第12話 発露

「そうよそうよ!! 落ちこぼれの癖に!!」

「あうっ?!」


 もう一人の女生徒がシャリテの肩をどんと突き飛ばし、シャリテが後ろに数歩よろめく。


「ちょ、ちょっと! 何するんだっ?!」


 慌ててシャリテと女生徒たちの間に立ちふさがる。

 言葉だけならまだしも、手を出すのは明らかにやりすぎだ。暴力は良くないし、シャリテは仮にも伯爵令嬢だ。こんなことが許されるのか?


 ちらと周囲に視線を走らせるが――


「えっ?」


 少し遅くなったから人通りはあまり多くはないけど、暗くなるにはまだ早い。それなりの人数の生徒が通り過ぎていくが、彼らはこちらに全く気付かず通り過ぎていく。

 関わりたくないから無視する、見て見ぬふりをする、といった感じじゃない。まるで、こちらを一瞥もせず自然体で通り過ぎていく生徒たち。


「な、なんだこれ……?」


 試しに手を振ったり呼び掛けたりしてみても、彼らは一切反応を示さない。

 シャリテに視線を送るけど、彼女もふるふると首を振る。この学園での生活が僕より長いシャリテでも分からない? 彼らの視界に僕たちは映っていない、存在していないものとして扱われている。神聖法術でもルーン魔術でも説明のつかない異常事態、これはもしかして……。


「まさか……スキル?」


 思わず漏れた僕の声に、女生徒たちがふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「そうよ、後ろのオネットのスキル『認識阻害カシェ・ソン・クゥール』。スキルの範囲の人を周りから認識させなくするスキルよ。大商人の娘とはいえ平民の彼女が、クリュエッテ様に目をかけてもらっているのは、このスキルのおかげなのよ」


 認識阻害……そうか、それで僕たちやオネットたちは周りの人からは認識できなくなっているのか。


 オネットの方を見ると、彼女は申し訳なさそうについ、と少しだけ視線をそらした。


「だからねぇ? いまこの場所で私たちがアンタたちに何しようが、誰にも分からないってわけよ!」

「そうよ! なんにも出来ない落ちこぼれのアンタが、どんなに泣き叫ぼうが誰も助けに来てくれないってことよ!!」

「あっははははは! 怖い? でもダーメ、許してなんかあげないわよ!!」


 勝ち誇ったような笑い声を上げる4人の女生徒。


 だが、これは見過ごせないのだろう。リリムが音もなく僕の前に歩み出た。


「お下がりください。ご主人様の身に危害が及ぶ可能性があると判断しました」

「あ、ありがとう。でも、シャリテが……」


 僕の前で女生徒たちを警戒するリリムの背中に、お礼の言葉をかける。

 だけど、シャリテは……?


 見ると、シャリテは3人の女子生徒に取り囲まれていた。1人の女性生徒が僕とシャリテの間で僕を牽制し、オネットはすこし離れておろおろと僕たちを見回すだけ。


 そしてシャリテの前の女生徒が手を振り上げた。


「落ちこぼれの癖に、その綺麗な顔も気に入らなかったのよ!!」

「シャリテ!!」


 思わず声を上げた。


 でも


「……遅いのね、そんな腰の引けた動きで当たるわけないのね」

「えっ?!」


 シャリテがゆったりと、しかし迷いのない動きで体をずらすと、女生徒が振り下ろした手は空を切った。

 悲鳴を上げて、たたらを踏む女生徒。


「ちょっと、何やってんのよ!」

「そんな落ちこぼれ、早く思い知らせてやりなさいよ!」

「もういいわ、私にやらせなさい!!」


 他の3人の女生徒も前に出て、拳を振り下ろす。

 しかしシャリテは耐えるような暗い表情のまま、ひらりと身を躍らせる。


「きゃあっ?!」

「なんでよ! なんで当たらないのよ!!」

「ちょっとアンタ、避けないでよ!!」

「生意気よあなた、落ちこぼれのくせに!!」


 しかし、そのシャリテの動きは女生徒たちの怒りに火をつける。

 さらに激しい剣幕で拳を振り回し、令嬢らしからぬお転婆さで足を振り上げたりするが、当たらない。考えてみれば、シャリテはひとりであの恐ろしいアーリマンという怪物と互角以上の戦いを繰り広げていたほどの運動能力を持っている。戦闘訓練どころか運動もろくにしたことの無いであろう貴族のご令嬢が、いくら手足を振り回そうがシャリテに触れられる道理はない。


 よかった、とほっと息を吐く。


 シャリテが殴られなくて良かった。そう安心したが、安心してばかりもいられない。


「やめてくれ! 僕たちが気に入らないのは理解できるけど、こんなの貴族令嬢らしくないやり方だ!」


 声を上げて訴える。


 ぐるりと辺りを見回してみる。僕は少し離れて見ている形で、リリムが僕を守るように立ちふさがっている。オネットも同じく少し離れて成り行きを見守っているところだ。そして現状の中心はシャリテで、その彼女を4人の令嬢が狂乱ぎみに手を振り回して追いかけている。


 たしかに貴族はみな陰湿で、陰口や足の引っ張り合いなんかが大好きだ。なんなら自分の息のかかった組織や人物を使って、物理的な手段に訴える事だって躊躇わない者も多い。

 しかし貴族令嬢が集まって自ら実力行使をするなんて、あまりにも貴族らしからぬやり方だ。


「……あなた達じゃ、シャリテを傷つけられないのね。だからもうやめない?」


 シャリテも、若干うんざりとした表情で言う。

 しかし、その言葉は女生徒たちの怒りに火をつけた。


「うるさいわね! 落ちこぼれのくせに、上から目線で何様のつもりよ!!」

「そうよ、落ちこぼれ!! あんたがおかしな事をするから、学園の空気がおかしくなってんのよ!!」

「そうよそうよ!! あんた、生意気なのよ!! あんたがおかしな事をするたびに、クリュエッテ様の機嫌が悪くなるのよ!!」

「クリュエッテ様の言いつけを守らないと、私たちも不興を買ってしまうわ! ヴェルス侯爵家に睨まれたら、私たちはおしまいよ!!」


 半狂乱になり、手足を振り回す女生徒たち。


 その形相に、ぞっとして数歩後ずさる。彼女たちはシャリテを害しようとしてはいたが、その目はシャリテを見てはいないかのようだった。彼女たちは今にも噴火せんばかりの憤怒と憎悪に支配されていたが、同時に自分たちに将来降りかかるかもしれない不運にひどく怯えていた。


「ちょ、ちょっと……やりすぎじゃない? それ以上やると、学園だって伯爵家だって黙っていないと思うのだわ……」


 オネットもおろおろと制止しようとするが、彼女たちの感情の暴走は止まらない。

 おそらくもうシャリテも目に入っていない。やたらめったら狂ったように手足を振り回し、僕やシャリテを憎む叫び声をあげた。その彼女達から黒いオーラがゆらり、と立ち昇るのが見た。


 あれは?!


「だいたい、どうしてアンタなんかが伯爵令嬢なのよ! 落ちこぼれのアンタなんかより私の方がふさわしいのに!!」

「早く殴られて惨めに這いつくばりなさいよ! アンタを痛めつけてやらないと、わたしがクリュエッテ様に叩かれるのよ!!」

「嫌よ嫌よ、痛いのはイヤよ!! だからあんたは私に殴られなさいよ!!!」

「ああもう嫌だ、なにもかも憎い!! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!」


 どんどん正気を失っていく女生徒たちの声に呼応して、彼女たちはどんどん黒いオーラに包まれていく。すると、シャリテの桃色の髪から妖精マスティマが飛び出した。


「悪意のエネルギーを感じるじゃん! 来るじゃん、アーリマン来るじゃんっ!!」

「えっ?! あの、アーリマンが? いま、ここでっ?!」


 興奮し飛び回るマスティマの声を聴き、思わず叫びをあげてしまう。

 あの得体のしれない怪物、アーリマンが今ここで現れるってのか?! すこし遅い時間だからちらほらとだけど、帰宅途中の生徒だっている。そんな中であの怪物が暴れまわる?


 しかも怪物に変貌するのは、言動に多分に問題はあるとはいえ若い女生徒だ。

 僕はこの世界に転生して14年しかたっていないけど、前世では30代のおっさんだった。若いころの虐めや差別なんてものは、良くない事だけど僕の前世でもあったし、まぁそういう事もあるよねと思っている。


 だから、いくら若気の至りで悪い事をしたとはいえ、怪物に変貌してしまうというのは……。

 そう、かわいそうだ。


 だけど――


「あはっ!」


 目の前のシャリテは、桃色の髪の愛らしい少女は、花の咲く様な笑顔を浮かべた。

 今までの何かを我慢するような、耐える様な彼女じゃない。僕が最初に彼女に出会った時のような、まるで自分の居場所を見つけたかのような笑顔。


「なら、殲滅しないといけないの!!」

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