して男爵令嬢の手を取りました。マナーも疎か、実家も貧乏でお金もない。何の後ろ盾にもならない男爵令嬢に私は負けたことにはなりますが、私は隣国の王弟殿下と、とても仲良しになれたのですもの」
カルネッタ様はうっとりとした表情を浮かべて言い出した。
「この前の隣国との交流パーティーで私がエスコートされる姿を見た時のあのクソバカ野郎の顔ったら!一生の思い出として取っておきたいほどの傑作だったと言えるでしょう!」
カルネッタ様と隣国の王弟殿下は婚約を進めようという話にまでは進展していないものの、お二人の仲がとても良いということは周知の事実でもあった。その為、格上の男に乗り換えられた状態の小公子は屈辱を感じたのに違いない。
「ペネロペ、別れた男を見返すためには、その男よりももっと良い男を隣に侍らせ、見せびらかすようにすれば良いのよ。相手のプライドを刺激し、唸り声を上げさせ、悔しさに唇を噛ませるところまで行ったら大成功よ!」
人生の師とも呼べるグロリア先輩の助言の通り、アンドレスの存在はフェレのプライドを激しく突き刺し、唸り声をあげ、悔しさに唇を噛むほどの衝撃を与えているらしい。
ペネロペの名前を呼んだものの、次の言葉が繰り出せず、廊下の端によって唸り声を上げるフェレの有り様は本気で笑える。
そう、アンドレスが本当にペネロペの恋人であるのなら、悔しがるフェレを見て、ペネロペの溜飲は下がっただろう。カルネッタ嬢のように一生の思い出として取っておきたいと思っただろう。
だがしかし、アンドレスはペネロペの恋人でもなければ婚約者でもない、自分を王宮にスカウトした上司のような存在の人間なのだ。
宰相閣下にも交際報告に行ったわけでもなく、
「こんな可愛らしい恋人が出来て、幸せ者だな〜!」
なんてことを言われて来たわけでもないわけだ。
フェレの絶望したような姿を見るのは気分が良い!だけどペネロペは、この王宮で結婚相手を見つけるために、わざわざ学校に休学届まで出して王女の専属侍女として出仕したはず。
「あれ・・もしかして・・ここで宰相補佐様が私の恋人?みたいな噂が広まりに広まったら、私の婚活は遅々として進まないことになるのでは?」
アンドレスのエスコートを受けて廊下を歩き出したペネロペが呟くと、その言葉を聞いて微笑を浮かべたアンドレスが、
「君は三日経てば顔を忘れてしまうほどの、何処にでもあるような顔の男が好みなのだろう?」
と、言い出した。
「そういう地味で目立たない男性は、えてして噂話なんかに惑わされない、噂話に興味など持たないインドア派なのではないだろうか?」
顔が地味だからインドア派というのは決めつけにも程があるものの、確かに、派手な顔でチヤホヤされる人よりは、噂に疎いような気もするわけで・・
「そもそも、仕掛けたのは君だ。私は何も悪くない」
「むぐぐぐぐぐぐ」
「君の元婚約者が居たようだが、そもそも、君の元婚約者と私は何の関係もないわけだ。そこを、君が嫌な思いをしないように私は配慮しただけのことなのだから、文句を言われる筋合いはない」
「むぐぐぐぐ」
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