第8話  ペネロペ、嘘を見破る

 婚約破棄や解消する女子生徒が増えているということは、現在のペネロペのように血眼となって結婚相手を探している女子生徒も増えている。というわけで、すでに王宮で官吏として働いている伯爵家や子爵家、男爵家の次男や三男が飛ぶように売れ出しているらしい。


 婚活女子の間で作られる『結婚したい男ランキング』いつでも上位に食い込んでくる男。宰相補佐の地位に就くアンドレス・マルティネスとパチェコ理事長に出迎えられることとなったペネロペは、

『失われた精神感応系の魔法を私が使っていると疑って、遂には宰相補佐まで連れて来たわけ?マジでウザいんだけど〜!』

 と、心の中で叫び声を上げていた。


「お初にお目に掛かります、バルデム伯爵が娘、ペネロペ・バルデムと申します」


 ペネロペは挨拶をしながら、自分は失われた魔法の遣い手ではないということを証明しなければならないと覚悟を決めた。持っていない魔法についてとやかく追及されることに彼女は辟易としていたのだ。


「理事長様からどういったお話をお聞きになられたのかは知りませんが、私は、精神感応系の魔法を使用しているわけではございません」


 自分のペースに持って行くためには、多少不敬に問われたとしても先手必勝の手段を取るべきだ。


「それを証明するために、マルティネス様に幾つかの質問をさせて頂ければと思うのですが、理事長様、如何でしょうか?」


 如何でしょうかと問われても・・みたいな表情を浮かべたパチェコ理事長は、はなから喧嘩上等状態のペネロペに困惑しながら視線をアンドレスに向けると、アンドレスは整った顔に美麗な笑みを浮かべながら言い出した。


「私が貴方の質問を受ければ良いのですね?どうぞ何でも質問して下さい、不敬になどは問いませんから」


 もしも、不敬に問われたら、グロリアの力で揉み消そうと他力本願だったペネロペは、宰相補佐自らお許しが出たことに笑みを浮かべる。


「では、お尋ねします。マルティネス様、貴方様は宰相であるガスパール・べドゥルナ様がお嫌いですね?」


 思わず瞳を見開いたアンドレスは、まだ幼さが残るペネロペの感情を読ませることのない微笑みを見つめて苦笑を浮かべた。


 伯爵家の令嬢であるペネロペにとって、アンドレスは格上の存在である。しかも、宰相の補佐に就いているアンドレスは次期宰相とも呼ばれているのだ。


「好きか嫌いかでお答えください」

「大好きです」

「はい、嘘」


 ペネロペは不快な表情を浮かべるアンドレスに頓着しない様子で次の質問をする。


「それでは次の質問です、貴方は今の仕事にやりがいを感じている。イエスかノーでお答えください」

「イエス」

「はい、嘘」


 ペネロペのあまりに失礼な態度に焦りの表情を浮かべたパチェコ理事長が止めに入るのを阻止するように、すぐさま、次の質問が繰り出されていく。


「周囲の人間も結婚してしまったため、そろそろ自分の結婚を考えている。イエスかノーかでお答えください」

「子供は最低でも五人は欲しいと考えている、イエスかノーかでお答えください」

「結婚する相手の家は大事にしたいと考えている、イエスかノーかでお答えください」

「結婚後、愛人を家に招き入れたいと考えているか?」


「ペネロペ嬢、確かにあなたの質問に対して不敬には問わないと私は言ったが、プライベートに踏み込んだ質問が多すぎるのではないかね?」


 しばらく質問が続いた後、アンドレスが呆れ返って問いかけると、ペネロペは新緑の瞳を細めて花開くような笑みを浮かべた。


「事前に貴方様との面談があると知っていれば、質問内容も別のものを用意出来たと思いますが、突然の面談だったんですもの。仕方がないことだと諦めて頂くしかないかと思います。それで、如何でしたか?私、貴方の嘘を見破れたと思うのですけど?」


 確かに、イエスかノーの単純な答えに対して、アンドレスは時々、嘘を交えながら答えを言っていたのだが、確かに彼女はアンドレスの嘘を見抜いていた。


 通常、宰相補佐であるアンドレスは上司である宰相を慕っているものと考えるだろうが、

「はい、嘘」

 と、彼女は確信を持った様子で断言した。ちなみに、アンドレスは自分の上司が大嫌いなのだ。


「理事長様には何度も言いましたが、人は嘘をつく時にサインを出すのです。用意周到な方はそのサインがより小さなものとはなりますが、気を付けて見ていればすぐに分かるものでもあるのです」


「イエスかノーで答えるような質問をするのは、理由あってのことなのか?」

「もちろん、理由はあります」


 ペネロペはにこりと笑ってアンドレスに答えた。


「オープンクエッション、つまりは、あなたはその時どう思うか?どう考えるか?どうだったのか?という漠然とした質問になると、人は自分の都合が良いように嘘を織り交ぜながら話を作り出していくものなのです。初対面で、しかも相手に対してこちらが詳しい情報を手に入れていない状態で嘘を見抜こうとするのなら、クローズクエッション、イエスかノーかで答えられる質問を出した方がわかりやすいんです」


「だとするのなら質問のほとんどの内容が、結婚についてや妻に対する私の考えを意味するような内容だったのだが、君が今まで、婚約者と顔を合わせる令嬢たちと席を共にした際に、同じような質問をしていたからということになるのかな?」


「初対面の男性に、嫁の実家の扱いをどうする、子供は何人欲しいのかなんて不躾な質問など致しません」

「私にはしていたようだが?」

「それは、何でも質問をして良いと言質を取ったからに他ありません」


 ペネロペはこほんと咳払いをしてから言い出した。


「宰相補佐様は『結婚したい男ランキング』で常に上位に来るような方ですから、そんな方の結婚に対する考えというものは、値千金の価値があると私は考えております」

「その値千金の情報を君はまんまと引き出したという訳か?」

「そうです」


 二人のやりとりを黙って聞いていたパチェコ理事長の顔は真っ青を通り越して白くなっている。不敬には問わないとは言われたけれど、不敬にも程があるペネロペのあまりの態度に、失神寸前になっていると言っても良い。


「魔法なんて大層なものを使用しなくても、人の嘘はわかります。人は無意識のうちに嘘をつく行為に対して罪悪感のようなものを感じたり、嘘をつく自分自身に対して、強烈な違和感を深層心理の中で感じていたりするのです。そうして、無意識のうちに出るサインを読み取れば、大概の嘘は見破れるものなのです」


 財務部に勤めるペネロペの元婚約者となるフェレ・アルボランは、王宮の中でもかなりの有名人と言えるだろう。容姿良し、頭脳良し、性格良しのエリートで、実家は最近、鉱山経営で苦労しているとは聞いているものの、内情は決して悪くない。


 確かに女関係は派手な部分はあったかもしれないが、貴族の男性とはそんなものだ。夜会で美麗なエリートの夫を見せびらかす未来を考えるのなら少々のことには目を瞑って結婚の道を選ぶことだろう。


 そう、通常なら目を瞑って選ぶ道をあっさりと捨てて、胸を張って前を見る。彼女が言うところの『結婚したい男ランキング』の上位に来るアンドレスを目の前にしても、一切の媚びを売らない潔さを前にして、

「面白い!」

 アンドレスは思わず声をあげていたのだった。

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