第10話  侍女と護衛

 世の中には様々な嘘で満ち溢れているけれど、数多ある嘘の中でも良い嘘と悪い嘘に分類されるものは色々とある。


「衛兵!衛兵!この侍女を捕まえて頂戴!私の宝石を盗んだのよ!衛兵!」


 星屑を溶かし込んだような美しい銀色の髪に金色の瞳をもつ少女が大声を上げていると、部屋へと入ってきた護衛の兵士が、うんざりした様子で泣き濡れる侍女の腕を捕まえた。


「姫様、今度はこの侍女が、姫様の持ち物を盗んだということですか?」

「ええ!私の宝石を盗むのを見たのよ!」


 姫の声に驚いた様子で集まり出した侍従やメイドたちも、部屋の中を覗きこむようなことまではしないものの、呆れた様子でお互いの視線を交わし合っている。


「王族の持ち物を盗むなど許されるべき行為じゃないわ!今すぐ牢屋へ連れて行って頂戴!」

 ヒステリックに叫ぶ王女とは反対に、哀れな様子で泣きながら腕を掴まれた侍女は訴えた。


「わ・・わ・・私は姫様の物など盗んではおりません!盗んでなどいません!」

「では、何故貴女は私の私室に入り込んでいたのかしら!」

「姫様の身の回りのものを整えるのも侍女の役目の一つでございます。仕事上、姫様不在の私室に足を踏み入れることもございます」

「御託を並べるのもいい加減にして頂戴!貴女は私の専属の侍女ではなく泥棒よ!」


 宰相補佐であるアンドレスと共に、ロザリア姫の専属の侍女として挨拶をするために部屋の前まで到着したペネロペは、開け放ったままの扉の端から中の様子を伺っていたのだが、

「こんな状況が日常茶飯事なのだ」

 と言って、アンドレスが大きなため息を吐き出した。


 ロザリア姫は、侍女が暴力を振るった、自分を悪様に罵ったなどと嘘をついては気に入らない者を排除する。最近では、物を盗んだと難癖をつけてすぐに牢屋に入れろと騒ぐのだという話を事前に聞いていたペネロペは、中の様子を眺めながら思わず呆れた声を上げてしまったのだった。


「姫様は明らかに嘘をついていません!」


 侍女服を着たペネロペが突然そんなことを言い出した為、泣き濡れた侍女と、その腕を掴む護衛の兵士が睨みつけるような視線をこちらに向けた。


「そして、そこの侍女は嘘をついていますし、その侍女の腕を掴んでいる護衛の兵士は彼女とグルです!」


 部屋へと入ったペネロペは、ロザリア姫の頭を撫でながら言い出した。

「ここが姫の与えられた離宮だと説明は受けましたが、ここは姫にとって決して安全な場所とは言えないでしょう」


 ペネロペがそう言うと、部屋の外に集まっていた使用人たちがギョッとした様子で覗き込んでくる姿が滑稽に見えた。


「ロザリア姫が私物の盗難にあったと言っても、まともに話を聞きにも来ない侍従のレベルの低さもどうかと思いますが、このような状況で扉を全開にしたまま、中の話が外へ聞こえるように仕向けられている。周りの者ではなく姫様自身に問題があるのだと関わりのない下々の者にまで喧伝し、王宮中に、姫様は大変に問題があるのだと吹聴しようとしているのでしょう」


「ちょっと!気安く頭を撫でないで!あんた誰なのよ!」


 頭を撫でていた手をパンッと弾いて文句を言い出すロザリア姫に対してにっこりと笑うと、ペネロペはその場でカーテシーをして姫に挨拶をした。


「私はペネロペと申します。婚活を手伝って貰う代わりに、姫様の身の回りのお世話とか、お勉強のお手伝いとか、そんなことを任されることとなりました」


「こ・・婚活って?どういうことなの?」

「私の婚約者は浮気三昧の男だったので、結局、婚約を破棄することにしたのですけれど、この年齢になって相手を見つけるのは大変なことなのです」


「まあ!浮気三昧?それ最低ね!」

「そうです、それで、結婚相手を見つけるのなら王宮の方が見つけやすいぞと言われて、姫の元までやって来たのです」


「えええ?私の周りにおすすめの男なんて居ないんだけど?」


 いまだに侍女の腕を手に取ったままの護衛を睨みながらロザリアが訴えると、

「王宮は広いのですから、何処かに一人くらいは良い男が居るかもしれないじゃないですか?」

 と、ペネロペは茶目っけたっぷりとなって言い出した。


「私は姫様の身の回りのお世話と共にお勉強のお手伝いもする予定なのですが、せっかく素晴らしい教材があるので、まず、ここで、とっても大切なことを学びましょう」


 部屋の中にいる侍女と護衛も、部屋の外に集まった使用人たちも、一体何が始まったのかと疑問に思いながらペネロペとロザリア姫の方を見つめている。それでもペネロペは全く臆することなく、捕まった侍女に向かって問いかけたのだった。


「そこのあなた、姫様の宝石を盗んだのはあなたなのですか?」

「私は盗んでおりません!」

「姫様はあなたが宝石を盗んだと言っていますが、では、何故、そのようなことを姫様は言っているのでしょうか?ご説明ください」


 黒髪をシニヨンキャップに詰め込んだ、派手な顔立ちの年若い侍女は、胸の前で腕を組み、涙を流しながら言い出した。


「姫様は今まで、様々な嘘を巧みについて、気に入らない人間をご自分の身の回りから排除していくようなことをされ続けたのです。私は姫様に仕える最後の一人となりましたが、姫様は私さえも取り除こうとされるのです」


 さながら悲劇のヒロインのように訴える侍女に向かって、

「私は何故、姫様はあなたが宝石を盗んだと言い出したのか、その理由を尋ねたのですが、貴女の答えはそれでよろしいのですか?」


 ペネロペが感情のこもらない声で問いかけると、侍女は一瞬、苛立たしげに顔を歪めたものの、それでも気を取り直すようにして自分の顔を俯け両手で自分の顔を覆いながら訴える。


「ですから、姫は私が気に入らなかったのです!気に入らない私を排除するために、宝石を盗んだと言って冤罪にかけようとしているのです!」


 嘆き悲しむ侍女を慮ったような様子で、護衛の兵士は彼女の肩にそっと自分の手を置いた。


 その様子を見ていたペネロペはパチンと一つ手を叩くと、

「はい、今の話の中に嘘のサインがたくさん紛れ込んでいましたね」

 と言って隣に立つロザリア姫の金色の瞳を見下ろした。ロザリアはまだ10歳、身長はペネロペの肩ほどの高さしかない。


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