第5話  後輩カミラの結末は

「ペネロペお姉様、お姉様が言う通りに調べてみましたら、やっぱり全てが嘘でした」


 お茶会から数日後、グロリアのサロンに現れたカミラは、涙ながらに言い出した。


「執事に頼んで護衛の者に再度、取り調べを行って貰ったのですが、あの日、ジョゼップ様に暴漢から助けて貰った時に、護衛の者はマリアから小金を貰って、私が暴漢に襲われているのを静観していたらしいのです」


 侍女のマリアから、自分の従弟がカミラに一目惚れをしたので協力して欲しいと言われたのだと護衛の者は告白したのだが、この護衛はすでに子爵家から放逐処分を受けている。


 ジョゼップ・マルケスは男爵家の三男であり、マリアの生家とは懇意の間柄であったらしい。マルケス家は商売で成功して男爵家を叙爵した家ということになるのだが、そのマルケス家が商売で失敗をして、取引先に大損害を与えることになったのだ。


 その取引先の商会の後ろ盾がカミラの家だったこともあり、カミラを通して便宜を図って貰おうと画策したところ、

「ジョゼップ、貴方ったら結構モテるんだから、お嬢様を転がして結婚まで持ち込んで、お金を吐き出させるだけ吐き出させて利用しちゃいなさいよ」

 と、ジョゼップの自称恋人であるマリアが言い出した。


 ジョゼップがカミラと結婚すれば、娘を溺愛する子爵はジョゼップの生家が抱える借金をなんとかする算段をつけてくれるだろう。


 そうしてジョゼップがカミラと結婚している間は、マリアは愛人としてジョゼップに養って貰いながら、カミラの実家から吐き出させたお金で豪遊しようと画策していたらしい。


 なにしろ長年婚約者だった相手に捨てられたカミラは自尊心を深く傷付けられた状態なので、危ないところを助けてくれた見た目も麗しい騎士見習いに求婚されれば、頷かないわけがないのだ。


 専属の侍女だったマリアが二人の恋の応援と見せかけて、カミラが泥沼にはまり込むように誘導する。恋人のジョゼップが自分の主人でもあるお嬢様とイチャイチャするのは気に食わないけれど、結婚をしてお金を引き出すまでのことなのだ。


「今だけはお嬢様にジョゼップを貸してあげますよ!」


 今だけは、そんなつもりでマリアはいたというのだが、全てが明るみになった為、マリアは子爵家をクビとなって放り出されることになったのだ。


 娘を愛する子爵は二つの家に圧力をかけたため、ジョゼップの生家であるマルケス家はあっけなく没落し、マリアの生家は早々に王都から逃げ出したらしい。


 子爵はもちろん、ジョゼップ・マルケスが通う王立学園に通告をした。それほど、娘を誑かしたジョゼップが許せなかったのだろう。


 結局、ジョゼップは学費の未払いに加えて、学園での彼の素行が明るみとなることによって退学処分を受けることとなったのだ。



「本当に、本当にお姉様が居なければ、私はどうなっていたか分かりません。お父様も是非ともペネロペお姉様にお礼を言いたいと言っておりますの」


「まあ!まあ!まあ!なんということでしょう!」


 泣きながら事の顛末を語った後輩カミラの話を最後まで聞いたグロリアは、思わず感嘆の声を上げたのだった。


「ジョゼップ・マルケスなら私も王立学園で見たことがありますわ!見るからに好青年の騎士という感じでしたけれど、良くぞ見破ったものですわね!」


 キラキラの眼差しで見つめられたペネロペは、思わず大きなため息を吐き出してしまった。


「カミラから声をかけられた私は、王立学園からも近いカフェ・イザドラの個室を予約してお茶をすることにしたのですけど、最初の最初から、カミラの連れて来た侍女とジョゼップ様が意味ありげに視線を絡ませていることには気がついていたのです」


 カフェ・イザドラは、ペネロペの姉が嫁いだ家が経営に関わっている人気のカフェであり、個室を予約するのもコネがないと難しかったりするのだ。


 そのイザドラの個室に招き入れる際、カミラの侍女であるマリアがこっそりと口元に浮かべた、勝ち誇ったような笑みも気に入らなかったし、わざわざ給仕に来てくれたカフェの主人である巨乳のイザドラに向けるジョゼップ・マルケスの目も気に入らなかった。


 ジョゼップが、女性なら誰でも自分に興味を持つだろうと勘違いしているということにもすぐに気が付いたし、結婚を考えるカミラに対する言動が嘘に塗れていることにも気が付いた。


 美味しいケーキを食べながら、ちょっと考えればすぐに分かることだった。


 侍女とジョゼップがグルなら、暴漢に襲われそうになったというのもヤラセで、本来護衛すべき者が護衛をしていないというのなら、それは侍女マリアに懐柔されていたのに他ならない。


 自尊心を傷つけられた子爵令嬢のカミラが狙われたのは、裕福な子爵家の懐(お金)を狙ってのこと。そして、侍女マリアのカミラへ向ける嫉妬心からくるものでもあるのだろう。


「嘘ばかりで取り繕った人って本当に分かりやすいのですもの、グロリア先輩だってそう思うでしょう?」


 何しろ、嘘の見破り方をペネロペに伝授したのはグロリアなのだ。

 年齢よりも幼く見えるペネロペが、透き通るような新緑の瞳をグロリアへと向けると、漆黒の髪に緋色の瞳をしたグロリアは美しい顔に満面の笑みを浮かべながら言い出した。


「いいえ、私には分かりませんでしたよ」


 グロリアはしっかりとペネロペを見つめながら、はっきりとした口調で言い出したのだった。


「私は剣術大会の場でジョゼップ・マルケスと話しましたが、彼は真面目な好青年としか見えませんでした。事前にカミラから話を聞いてはいたのですが、お似合いの二人だろうと思ったほどです」


「ジョゼップ様は大会でそれなりの好成績を収めたとお聞きしておりますし、グロリア先輩の評価が上がるのは仕方がないことではないのでしょうか?」


 ペネロペが小首を傾げながら問いかけると、嬉しそうに紅茶を飲みながらグロリアは言ったのだった。


「誰も彼もが、ジョゼップ・マルケスは真面目で優秀な騎士見習いだと思っていたのです。好青年の仮面を被った彼が、王立学園に通う優秀な平民の女生徒を狙って、脅迫を行い、金銭を貢がせるようなことを繰り返していたなどと思いもしなかったのです。恐らく、カミラのお父様が学園に通告をしなければこの事が明るみになるのはもっと後でのことになったでしょうし、万が一にもカミラがジョゼップ・マルケスと結婚するようなことになれば、恐ろしい未来が待ち受けていたことでしょうね」


 女は一度、嫁いでしまえば、その家の所有物となってしまうのは当たり前のこと。たとえ嫁の爵位が上であったとしても、嫁ぎ先の家の対応によって扱いは酷いものにもなるものなのだ。


「ペネロペお姉様、私に結婚を考える人が現れたら、また同じようにお姉様に紹介しても良いでしょうか?」

 後輩のカミラが上目遣いとなって懇願するように言い出すと、

「本当ね、私も結婚したい人が出来たら、まずはペネロペに相談しなくちゃだわ!」

 と、グロリアまで賛同するように言い出した。


「いやいや!そんな!いやです!これから結婚しようという相手の人物査定なんかしたくないです!お金を取りますよ!」


 ペネロペが慌てながらも冗談めかして言い出すと、

「お金ね!」

 緋色の瞳をキラリと輝かせながら、グロリアが薔薇の花のように豪奢な笑みを、その美しい口元に浮かべたのだった。

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