【第一部】アストゥリアスの花 〜嘘を見抜いて姫を破滅から救います〜

もちづき 裕

第1話  嘘、嘘、嘘


「とりあえず、これだけは言っておくけれど、この人は嘘をついているんじゃないかと疑いを持った時には、話している間に相手の口元を良く見なさい」


 それは、ペネロペが人生の師匠とも呼ぶグロリアからのアドバイスだった。


「予定をキャンセルされることが続いているペネロペは、フェレ様の浮気を疑っているのでしょう?だったら今度、フェレ様に会った時に『この前、貴方が見知らぬ女性と会っているところを見たのだけれど、あれは誰だったのかしら?』と、問いかけてみなさい?」


 グロリアが言うフェレとはペネロペの婚約者のことで、週に一回は行われていたお茶会もキャンセルされることが続き、今では多くて一ヶ月に一回、話も弾まず、三十分もしない間に無理やり終わるようなことが続いているのだった。


「先輩、その質問をしたとして、フェレ様から何処で見たのかと問われたらどう答えればいいんですか?」

「それはね、微笑みながら黙り込むのよ」


 グロリアはまるで薔薇が咲き誇るような、華やかな美しさをたたえた微笑を浮かべて答えたのだった。


「ペネロペ、その時には微笑んだまま黙り込むの。そうして、相手がどんな態度を取るのか心の目を皿のようにして見つめなさい。そうすれば、真実が見えてくることになりますからね」


 

 ペネロペは亜麻色の髪の毛がくるくると自然とカールしてしまう、まだ幼さが残る可愛らしい容姿をしている。今年で十八歳になるというのに、四歳年上となる婚約者のフェレと並ぶと、婚約者というよりは、歳の離れた兄と妹というようにしか見えない。


 アリカンテ魔法学校で最終学年となったペネロペと、すでに王宮で官吏として働き始めて3年となるフェレとでは、それぞれの常識や価値観の違いというものが出てきてしまうのは仕方がないことだろう。


 それでも、十五歳の時に婚約者として決められてからは良い関係を築き続けようと努力をしてきたペネロペとしては、最近のフェレに対して疑心暗鬼のような思いを抱くようになっていたのだった。


「ペネロペ、悪いが仕事が立て込んでいて、少しの時間しか取ることが出来ない」


 婚約者となったペネロペとフェレは、互いの家を行き来するような形でお茶会を定期的に行うことになっている。


 それは、ペネロペの生家であるバルデム家とフェレの生家であるアルボラン家が、共同出資による鉱山開発を進め始めてから行われていることであり、二人の婚約は、両家の仲をより強固にするための政略によるものとなる。


 互いの家を行き来する形で行われるお茶会は、婚約者同士である二人の交流から、互いに裏切りなどないか確認するための一つの作業にもなるのだった。


 王宮に仕えるフェレは財務部に勤めるエリートでもある。忙しいと彼が言えば、ただの学生であるペネロペは、そんな忙しい時に時間を作ってくれたフェレに感謝をしなければならない。


 お茶会ではそんな雰囲気が醸し出されるのはいつものことであり、ペネロペは年下の婚約者らしく、フェレの言う通りに今までしてきたのだが・・・

 紅茶を一口飲んだペネロペは、カップをソーサーの上に置き、にこりと笑顔を浮かべて口を開いた。


「お仕事が忙しいのは十分に理解いたしましたわ。それでは、私はこのお茶会で一つだけ質問をしたいと思っておりましたの。その質問に答えて頂ければ、無駄に時間を潰すことなく、すぐに帰って頂いても構いません」


 この日はペネロペの家でお茶会を開く予定であったので、美しい薔薇が咲き乱れる庭園に設えたパラソルの下で爽やかな風を頬に受けながら、焦茶の髪を後に撫で付けたフェレの端正な顔立ちをペネロペは見つめた。


 幼さがまだ残る、可愛らしいペネロペの新緑の瞳に見つめられたフェレは、

「フェレ様は私のこと、愛しているの?」

 と、可愛らしく問いかけられることになるのかと想像したようだった。


 今まで何度もその問いかけは続き、その度に、フェレは、

「もちろん、ペネロペのことを愛しているよ」

 と、答えてきたのだ。


 二人の結婚は親の都合で決められた政略的なものとはなるけれど、リップサービスさえきちんとしておけば満足するペネロペは、フェレにとっては非常に扱いやすい部類の女になる。


「それで?何の質問があるのかな?」


 フェレが蕩けるような笑みを顔に浮かべながら問いかけると、ペネロペは感情を読み取ることが出来ない、仮面のような笑みを浮かべながら問いかけた。


「この前、貴方が見知らぬ女性と会っているところを見たのだけれど、あれは誰だったのかしら?」


 フェレはその問いかけに一瞬、瞳を大きく見開くと、

「見知らぬ女性と言われても・・・」

 と言って、唇を舐めるようにして一文字に引き結んだ。


 そうして、一拍を置いた後に、

「僕は宮廷に仕えている身だから、仕事の関係で女性と会話をすることも多いのだけれど、その誰かと一緒に居るところを見られたってことかな?」

 と、気にしなければ気付けないほどの早口となって彼は言い出した。

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