第14話 ペネロペ、国王に質問をする
姫様の与えてくれたカード(情報)は山のようにあるけれど、誰が味方で誰が敵かも分からない状態で、次々とカードを切っていくのは危険な行為だとペネロペは考えた。
ロザリア姫の与えられた離宮の侍女頭が交代したのは、アドルフォ王子が廃嫡された後のことになるらしい。ロザリアの身辺を守るためにより優秀な人物を選んだのだとイスベル妃は言っているようだが、実際には公爵をも籠絡している、ボルゴーニャ王国からまわされてきた間諜ということになる。
姫に仕える侍女たちの暴挙を見過ごし続けたという理由で侍女頭は身柄を拘束され、自室で軟禁状態となったのだが、紐を使って首を吊って死んでいるところが発見されることになったのだ。
周りの使用人たちは、侍女たちの暴挙を止められなかった自分の不甲斐なさを侍女頭が悔いているようだったと訴えるが、侍女頭の死体を調べてみた結果、首が奇妙な形で折れていることが判明。他殺も視野に入れて捜査されているような状況だったのだ。
「宰相閣下が直接君から話を聞きたいと言っている」
アンドレスに呼び出されたペネロペが宰相閣下の執務室へと案内されることになったのは、侍女頭がボルゴーニャ王国の間諜であるとアンドレスに訴えた翌日のことになる。
政務部が並ぶ廊下の奥に宰相の執務室があり、緋色の絨毯を踏み締めながら、アンドレスに従って足を進めたペネロペは、そこでアストゥリアス王国の国王であるラミレス二世の姿を認めたため、すぐさま頭を下げたのだった。
「ペネロペ嬢、頭を上げて良い。今は人払いもしているので楽にしてもらって構わない」
覇気に包まれた威厳たっぷりの国王はそう言いながら笑みを浮かべると、魔物の皮で設えた高級ソファにペネロペを座らせた。国王と宰相がペネロペの向かい側のソファに座ると、手際よく紅茶を淹れたアンドレスが、それぞれの前にティーカップを置いていく。
アンドレスはペネロペの隣に座ることなく、その場に控える形でペネロペの後に立っているようだった。
「まずはペネロペ嬢には感謝を言いたい、貴女のお陰でロザリアが随分と救われたという話は聞いている。周りの侍女たちの悪巧みを暴いただけでなく、侍女頭までもが隣国の間諜だと見抜いた慧眼には感服するばかりだよ」
気さくな様子で国王ラミレスが言う言葉を、隣に座る宰相グスパール・ベドゥルナは神経質そうに自分のメガネを指で押し上げながら、黙って聞いているようだった。
「侍女頭様については、ロザリア様からも話を聞いていたのです。どうやらシドニア公爵様と親密な関係にあるようだと、どうも様子がおかしいと」
「ふむ、シドニア公爵か・・」
正妃イスベルの兄であり、三家ある公爵家の中で一番の権力を持っているのがシドニア公爵家ということになるだろう。
「それもまた、貴重な情報であるな」
ロザリア姫と同じ金色の瞳を伏せた国王は、暫くの間、沈思すると、
「ペネロペ嬢には褒美を与えようと考えているのだが、其方は何を望む?」
ペネロペの新緑の瞳を見上げながら王は問いかけた。
「ドレスでも宝石でも、望みのものを用意しましょう」
宰相は口元に微笑を浮かべながら、
「貴女が望むなら婚約者を用意してあげても良いかもしれませんね。うちにもなかなか結婚しないで困っている部下がいますので、年齢的に少し離れているかもしれませんが、何の問題もないでしょう」
と言って、ペネロペの後に立つアンドレスの方へ視線を送る。
王宮に出仕しているとはいえ、まだ学生の身分であるぺネロペに対して、何処まで本気なのかは分からないけれど、宰相は自分の懐刀とも言われるアンドレスを勧めているらしい。
冗談にも程があると思いながらも、ここで褒美が貰えるというのならそれは良いことだとペネロペは考えた。
「それでは褒美として、一つ、陛下に質問する権利を与えてはくれませんでしょうか?」
物怖じせず、ただ一つだけ質問をしたいというペネロペの幼さが残る顔を見て、
『私が娘のロザリアに対してどのように考えているかを質問したいのかな?』
というように、ラミレス王は考えた。
娘のロザリアが父であるラミレスとの対話を求めているという報告は受けている、母親であるイスベルではなく父である自分との交流を求めていることも知っている。
多忙を理由にどうしてもロザリアのことは後回しとなってしまってはいたが、年若いロザリア付きとなった侍女は、親子の交流をもっと持てとでも言いたいのかもしれない。
「いいだろう、其方の望む質問をするが良い。不敬には問わないと約束する」
「ありがとうございます」
ソファに座ったまま礼を述べたペネロペは、
「それでは不躾ながら一つ、陛下に質問させて頂きます。陛下は次に王位を継承させるのは、生粋のアストゥリアス人の血を引くロザリア殿下以外にはないと考えている。『はい』か『いいえ』でお答えください」
本当に不躾な質問を投げかけたのだった。
空気が凍るとはこのことで、人払いを済ませた宰相の執務室は物音一つしない状態が少しの間、続いた。それでも物怖じせずに、まっすぐとした視線をペネロペが向け続けるので、ラミレス王はコホンと咳払いを一つしながら口を開いたのだった。
「答えは『はい』になるだろうな。なにしろ多くの貴族だけでなく、司教たちも、ラムール人の血が入るハビエルを認めない。現状、アドルフォを廃嫡としたのだから、ロザリアには嫌でも女王になってもらうしかあるまい」
「はい、嘘です」
ペネロペの言葉に宰相の執務室の空気が再び凍りつくことになった。意味ありげな視線を宰相は自分の部下に向けてはいたのだが、ペネロペの後に控えるアンドレスはどこ吹く風といった様子で素知らぬ顔をしている。
「『はい』か『いいえ』でお答えくださいと言っている質問に対して、長々と注釈を入れる場合は、その方が言い訳めいたことを言わずにはいられない状況に陥っていることを示唆しています」
ペネロペはにこりと笑って言い出した。
「おそらく、次の王はハビエル殿下を考えていますか?と尋ねたとしたら、陛下は色々と理由を並べながら『いいえ』と言っていたことでしょう。通常、心にもない嘘をつくときには、人は多くの言葉でその嘘を装飾することを選ぶのです」
「では、私が次の王位をハビエルに譲ることを考えると言えば、君はどんな言葉を吐き出すつもりなのかな?」
苛立たしげに王が問いかけると、ペネロペは自分の胃を押さえながら、ホッと息
を吐き出しながら言い出した。
「国王陛下がまともな判断を下される方で安心しました、と言うでしょう。イスベル妃とシドニア公爵は、ハビエル様と陛下を廃した後は、ロザリア様を女王として傀儡にする予定ですし、王配となる予定のアルフォンソ王子は我が国を併合しようと企んでいるのです」
ペネロペはティーカップを手に取り、紅茶を一口飲みながら言い出した。
「アドルフォ殿下が廃嫡となった時、ロザリア様は自身の不安を打ち明けるために、こっそりとお母様が住み暮らす離宮へと向かったのだそうです。誰にも知られずに一人で移動をしている最中に、母と伯父の密談を耳にしてしまったのだというのです」
驚きに目を見開く国王陛下と宰相閣下の惚けた顔を見ながら、やっぱりロザリア様もこの場に連れて来れば良かったかしらと考える。
「このような重大な事実を、姫は自分の父である国王陛下に伝える術を持ちません。周り中は全て敵のような状態で、ひたすら問題行動を起こすことで父王の足を自分の元へ運ばせようと画策されていたのです。結果、私の方が先にこの情報を手にしてしまったわけですが、姫様には何の咎もないこと」
ペネロペはカップをソーサーの上に戻すと、姿勢を正し、二人をまっすぐな視線で見つめながら言い出した。
「姫様は決して王位など望んではおりません。愚かな王女に妃殿下も公爵閣下も安心しているようではありますが、いつ何時、彼らがハビエル殿下や国王陛下に牙を剥くかは分からない状況。敵の手先は王宮の奥深くにまで潜り込んでいるのです、御身大事にお過ごしください」
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