第12話  ストレス発散方法

 子供はある程度の時期から嘘を吐くようになる。


 自分を守るための嘘だったり、自分の都合の良いようにするための嘘だったり、色々な嘘があるとは思うのだけれど、自分の都合に合わせて周りを傷つけるような悪い嘘ばかりをつくようになったら特に注意が必要となるわけだ。


「ロザリア殿下の今の状態は、完全に周りの大人の責任でございます」


 嘘ばかりつくロザリア姫の嘘を暴くためという理由で、急遽、王宮へ出仕する形となったペネロペは、宰相補佐であるアンドレスの端正な顔を見つめて大きなため息を吐き出した。


「ロザリア殿下は正妃イスベル様からお生まれになり、第一王子であるアドルフォ殿下の妹姫となるお方。正妃様がアドルフォ殿下にしか目をやらなかったとしても、ロザリア殿下に対する扱いは酷すぎるものでした」


 アストゥリアス王国のラミレス王は、シドニア公爵令嬢であるイスベルを正妃として迎え、南大陸で勢力拡大を続けているアブデルカデル帝国の姫であるジブリールを側妃として迎えた。


 二人の妃はそれぞれ王子を産み落としたが、アドルフォ第一王子の二歳年下となるハビエル第二王子は、母親がラムール人ということで非嫡出子の扱いとなって、今現在、王位継承権を持たない状態となっている。


 ヘマをやらかしたアドルフォ第一王子が辺境に追放処分となり、現在、王位継承第一位となるのがロザリア姫ということになる。だというのに、彼女はきちんと守られてもおらず、周囲は不穏な者たちで固められているような状態だったのだ。


「彼女が吐き出した嘘は、大人に助けを求める悲鳴のようなものでした。虚言癖があるから、常に嘘をついているような子だからと、周りは殿下自身に問題があるように考えていたようですが、問題なのは、貴方様も含めた周囲の大人にあります」


 堂々とお前も問題だったんだぞ!と主張されたアンドレスは、目の前のソファに座るペネロペの新緑の瞳を見つめると、

「確かに、私たちはあまりにも浅慮だったのは間違いない」

 と言って頭を下げたので、ペネロペは驚き過ぎで椅子から転げ落ちそうになってしまった。


 マルティネス侯爵家の当主でもある宰相補佐が、今はまだ学生身分の伯爵令嬢でしかないペネロペに頭を下げたのだ。


 思ったよりも事態は深刻な状態であり、思わず自分をここまで連れて来たアンドレスを相手に怒りをぶつけてしまっただけなのに、こうして目の前で深々と頭を下げられると、ペネロペの胃がキリキリと痛くなってくるのは何故なのだろう? 


「姫の住む離宮の使用人たちは一掃することにしたが、ロザリア殿下の様子はどうなっている?」


 自分が吐き出した嘘が原因で、どんどんと悪い方向に進んでいく事態に恐怖を感じていたロザリアは、誰も信用出来ずに苦しんでいたことが判明した。


 現在、姫が身の回りに置くのは自分の窮地を救ってくれたペネロペと、彼女が伯爵家から連れて来た侍女一人だけ。それ以外は側に置こうとせず、護衛の者ですら近づかせようとしない事態に陥っているのだ。


「姫様は私が連れて来た侍女のマリーと仲良くしてくれているのですけれど、毎日、離宮の庭園で泥だらけとなりながら遊んでおりますわ」


「そうなんだよな、それなんだよな・・」


 アンドレスはロザリアが泥だらけになって遊んでいるという報告は受けていた。側には近づかせないと言っても護衛の兵士はついているので、離宮でのロザリアの生活状況は報告書として上がっている。


「何故、一国の姫君が泥だらけとなって遊んでいるのだろうか?」


「姫がしたことがない遊びですからね。私が連れて来たマリーは弟妹が八人もいるベテランなので、外で子供を遊ばせるなら私よりもプロフェッショナルです」

「いやいや、だから、なぜ、姫が泥だらけにならなくてはならないのだ?」


「あのですね、先ほども説明したと思うのですけど、姫様はずっと、敵に囲まれているような状態で孤独に戦っていらっしゃったのです。姫様の心の悲鳴は誰にも届かず、周りからは『嘘つき王女』のレッテルを貼り付けられて、苦しみ続けていたのです」


「それは理解しているが、そこで何で泥んこ遊びが出てくるんだ?」


 泥んこ遊びを推奨しているペネロペを連れて来たのは宰相補佐のアンドレスということもあって、王位継承第一位となった姫様への教育はどうなっているのかと、毎日、毎日、チクチクチクチク、多方面から責められているわけだ。


「宰相補佐様も、自分のお仕事がお嫌いですよね?」

 ペネロペの言う通りアンドレスは自分の仕事が嫌いだが、ひたすら無言を貫き通していると、ペネロペは訳知り顔で言い出した。


「くそーっ!こんなの俺の仕事じゃねえよー!ふざけんな!ばかやろーーっ!と、ストレスが溜まった時に、お酒を飲んだり、女性を買ったりと、男性ならそれなりの方法でストレスを発散したりするじゃないですか?」


「私はストレスが溜まったからと言って、女を買いには行かないが」


「人によって、ストレスの発散方法は色々とあると思います。今まで積み重ねてきた経験値があるわけですから、どうやってストレスを発散したら良いのか分かっていたりしますよね?特に王宮に勤める方々は派閥がどうのと色々あって、ストレスは溜まるばかりだと思います」


 宮廷に勤める者であれば、要らぬしがらみに巻き込まれ、必要のない仕事を押し付けられ、上の言うことは絶対という風潮の元、雁字搦めになりながら死に物狂いで働いている。積み上がったストレスで毛根が抜けていく悲劇を体感しながら、自分なりのストレス発散を試みなければ、潰れてしまうのは目に見えている。


「姫様もまた、皆様と同じ状態だったのです。そして姫様の場合は、皆様と違ってストレスの解消方法がわからない状態でした。そのため、まずは荒療治には見えますが、淑女としては失格ともいえる泥だらけの状態になりまして、大いに笑いながら蓄積されたストレスの発散をしているというわけなのです」


 姫は十歳、泥だらけが許されない年齢だとは思うのだが(そもそも、貴族の令息だって早々泥だらけになることはないのだが)

「泥だらけなのは今だけですよ」

 ペネロペは確信を持った様子で言い出した。


「それよりも宰相補佐様、ロザリア殿下と隣国ボルゴーニャ王国のアルフォンソ第二王子との婚約が押し進められているとお聞きしたのですが、それは本当のことなのでしょうか?」


 突然、ペネロペの口から飛び出した質問は、極一部の人間しか知らない情報であったため、アンドレスは警戒するように瞳を細めながら、幼さがまだ残る可愛らしい彼女の顔を見つめたのだった。

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