第16話 宰相補佐の笑顔
ロザリア姫が与えられた離宮に勤める侍女頭がボルゴーニャ王国の間諜だった。
彼女の死は不審なものであった為に捜査が続けられていたのだが、ボルゴーニャの間諜だったというのなら、彼女の口を塞ぐために殺したというのは十分に理解できることだ。
宰相のガスパールが直接、ペネロペから話を聞きたいと言い出した時に、
「であるのなら、私もその場に同席したい」
と、ラミレス王が言い出した。
今まで問題ばかり起こしていたロザリア姫が、嘘は一つもつかなくなった。淑女とは思えないヤンチャな遊びに興じているものの、彼女は嘘をつかなくなったのだ。
「是非とも私から直接、礼を言いたいのだよ」
国王としても娘の嘘には悩まされていたのだ。心配をしたラミレス王は多くの教育者を王女に差し向けることをしたのだが、結果は全く上手くいかず、その嘘によって周囲の人間を排除することを王女は選んだのだった。
どうすれば嘘をつかなくなるのかと多くの者が悩み続けていたのだが、長年抱えていた問題をあっさりと解消したのが一人の令嬢で、彼女は、想像も出来ないほどの貴重な情報を、国王相手に一歩も怯まずにばら撒いた。
嘘を見破るペネロペ嬢は、アンドレスが見ている限り、ただの一度も嘘をついていない。国一番の権力者を前にして、堂々たる物言いは不敬そのものとも言えたけれど、彼女は決して嘘を語らない。
彼女の姿は輝かしいまでに眩しく、アンドレスは思わず、
「あははっははっはは」
宰相の執務室から出るなり、大笑いをしてしまった。
上司と国王陛下の呆気に取られてからの、茫然とした顔を見たら、おかしくておかしくて、笑い出しそうになってしまったのだ。
あともうちょっとで、上司や国王陛下の前で笑い出すところだった。危ない、危ない、陛下はペネロペを不敬で訴えるようなことはしなかったとしても、アンドレスに対しては平気で不敬を適用しそうなところがある。
「あははっははっはははは」
「どうしたんですか?」
「あははっ」
キョトンとした顔でこちらを見上げるペネロペを見下ろすと、目尻に溜まった涙を拭いながらアンドレスは言い出した。
「愉快じゃないか、生きていて今が一番愉快だったかもしれない」
「愉快?はあ?」
アンドレスの前でも頓着しないペネロペは、訳が分からないといった様子でアンドレスを見上げる。
「それにしても君は凄いな」
「なんですか?」
「肝が据わり過ぎているのにも程があるよ」
この国の後継者問題は、ハビエル第二王子がラムール人の血を引いているため非嫡出子扱いとなっていたとしても、長年燻り続けている大きな問題となっていた。
南大陸に勢力を拡大しているアブデルカデル帝国の勢いは到底無視できるものではなく、アストゥリアス王国は帝国の敵ではないと示すために、帝国の姫であるジブリールを側妃として娶ったのだ。
人種が違う、信じる神が違うから、という理由でハビエルを非嫡出子としながらも、彼が優秀なのは間違いのない事実。帝国の血を引く王子をどう扱うかで吉と出るか凶と出るか分からない。そんな中で、この王子をどう扱うかはラミレス王次第。
絶対に自分の考えを口にしなかった国王は、アドルフォ王子が廃嫡されて、ロザリア姫が女王として祭り上げられようとしている最中も、宰相相手にさえ、自分の考えを口にすることがなかったのだ。
そのラミレス王の考えを、あっさりと丸裸にしたペネロペ嬢のその後の爆弾発言が凄まじかった。シドニア公爵がハビエル王子だけでなく、ラミレス王の命を狙っているとは思いもしなかったし、その意思に正妃イスベルまでもが賛同しているとは思いもしない。
しかも、ロザリア姫が自分の嘘を使って問題を起こし、王を呼び寄せた上でこちらに情報を流そうと考えていたとは。
「本当に、君が居て良かった」
ペネロペが王女を取り囲む周囲の嘘を見破り、王女の心を守り寄り添わなければ、この情報を手に入れることは出来なかった。
アンドレスの眩しいほどの笑顔に照射されたペネロペは、思わずその場で顔を顰めながら目を瞑ってしまった。
ペネロペはイケメンが嫌いだ、だってイケメンには碌な奴が居ないから。
ペネロペはフェレと婚約を破棄して以降、碌な男に出くわしていない。
家の為にと結婚相手を決められて、自分が本当に好きな相手と結婚することも出来ない。親に決められた好きでもない婚約者と一生を添い遂げる。そんな悲劇的な人生を送ることになるのなら、結婚するまでの間は、自由にさせてくれよと男性側は思っている。
結婚をするまでの間は自由で良いと言うのなら、女性側だって自由に楽しく過ごしたって良いじゃない。
婚活中の女子と王宮で官吏として勤める次男、三男とのいわゆるお見合いパーティーのような場に、ちょっとだけ興味があった友人が顔を出したところ、その婚約者が、
「僕に恥をかかせるのはやめてくれ!」
と言い出した時には、ペネロペの方がブチギレそうになったものだった。
この友人の婚約者、友人の親の前では良い人ぶって婚約者を大事にするような素振りを見せながらも、陰では女遊びを繰り返し、他の女と比べてはペネロペの友人に蔑みの眼差しを送るような男だったのだ。
「ちょっと顔が良いだけで、脳みそが足りないクソ野郎が!絶対に、絶対に許さない!」
という想いに至ったペネロペは、お見合いパーティーで良い感じになった友人と官吏の交際を押し進め、友人の婚約者の浮気状況は逐一、友人の両親にリークした。今のご時世でこんなことをやっているのだ、相手の有責での婚約破棄が即座に決まることになったのだ。
実はペネロペ、自分の婚約破棄以降、婚約クラッシャーの異名をとる程の成長を見せており、結果、理事長に目を付けられることになったのではあるが、
「ペネロペ!」
突然名前を呼ばれたペネロペは、振り返る前に至極ご機嫌状態だったアンドレス・マルティネスの腕を掴んで引き寄せた。
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