第16話 九大万鈞

 叫びに応え、僕の周囲に9つの魔導具が現れる。


 僕を中心にくるくると回転する魔導具たち。杖、鏡、マント、腕輪、片眼鏡、半透明の板、指輪、盾、そして柄だけの剣。全部で9つ、僕がこの世界に来て錬金王のスキルと前世の知識を組み合わせて作り上げた、最高傑作の魔導具群――それが九大万鈞ベゾンダーハイト・ノイン


「なっ! なんじゃんっ?!」

「ご、ご主人様……っ!」

「そ、ソリティアンくん……逃げるの……」


 驚くマスティマと、リリム。そしてシャリテはおそらく朦朧としているだろう意識のなかで、僕を気遣い逃げるように言ってくれる。


 でも、逃げるのはもう嫌だ。

 学園での勉強から、貴族の責務から逃げるくらいは構わないさ。友達作りだって無理する必要なんかない。


 でも――


 でも、好きな女の子が傷つき倒れるのを見て見ぬふりするのは、男として、人として最低だろ!!

 しっかりしろ、ソリティアン!!


「メザワリよおオ、アンタあァーーーーッッ!!」


 異変を感じたのか、僕に向かいアーリマンの触腕がいくつも振るわれる。


 ――身がすくむ。


 でも大丈夫だ。


「これだっ! ディラックの衣!!」


 くるくると回転する魔導具たちの中から、掴み取ったのは深い滅紫めっし色のマント。

 星の光を纏った夜空のような色を湛えるそのマントを、体全体を覆うように身に着ける。すると、僕の周囲は深滅紫色の光に包まれた。


「シンじゃえェェーーーーッ!!」


 岩も砕く勢いで放たれた、いくつもの触腕。それらが僕の周囲の深滅紫色の光に触れたとたん、ぴたりと動きを止めた。


「なっ、なんじゃん?! アーリマンの動きが止まったじゃんっ?!」

「え……なんなの……? これ……?」

「ナんナノっ?! コれッ?! き、ギモちワルいィィーーッ?!」


 飛び回るマスティマと、触腕につかまったままのシャリテの驚く声。

 だけど、動きを止められたアーリマンの驚愕はそれ以上だった。


「ふふっ、そうだろうね」


 アーリマンは、今も触腕を振り下ろし続けていると認識しているはずだ。今も攻撃中で、攻撃を防がれた、とは認識していない。それが視覚情報としては攻撃が止められ、静止していると訴えている。

 だから戸惑い、混乱する。

 気味の悪さを覚えるだろう。


 それがこの魔導具『ディラックの衣』による超重力の結界。


 ディラックの衣は超重力を局所的に発生させる魔導具だ。ルーンによる増幅により無限大に近づくほどの超重力を発生させると、超重力は空間の歪みを発生させる。そして空間の歪みは光をも逃さぬ空間へと変貌し時間の進みさえも低下させ、あらゆる物を超重力の穴にさせる疑似ブラックホールを発生させる。疑似ブラックホールの中では今もアーリマンの攻撃は振るわれ、僕に近づいていることだろう。しかしそれは疑似ブラックホールの中に落下しているにすぎず、光さえ歪める疑似ブラックホールは今も進み続ける触腕の視覚情報を外に届けることは無い。

 だから今も攻撃が振るわれ続けているにもかかわらず、外部には攻撃が止まっている様に

 そして、攻撃が僕に届くことも永遠にない。


 これが、ディラックの衣の能力。


 天才物理学者アルバート・アインシュタインが一般相対性理論で予言した、超重力の檻。

 それが絶対防御の結界となり、僕を護っていた。


「オノレおのれオノレおのれェーーッ!! こいツラがドウなってモいいノォっ?!」

「きゃあああああっ?!」

「くうぅぅぅっ?!」


 激昂したアーリマンが、シャリテとリリムを締め上げる。


「ああっ?! シャリテ?! おい、ソリティアン、シャリテを助けるじゃんっ!!」


 マスティマが叫んでくるけど――言われるまでもない!!


 ディラックの衣をばさりと翻すと、それにつられて深滅紫色の結界も翻る。

 その急激な動きに耐えられず、ぶちぶちと引きちぎれる何本もの触腕。アーリマンが痛みに悲鳴を上げた。

 

 そして僕はいまだくるくると回り続けていた九大万鈞から、柄のない剣を握りしめる。


「ダモクレスのつるぎっ!!」


 手にしたのは、黄金色の柄だけの剣。


 柄を握りしめマナを込めると宙から光の粒子が集まり収束し、柄だけの剣に輝く刀身が現れる。白銀に輝く鏡のように美しい刀身。

 そして刀身がきらりと光ったかと思うと、一瞬でその刀身が青い炎に包まれる。一万度以上の温度を表す青い炎に包まれた白銀の刀身、それがこの魔導具『ダモクレスの剣』の真の姿だ。


「なあっ?! 柄だけだった剣に刃が出てきたじゃんっ?! しかも燃えてるじゃんっ!!」

「あ、青い炎……? きれいなの……」

「ナンなのヨ、そレハ!! アタシのジャまヲしないデヨおォォッ!! オトウさまノきたいニこたエルのおォォッ!!!」


 アーリマンのちぎれた触腕がぶくぶくと泡立ち、そこから新しい触腕が生えてくる。

 そしてその触腕が僕の方へ迫る。


 水平に構えたダモクレスの剣が、ちゃき、と音を立てる。


 僕は剣の鍛錬なんてしたことはない。

 運動神経だっていい方じゃないし、剣士としての才能は無いと思う。


 だけど――


 ぶうん、とダモクレスの剣を振ると、広がった青い炎が迫りくる触腕を焼き尽くした。

 手の中の魔導具から溢れ出る青い炎に触れた触腕は、あっけなく炭化しボロボロと崩れていく。そう、この魔導具ダモクレスの剣の前では技は必要ない。ただ、振るう。それだけで触れるものすべてを焼き尽くす。


「ナンなの、ナんなノ、なンなノよ、ソれハあァァッ!!!」


 動揺したアーリマンが目を血走らせて叫ぶ。


「シャリテとリリムを離してもらうよ」


 手の中の青く燃える剣を振り上げる。


「あタしハ、アたシは、くりゅえってサマにミトめてモラって、キゾクしゃかいノなかマいりヲするノオオぉぉッッ!!」


 手の中の人質を離すまいとするアーリマン。触腕が集まり、重なり、何重もの肉の塊でシャリテ達を取り囲む。


 だけどね――


 ダモクレスの剣の刀身は、希少元素『オガネソン』で構築されている。

 前世の世界でたった5件しかその存在を確認されていない、超希少元素オガネソン。自然界に存在しない人工の元素であり、精製しても一瞬しかこの世界に存在できない幻の金属でもある。その質量数は294であり質量数56の鉄の5倍以上の質量をもち、また硬度9.3とダイヤモンドに次ぐ硬度を持つ。しかもその存在はルーンで補強されていて、硬度は高いが脆いダイヤモンドと比べても高い質量とあいまって理想的な刃となる。


 そしてそのオガネソンの刀身を取り囲むのは、約4万度にも達する超高温度のプラズマ。

 ルーンによって保護されたオガネソンの刃とそれを覆うプラズマによる超高温の青い炎は、あらゆる物体をバターの様に斬り裂く神話級の威力を発揮する。


 ダモクレスの剣が振るわれると、たいした手応えも無くアーリマンの上半身と下半身が別れを告げた。

 ぐらりと傾くアーリマンの巨体と、振るわれた剣の衝撃で焼き尽くされ炭化していく幾本もの触腕。


「ギャああアアアあああッッッ!!!」

「きゃっ?!」

「助かりました、ご主人様!」


 これまでで最大級の悲鳴を上げるアーリマンと、触腕から解放され地に降りるシャリテとリリム。


「シャリテ、今じゃんっ!! アーリマンを浄化するじゃんっ!!」

「うんっ、分かってるのっ!」


 シャリテは解放されたとたん身を翻し、地面に突き刺さったままの聖剣アフラ・マズダの元へ駆ける。

 そしてアフラ・マズダの柄を掴み漆黒の刀身を引き抜くと、アーリマンと向かい合う。


「この世の穢れを殲滅する! デストルクティオ・エイド・アヴェスター!」


 光が、満ちた。

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