第11話 嘘のサイン
「まず一つ目のサインですが、彼女は言葉を発している時に、やたらと自分の唇や首を触る素振りをしていました。人は嘘をついている時に、自分の急所を触れてしまうことが多いのです。例えば首とか、口の周囲をそわそわと触り出したら、嘘をついていると考えて良いでしょう」
「まあ!」
確かに、侍女はやたらと自分の首の周りを触っていた。そのことに気がついたロザリアが驚きの声を上げると、ペネロペは更に言い出した。
「今回のアクションの中で最も分かりやすいのは、侍女が話を打ち切ろうとして顔を両手で覆い、悲嘆に暮れた様子で俯いたところですね。演劇の中ではよく用いられる表現ではありますが、普通はやらない行動です。このような劇場的な行動は、話の主導権を握り、作為的に話の内容を自分の思う方向へ進行していきたいと考える人が行う手段なのです」
ペネロペの話をなんとか理解しようとしているロザリア姫は可愛らしい。
思わず彼女の髪の毛を撫でながら、ペネロペは護衛と侍女の方へ顔を向けた。
「悲嘆に暮れた侍女の肩に護衛の者は触れていましたが、これは確実に変ですね。物が盗まれたと主人が言っているというのに、この護衛の者は、はなから捕まえる気はない様子でした。腕を掴んではいましたが力を込めていませんでしたし、まるで恋人にするような肩の触れ方ですものね。しかも先ほどから、侍女のスカートにチラチラ視線を移動させているようですが、隠しポケットの中の宝石がよっぽど気にかかるのでしょう。おそらく、賭博か何かで借金が嵩んでいて、姫様の宝石を売ったお金で補填でもするつもりだったのかもしれません」
「いい加減なことを言わないでくれますか!」
ペネロペの言葉に護衛の男は怒りの声を上げると、真っ直ぐに二人の方へと足を向けた。
「俺が何を見ているって言うのですか?しかも俺が共犯者だって?だったら証拠を見せてくれよ!今すぐ俺が共犯者だという証拠を見せてみろよ!なあ!」
「・・・!」
ロザリア姫がペネロペのスカートにしがみつくのと、飛び出してきたアンドレスが二人を庇うようにして背に隠したのがほぼ同時のことで、突然現れた宰相補佐の姿を見て、護衛と侍女は顔を真っ青にして固まった。
「姫様、まずは証拠を見せろ!と大騒ぎする人間は、ほぼ、ほぼ、真っ黒です。姫様の宝石が売り払われる前に捕まって良かったですね」
と、ペネロペはロザリアの背中を優しく撫でながら言い出したのだった。
確かに、ロザリア姫は、最初の頃は嘘をついていた。
「あの侍女が私の宝石を取って行ったのよ!」
姫の発言によって侍女は身柄を拘束されて、着ている衣服から部屋の中の私物まで、隅から隅まで調べられた末に、
「姫様が声をあげる前に、共犯者の誰かに渡したのかもしれないな」
ということになり、侍女は罪を被って牢屋へと入れられることになったのだ。
しかしその日のうちに、姫の部屋から盗まれたとされる宝石が発見された。姫の枕の中に隠されていたわけだ。
「姫様は昔から虚言癖のようなものがありましたので、気に入らない侍女を排除するために嘘をつかれたのかもしれませんね」
姫の住む離宮を統括する侍女頭の言葉が官吏へと伝えられ、牢へと入れられた侍女は解放されて、姫の離宮とはまた別の場所へと移されることになったのだ。
盗んでいないのに姫に冤罪を着せられた侍女は、
「だったら本当に盗んでおけば良かったわよ!」
と言って、姫の虚言癖を利用した盗み方を次々考え出しては、冗談まじりに仲間内だけで話していたらしい。
わざとロザリア姫に盗んでいるようなところをチラッと見せる、大騒ぎする姫を宥めながら、宝石は何も盗まれていないと確認させる。気のせいだったのかと思う姫様を横目に見ながら、今度は複数の宝石を隠して、姫に盗まれたと大騒ぎさせる。
侍女たちが総動員となって探した末に、庭園の木の下に埋め込まれていたところを発見する。姫様が宝石を盗んだと主張して、自分で木の下に隠したようだと侍女頭に報告する。
そうして再び、姫が盗んだと大騒ぎをする。その際には、幾つかの宝石を姫様が何処かに隠してしまったようで、どうしても見つけられないのだと主張する。
責任を取る形で何人かの侍女が辞めていく形となったが、彼女たちの懐は宝石を売ったお金で温かくなっているので、辞めたとしても何の問題もなかったのに違いない。しかも、我が儘王女の所為でクビになったということを周りも知っているという事もあって、生家に帰った後も爪弾きのような目に遭うことはなかったわけだ。
そうして、姫のわがままの末にという理由で、最後の一人となった侍女は、自分の隠しポケットに宝石を突っ込んだ。
今では姫様が大騒ぎをしても、誰も本気となって受け取りやしない。また、嘘をついているのだと思い込み、今度は何の宝石を紛失させるのだろうかと戦々恐々となっている。護衛の兵士は侍女の恋人で、宝石を売買して手に入れた金は山分けする予定でいたらしい。
侍女たちの手で盗まれた宝石の数は、小粒のものとはいえ30点にも上るというのだから呆れたものだ。
もちろん、関わった者たちは捕えられ、罰を受けることになるのは間違いない。
周囲を悩ます姫君の嘘を見破ってもらうために、ペネロペを離宮まで連れて来たアンドレスは、
「申し訳ないんだが、しばらくの間、住み込みで姫の面倒をみてもらいたいんだが、どうだろうか?」
と、尋ねると、
「その分のお給金がしっかりと出るのなら何の問題もないですよ」
と、ペネロペは答えて、
「格好良い男の人も紹介して貰わなくちゃね!」
と、ペネロペにぺたりとくっつきながら、ロザリア姫がはしゃいだような声を上げた。
王族の子供たちはそれぞれ離宮を与えられて、そこで生活をするようになるのだが、どうやらロザリアの周囲は悪意ある大人ばかり集められた状態となっていたらしい。
ロザリアは正妃の娘ということになるのだが、正妃は息子のアドルフォ王子ばかりを可愛がり、ロザリア姫を放置し続けていたという。
アドルフォ王子が廃嫡となって以降、妃は母としてロザリアとの触れ合いを希望するようになったけれど、
「嫌よ!嫌!絶対に会わない!」
と、叫んで姫は大暴れをしたという。
「母である私に会いたくないというのなら、一生会わなくても構わなくてよ」
妃としては、ロザリアが生きてさえいればそれで良い、お飾りの女王として健在であればそれで良い。相手がこちらを嫌いだと言うのなら、無理をしてまで会う必要もないという考えに至ることになった。
母に会いたくないと泣き叫ぶ幼い少女は、嘘のサインをたくさん出していたというのに、わがまま王女の出すサインになど誰も彼もが気が付かないまま、ここまで来てしまったということになるのだろう。
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