第4話 嘘をつく男
「昔からペネロペ嬢のことをお慕いしておりました」
嘘。
「以前からお話ししたいと思っていたのです」
それは本当。
「魅力的な貴女をいつの時も目で追っていたのですよ」
それは嘘。
「是非とも、結婚を前提にお付き合いを検討頂ければと、我が家は堅実な領地経営をしているのです。あなたを決して不幸にはさせません」
それも嘘ね。
年齢よりも幼く見えるペネロペは、十八歳となって新たに自分の結婚相手を探さなければならない状況に陥った。
出来ればアリカンテ魔法学校を卒業するまでに結婚相手を見つけて、婚約まで持ち込みたいと考えているものの、婚約を破棄されたペネロペに声をかけてくるのは、金目当ての伯爵家や子爵家の次男、三男か、生家が借金まみれで苦労している伯爵家や子爵家の嫡男といったところで、顔を合わせてもペネロペ自身を見ているというよりも、豊富な資金力を持つバルデム伯爵家を見ているように思われるのだった。
フェレとの婚約破棄を通して、黙り込むことで得られる情報の凄さ、尊さを知ったペネロペは、両親がセッティングする見合いや、校内で声をかけてくる男子生徒たちを丹念に観察した結果、ちょっとした嘘なら簡単に見抜けるという才能を開花させることになったのだった。
ペネロペの才能は自分にも使えるし、友人、知人にも適用できるのだ。
「ペネロペお姉様、私、結婚したいなと思える人に出会えましたの」
ペネロペの後輩となるカミラは、最近、学校帰りに文房具を見て回ろうと街歩きをしているところで、暴漢に襲われそうになったのだという。
たまたま付き添いの侍女と護衛の者が側から離れた一瞬の出来事で、薄暗い小道に引き摺り込まれそうになったカミラは、
「お前たち!その女性を離せ!」
たまたま通りかかった男性に助けられることとなったらしい。
カミラを助けたジョゼップ・マルケスは王立学園に通っている騎士科の3年生で、お礼をやり取りするうちに、二人は交際をするようになったという。
「ジョゼップ様に結婚して欲しいと言われたのですけど・・私・・まだ・・自分に自信がなくて・・・」
カミラはグロリアが開くサロンに通う後輩生徒であり、彼女は五歳の時に決められた婚約者と昨年、性格の不一致が理由で婚約解消となっている。
可憐な花のように可愛らしいけれど、自分に自信がなくてオドオドしているカミラは、婚約を解消してからサロンに出入りするようになり、ペネロペを慕ってくれる可愛い後輩ということになるのだが。
カミラの話を聞いたペネロペは、まだ交際を初めて二ヶ月と経っていないうちに、突然結婚と言われても、自己評価が低いカミラが不安に思うのは仕方がないことだと思ったし、リア充爆死しろとも思っていたのだが、
「ペネロペお姉様にジョゼップ様の人となりを見て欲しいと思うのですが・・駄目でしょうか?」
と、言われてしまえば仕方がない。
フェレと婚約破棄をしてからというもの、時間は飛ぶように過ぎていくもののペネロペの結婚相手は一向に現れない。なにしろ、金持ち伯爵家の娘であるペネロペには、金目当ての相手しか現れないのだからどうしようもないのだ。
「可愛い後輩のためだもの、会ってお茶を飲むくらい何の問題もないわよ」
私にも、危ないところで颯爽と現れる王子様みたいな人が現れないかしら・・そんなことを思いながらカミラの恋人とのお茶会を迎えることになったペネロペは、
『何こいつ・・さっきから言っている言葉が嘘ばっかりじゃないの』
と、内心しらけきっていたのだった。
騎士科の三年生だというジョゼップ・マルケスは、確かに王立学園に通っている三年生であり、ペネロペとは同じ歳ということになるらしい。
剣術大会でも四位以内となるほど、腕前はそこそこに良いらしい。男爵家の三男であるジョゼップが子爵家の三女となるカミラに求婚するのは何の問題もないだろう。
「将来的には騎士となった自分がカミラ様を養いますし、妻とするカミラ様を大事にすると、神にかけて誓います」
カミラの先輩であるペネロペを前にして、とにかく、どれだけカミラを大事にするかということをグダグダと述べ続けたかと思いきや、最後には神にかけて誓うとまで言い出した。
その言葉を聞いているカミラは顔を赤くして照れまくっているものの、ペネロペはジョゼップが口にする内容と彼の醸し出す熱量の差に違和感を感じずにはいられない。そもそも、彼の言っている言動は嘘ばかりなのだ。
そこでペネロペは一計を講じることにしたのだが・・
「ジョゼップ・マルケス様と言えば、カミラの専属の侍女であるマリアと懇意の間柄とお聞きしましたけど、お二人は随分と仲が良いように見えますわね?」
カミラの家は商売で成功を収めているため、三女のカミラにも歳の近い専属の侍女が付けられている。
その侍女が先ほどからジョゼップを熱心に見つめていることに気がついて鎌をかけた形となるのだが、ジョゼップは驚いたように瞳を見開くと、
「彼女は私の幼馴染なのですよ、良くご存知ですね」
と言って、ゆっくりと、その口元に笑みを形作っていったのだった。
「話で聞いていたのですよ」
そう言ってペネロペが紅茶に口をつけると、ジョゼップは咄嗟に視線を扉近くに控えているマリアの方へ向け、マリアは微かに首を横に振って見せたのだった。
間違いなく、侍女のマリアとジョゼップ・マルケスはグルに違いない。
そもそも、貴族令嬢は誘拐などに遭いやすいため、街歩きの際には専属の侍女と護衛の者を連れて歩いているのだが、その二人がうっかり目を離した隙に暴漢に襲われそうになり、暗い小道に引き摺り込まれそうになった際に、たまたま、騎士科の生徒が助けに入るなんてことが起こる訳がないのだ。
たまたま正義感が強い騎士見習いが、暴漢に連れて行かれそうになっているカミラを見かけて助けに入るなんてことがあるかもしれないけれど、その後の交流からの求婚への話の流れが違和感を感じるほどにスムーズすぎる。
「まあ!マリアとジョゼップ様は幼馴染でしたの?知りませんでしたわ!」
カミラがはしゃいだ声を上げると、後を振り返りながら、
「ねえ、マリア、何故言ってくれなかったの?幼馴染ならジョゼップ様のことを知っていたということになるじゃない?」
と、問いかけている。
「お嬢様から目を離したのは私の責任でございます、あの時は幸いにもジョゼップがお嬢様を助けてくれましたが、そのことで私の罪が消えるわけがございません。だからこそ、ジョゼップが知り合いだなんてことはお嬢様にも、旦那様にもお知らせするようなことはしなかったのです」
扉の前に控えたマリアはそう言いながら、ソワソワと両手を擦り合わせるようにして、自分の唇をなん度もなん度も舐めている。
「二人は付き合っているのではなくて?」
ペネロペの質問に、二人はなんでそのことを言うのか?という表情を一瞬浮かべて視線をペネロペに向けたのだけれど、二人は素知らぬ顔となりながら、
「ただの幼馴染ですよ!」
「ただの幼馴染でございます」
と、同時に言い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます