第6話  宰相補佐

 アリカンテ魔法学校にアンドレス・マルティネスが顔を出したのは、彼の祖父が、昔、魔法学校の理事長の座に就いていたからであって、マルティネス家としても多額の出資をしている関係から学校の運営状況など、定期的に調査する意味で学校を訪問することになるのだが・・


「そうですか、最近、学校内での婚約破棄や解消が増えているのですか・・」

 理事長から相談を受けたアンドレスは、思わずといった様子で、ため息を吐き出したのだった。


 現在の理事長は魔法庁の長官も勤めた経験があるパチェコ理事長で、小太りした中年のおじさんにしか見えない容姿をしているのだが、彼の優秀さはアンドレスもよく知っている。


 そのパチェコを悩ますのが『婚約破棄』ということは、

「アドルフォ王子とグロリア嬢との婚約破棄が尾を引いているということでしょうか?」

 そう尋ねると、

「それはきっかけに過ぎませんね」

 と、項垂れながらパチェコは答えた。


「確かに、昨年の卒業パーティーで、アドルフォ殿下はグロリア嬢に対して会場で婚約破棄を宣言されました。理由は、殿下が懇意にしている子爵令嬢をグロリア嬢が虐めたとか、暴漢に襲わせようとしたなどとして、国母に相応しくないと断言されました。ですが結果としては、アドルフォ殿下自身が廃嫡となり、辺境への追放を命じられることとなりました。そこで生徒たちは、安易な婚約破棄は身を滅ぼすという現実を目の当たりにすることになったのですが」


「ほぼ、同時期に初等部ではクリストバル小公子がカルネッタ公爵令嬢に婚約破棄を突きつけていましたね。あれが尾を引いているということでしょうか?」


「男性側から、冤罪を作り上げた上で婚約を破棄するという事例は出なくなりました」


「であるのなら、どういったことになるのでしょうか?」


 アンドレスが問いかけると、口をもごもごと動かしたパチェコ理事は、自分の太い首筋をハンカチで拭いながら言い出した。


「女性側から、男性側の不貞などを訴える形での婚約の破棄が続いておりまして」

「うー〜ん」


 白金の髪にブルートパーズのような瞳を持つアンドレスは、天才彫刻家が作り出したかのような美しく整った造形をしている。彼は形の良い鼻の下にある薄い唇を指先で触れながら、長いまつ毛を伏せて考え込んだ。


「やはり、アドルフォ殿下の婚約破棄が尾を引いているということはないのですか?長年、側で尽くしてきたグロリア侯爵令嬢をあっさりと捨てて、性質の悪い子爵令嬢に引っかかってしまった殿下のあの姿を見て、卒業パーティーに居合わせた生徒たちは男性に対して夢を見られなくなったとか?」


「先ほども言いましたが、それはきっかけに過ぎないのです」


 パチェコ理事は自分の額の汗を拭いながら言い出した。


「グロリア嬢が起因となっているのもまた、間違いない事実です。院に進んだグロリア嬢は定期的にサロンを開いて、集まった子女たちに男性の嘘の見抜き方、浮気の見分け方みたいなものを教えていたそうなのです」


 何しろ大勢の前で手酷い裏切りを受けたグロリア嬢は、その場であっさりと返り討ちにしたのである。


 婚約者の浮気が原因で我が身の破滅を招くようなことになっては困ると考える子女は多く、たくさんの令嬢がグロリアのサロンに参加するようになったという。


「グロリア嬢から嘘の見分け方を伝授されたとしても、全ての令嬢たちが嘘を見破れるようになったわけではありません。最初は、不穏なサインを見逃さないように、注意喚起を促す程度の内容でしかなかったのですが、ある令嬢の登場で、ガラリと状況が変わることになったのです」


「ある令嬢ですか?」


「そうです、その令嬢はグロリア嬢から手ほどきを受けたと自身でも言ってはいるのですが、嘘を見破る力はグロリア嬢の遥か上を行くとも言われているのです。例えば、その令嬢に結婚を考えている相手、もしくは婚約者を紹介したとしましょう。すると、その令嬢は会話の中で、相手がどれだけ嘘をついているのかを見破るのです」


 アンドレスは形の良い眉を顰め、口をへの字に曲げてしまった。


「それは・・今は失われた精神感応系の魔法を使用しているということになるのでしょうか?」

「いいえ、違うんです。私もそれを疑って随分調べてはみたのですが、彼女は水魔法の素質は持っているのですが、精神感応系の力は無いと判明しています」


 魔法のプロフェッショナルであるパチェコが言うのなら間違いないのだろう。


「彼女は鋭い観察力を以って相手から出される嘘のサインを読み取っていくのです、一切の魔法が関係していないことは分かっているのですが」

「その問題の令嬢によって、嘘が暴かれ、婚約破棄が続いて起きている状況だということですか」


 貴族も多く通う魔法学校にしても、王立学園にしても、幼少時や学園入学時に婚約を結んでいる者は多い。貴族の間でも恋愛結婚をしている者は多くなってきているとは言っても、やはり、家を守ためという理由での『政略結婚』が主流なのは変わらず。


 家の駒としてしか動くことが許されない貴族の子息たちが、学生のうちだけでも遊びたい、息抜きしたいと考えることはいつの時代でも同じこと。同じクラスに通う低位の貴族の令嬢や、平民身分の令嬢たちと、息抜き気分で交際を始めるなどということもまた、よくあることではあるのだ。


 女性側の婚約者に貞淑を求めるのはいつの時代でも一緒、男側は学生のうちだからとある程度のことは許されてしまうのもまたいつものこと。


 ただ、最近では、アドルフォ第一王子や、クリストバル小公子という高位の子息たちが相次いで身分も低い令嬢たちに夢中となり、さらには公の場で婚約を破棄するという蛮行が続いたために、女性側の家では警戒感を露わにするようになっている。


 婚約者が浮気をした。だけど若いうちだから仕方ないとはならないのが昨今の事情であり、浮気、不貞が証明された時点で、今後も同様のことを行う、女性側の家に泥を塗る可能性があるとするのなら、婚約を破棄または解消するのが主流となってきているのだ。


「魔法を使ったわけではない。だけど、相手の嘘が見破れる。面白いじゃないですか」


「面白いじゃないですよ、彼女は三年生なのですが、すでに卒業出来るだけの単位は取得しているのです。さっさと結婚相手を見つけて、花嫁修行という名目でも何でも良いので卒業まで休学扱いにして欲しいくらいです。ですが、何しろ嘘を見破れる令嬢でしょう?誰も彼もが尻込みをして、結婚なんてとてもとても、今では彼女に近付こうという男子生徒もいませんよ」


「その令嬢に婚約者はいないのですか?」

「フェレ・アルボランが彼女の元婚約者だったのですが、浮気がバレて即破談ですよ」

「あのフェレ・アルボランの元婚約者ですか」


 財務部に勤めるエリート、やけに顔立ちが整った男で女性職員たちからの人気も高い男となるのだが、そのエリートがこっぴどく振られたという話は宮廷でも有名な話となっていた。


「面白い、是非ともその令嬢に会ってみたいです」


 顔が良いエリートであれば、ある程度の浮気は目を瞑って結婚にまで持っていくのが普通の女性だと思うのだが、あっさりと捨てた上に、相手に不幸を巻き起こす置き土産をしていくあたりが面白いとは思っていたのだ。


「それでは彼女とお会いになりますか?」

「ええ、お願いします」


 アンドレスはにこりと笑みを浮かべてみせた、嘘を見破れる、面白い!と彼は思ったのだが・・・

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