第20話 二人の賭け事
「ロザリア殿下、ペネロペの元婚約者は財務部に勤める官吏なのですが、見た目も良くて、背もスラリと高く、性格も温和に見えて、女性からの人気がとても高いような男だったのですよ」
アンドレスはペネロペの口を両手で塞ぎながら、形の良い眉をハの字に曲げて言い出した。
「顔立ちも良く、女性からの人気も高かった元婚約者は確かに不誠実な男だったのでしょう。ですがイケメンだから悪い奴、イケメンだから女にだらしない、イケメンだからこそ、次の女性にすぐ乗り換えるという発言は横暴極まりないですよ」
口を塞がれている間に、アンドレスは王女への進言を更に加えて言い出した。
「顔が良いということで括るのならば、王女殿下もまた、とても美しい容姿をされています。先ほどのペネロペの考えでいくと、王女殿下は顔立ちが美しくて素晴らしい見た目をしているため、男性には困ることがない。不誠実で、すぐに別の男性に目を向けてしまうということになってしまいますよね?」
「まあ!とんでもない話ですわ!」
男性と女性は違うのです!と、訴えようとしても、口を塞がれているので上手くいかない。ペネロペがもごもご言っている間にも、アンドレスは構わずに言葉を続けた。
「世の中には様々な人種、様々な価値観を持った人、多種多様な文化が育まれているのです。肌の色や目の色、髪の色は変わっても、その人自身を見つめる目を養う必要があるのは間違いない事実。ペネロペは、イケメンは信用ならないと主張しているようですが、そういう考え方もあるのだな程度でお心に留めて頂ければ幸いです」
アンドレスが綺麗にまとめ上げたので、侍女のマリーがパチパチと笑顔で拍手をしている。
そうして歴史学の教授が訪れたということになり、ロザリア姫がマリーと一緒に移動するのを見送ることになったペネロペは、
「授業中だったんですよ?なんで邪魔をするのですか!」
笑顔を浮かべて手を振りながら、怒りの声を上げている。
「姫様が将来男で苦労しないための重要な授業だったのに、よくも邪魔をしてくれましたわね」
「君の考えは一方的に過ぎる」
アンドレスもにこやかな笑顔でロザリアに手を振りながら言い出した。
「イケメンだから女にだらしないと君は断言をするが、であるのなら、傾国の美女というほどに顔が美しければ、誰でも絶対に国を滅ぼすことになるのかな?」
「傾国の美女とイケメンは話が違うのではないかしら?」
「顔が良いという点では同じではないか」
「男と女は違うんです」
「それは減らず口というものになるのではないのかな?」
王女の姿が見えなくなるまで手を振ったアンドレスは、ペネロペの新緑の瞳を見下ろしながら言い出した。
「姫が今後、女王となるのか、何処かの家へ輿入れをするのか、その未来は決定付けられてはいないが、高位の貴族または王族の人間と結婚することになるだろう。先ほど君自身も言っていた通り、血の継承を重視する家ほど見目の良い者との結婚を推奨する。美しい子供の方がより優秀な伴侶を娶ることを可能とするから必然的に、王女の相手は見目の整った者となるのではないだろうか?」
ハッと気がついた様子で新緑の瞳を見開いたペネロペは、深々と頭を下げながら言い出した。
「私の発言は、この先、姫様が結婚相手とお顔を合わせた際に悪い作用を及ぼすものでもありました。申し訳ありませんでした」
「理解してくれたなら良い。自分を救いあげてくれた君に対して姫は心を許しているところがあるのだから、言動については今後も注意を払うようにして欲しい」
「わかりました」
下げた頭を戻したペネロペは、真っ直ぐと射抜くようにアンドレスを見つめると、
「ですが、宰相補佐様、多種多様な人間が欲のままに姫様を利用しようと考えているのは間違いのない事実。姫様に気に入られるようにと、あえて、見目麗しい男性を送り込んでくる場合もあるのです」
背筋をピンと伸ばしたペネロペは、
「私としては、顔の良い奴は警戒しておこう位でちょうど良いと思うのですが?」
と、まるで挑発するように言い出したのだった。
「君は本当にイケメンが嫌いなようだな」
「嫌いです」
「イケメンだからといって、全ての人間が女にだらしないわけではないと思うのだが?」
「そんなことはありません」
キッパリと断言をするペネロペを見下ろしたアンドレスは、口元に凄みのある笑みを浮かべながら言い出した。
「自分で言うのもなんだが、私は昔から容姿だけは素晴らしいと言われているのだが、ペネロペ嬢の言う通りであるのなら、私もまた女にだらしなく、これが駄目だったらあれ、あれが駄目だったらこれと、次々と対象を替えるような男となるわけか?」
お前との付き合いはそれほど長くないからよくわからないけれど、イケメン、その存在自体がそもそも信用など出来ない!
無言でありながら、そう訴えているように見えるペネロペを見下ろしながら、
「面白い!」
と、アンドレスは言い出した。
「この私が女にだらしなく、たった一人の女も大事に出来ない男(イケメン)だと断言するのなら、賭けをしようではないか」
「は?」
「ペネロペ嬢、君に対して私は婚約を申し出よう。婚約者となった君は私の近くで私を観察する機会に恵まれるだろう。そうして観察する中で、私が、君が言うところの『イケメンだから碌でもない』のかどうかを判断してもらおうじゃないか」
白金の髪にブルートパーズの瞳を持つアンドレスは、天才彫刻家が作り上げたのではないかと言われるほどに、全てのバランスが取れた美丈夫でもある。
常に『結婚したい男ランキング』の上位に来る男であり、女性に困りやしないのは間違いのない事実。
「もしも私が『碌でもないイケメン』と判断された場合は、私は君に金貨百枚を贈呈した上で、誰もが羨ましいと思うような結婚相手を用意しよう。期限は今から一年だ」
イケメンに碌でもない奴しかしないと言うのは真理である。
いくら本人が自分は大丈夫だと自信を持っていたとしても、すぐにボロを出すのに違いない。目を細め、頭の先からつま先までアンドレスを観察しながらペネロペは考えていた。
「それでは、もし、万が一にも『碌でもないイケメン』と証明出来なかった場合はどうなるのですか?」
「その時には、なんでも一つだけ、君には私の願いを叶えてもらうことにする」
「なんでも一つですか?」
相手の要求は、願い事を一つだけ?
「肉体関係を一度だけとか、多額の金銭とか、そういう要求だったら困るんですけど」
「君は私をなんだと思っているのかな?」
清廉潔白な宰相補佐様がそんな要求をするわけがないか。
「なんでも一つだけ、私が出来ることで一つだけということですか?」
「そうだ」
にっこりと笑うアンドレスの顔を見上げながらペネロペは頭の中をくるくるくるくる回転させた。
イケメンに碌な奴がいない、これはこの世の真理とも言えること。自分自身のことをイケメンと呼んでいる時点で、宰相補佐はかなり痛い奴に違いない。
いつでも嘘が見破れるペネロペとしては、アンドレスの嘘は見破れると確信を持っているし、彼が不誠実なこと(浮気)をしたら、即座に断定できると考えていた。
完全に勝てる試合、しかも1年後には結婚相手を用意してくれるとまで言っているのだ。
「私、結婚相手は誰もが羨む人である必要はないんです。誠実で浮気をしないのならば、それで良いのですけど」
「わかった」
即答してにこりと笑うアンドレスの顔を見上げたペネロペは、覚悟を決めることにしたのだった。
王宮では、ペネロペが婚約破棄を突きつけたフェレに対して未練たらたらで、侍女のお仕着せを着て王宮に現れたのも、ペネロペがフェレに会いたいばかりに無茶をしたという話がまことしやかに流れているのだ。
王宮ですれ違う淑女たちに、
「アンドレス様が貴女のことを本気にして扱うわけがないでしょう?」
「貴女程度がアンドレス様と?冗談にも程があるわよ!」
なんてことを言われ続けているペネロペとしては、アンドレスとの形ばかりの婚約は、彼女たちの鼻を明かすのにもちょうど良い。
「では早速、君の父上に婚約の了承を取りに行こうか」
そう言って差し出される手を取ったペネロペは、蟻地獄に呑み込まれるようにして王室の騒動に巻き込まれていくことを、この時はまだ知らない。
〈第一部 完 〉
*****************
ここまでお読み頂きありがとうございました!
第二部から王国の存亡をかけた暗闘が始まることとなるのですが、ここで一旦完結扱いとさせて頂きます。
ペネロペは嘘を見抜きながらクズ男を蹴落とし続けていくのですが、第二部は別枠で投稿をしています。こちらの方も読んで頂ければ幸いです!
【第一部】アストゥリアスの花 〜嘘を見抜いて姫を破滅から救います〜 もちづき 裕 @MOCHIYU
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