第19話  イケメンなんか大嫌い

 アンドレスがガスパールに対して結婚宣言をしていた少し後、ペネロペはロザリア姫と離宮の庭園でお茶をしていたのだった。


 普通、使用人が主人と同じ席に着くようなことはしないのだが、ペネロペは専属侍女兼教育係でもある。今まで大人たちの中で孤独に戦ってきたロザリアに寄り添い続け、何でも話せる存在となるように姫に仕えて居るのだが・・


「えーー!それじゃあ、廊下でこっぴどく『ざまあみろ!』をしたというのに、元婚約者は未だに未練たらたらでペネロペに手紙を送ってくるわけー?」


 まだ十歳のロザリア姫が呆れたような声をあげると、ペネロペは大きなため息を吐き出しながら言い出した。


「領地の鉱山経営が上手くいかないし、丁度良い出資者を見つけることが出来なかったんじゃないんでしょうか?確かに、私と宰相補佐様との噂が王宮内を駆け巡ってはいるようですが、噂はただの噂で、本当に婚約を結ぶ方向で話が進んでいるわけでもありませんからね」


「確かにそうかも知れないけれど」


「フェレ様は、無理やり元婚約者に会う為に王宮に侵入した私を宰相補佐様が捕獲したのだけれど、私の名前に傷が付かないようにするために小芝居を打ったのだろうと考えているみたいで」


 実際にアンドレスが小芝居を打ってくれたのは間違いのない事実。最近では、やっぱり宰相補佐様があんな小娘に目をかける訳がない、復縁希望で王宮に入り込んだ小娘をただ、ただ、助けただけなのだろうという噂の方が大きくなっているような状態なのだ。


「それじゃあ、本当にマルティネス卿と婚約してしまえばいいのに!」

「嫌ですよ」

 ペネロペは即答すると大きなため息を吐き出したのだった。



 大きな嘘から小さな嘘までついていたロザリア姫は問題児扱いをされていたのだが、王位継承についての父王の考えというものを知るに至って、彼女は落ち着きを取り戻すことになったのだった。


 泥んこ遊びをしていたのも過去のことで、今はマナーのレッスンにも一生懸命に励み、熱心に学ぶようになっている。


 女王になるための帝王学は十歳の姫には重すぎる内容だった為、忌避感を育てるきっかけにもなっていたのだが、

「今はただ、姫の学びたいというものを率先して学んで行きましょう!」

 というペネロペの進言により、ロザリア姫は自分が興味を感じたことから手を付けるようになったのだった。


 午後のお茶会では、勉強の進捗具合をペネロペと話し合う場のようになってはいるのだけれど、十歳とは思えない利発さを持つロザリア姫に対して、同世代の令嬢と同じような扱いをペネロペはするようにしていた。


 だからこそ、話題の中に元婚約者であるフェレが出てくるし、自分の婚活が全く上手くいっていないという話にもなるのだが・・


「姫様、今日は姫様にこの世の真理をお教えしたいと思います」


 姫との二人っきりのお茶会で、ペネロペは、真っ直ぐな瞳を向けながら言い出した。


「この世の中、顔の良い奴に碌な奴はおりません」


 思わずぽかーんと口を開けてしまったロザリアは、とりあえず真面目に話を聞いてみようと耳を傾けることにした。


「イケメン、しかも出自も立派、お金もあって王宮に勤めるようなエリート、誰もが結婚したい!と考えるエリート様は、大概、多くの女性に取り囲まれているのです」


 ロザリアはまだ社交デビューをしていないけれど、イケメンが女性にモテるだろうということはなんとなく想像が出来た。


「人と人とは、血を繋げるために努力します。自分の子、そして孫以降も素晴らしい伴侶を得て子供を産み育てられるように。そうして、次の世代、次の世代へと血を繋ぐために相手を選んでいくものなのです」


 アストゥリアス王国でも、王家の血を繋ぐために正妃の他にも側妃を娶っていることから、血を繋ぐ重要性というものをロザリアなりに理解はしているつもりなのだが・・


「人は見かけが百パーセント。素晴らしいお顔の人と子供を作れば、その子供もまた素晴らしい顔になる可能性が高くなるわけです。顔が良い人と結ばれる。それは、次に血を繋げる際に有利に働く素敵な容姿を手に入れることを意味しているため、多くの女性がイケメンに群がる現象がおこるのです」


「それじゃあ、イケメンと結婚したら、子供も孫も、結婚に苦労しないで済むから良いのではないの?」


「そうではないんです、そうではないんです」


 ペネロペは首をブンブンと激しく横に振った。


「女性に取り囲まれることも多いイケメンは、女性を選び放題の状態です。つまり、たとえ交際を失敗したとしても、恋人の機嫌を損ねるようなことをしたとしても、面倒であれば相手を変えて、すぐに次の段階へと進むことが出来るのです」


「まあ、そうなのかしら」


「一人に固執する必要なんてないのです!周りには沢山の女性が居るから選び放題なのですからね!」


「つまりは、たとえ好きだって言ったとしても、ちょっと嫌なことがあっただけで他の令嬢の方へ行ってしまうってことなの?」


「そうです!」


 後ろの方で控えていた侍女のマリーは、自分の主人であるペネロペが極端なことを言い出したぞと思い、主人を止めるために前へと一歩、踏み出そうかと考えた。


「たった一人を大事になどいたしません。周囲には色とりどりの美女が集まっている訳ですからね?これがダメなら次はアレ、アレがダメなら次はソレが出来るんですから!」


「まあ!嫌だわ!そんな殿方は絶対に嫌!」


「ですよね!だからこそ、選ぶならば誰もが見向きもしないような、三日で顔を忘れてしまうような印象の薄い男性の方が良いのです!今まで女性に相手にして貰えなかったような人で誠実な人なら尚良いですね!これが駄目だったら、次はあの女性なんてことが出来ないわけですから、大事に、大事にしてくれるのに違いないと思うのです!」


 王女様相手に何を教えているのかしら、ペネロペ様!やめてください!


 冷や汗をびっしょりとかいたマリーが、遂に自分の主人の口を塞ぐために前へ飛び出そうとしたところ、後ろから大きな影が動いたのだった。


 次の瞬間、主人であるペネロペに何かが覆いかぶさるような状態となり、

「姫様、あまりにも極端で一方的な思い込みによる話を真に受けてはいけませんよ?」

 アンドレスがペネロペの口を両手で塞ぎ、後ろから抱きつくような形となって笑みを浮かべている。

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