第13話 戦闘開始

「憎い憎い憎い、にくいニクイにくいニクイ!!」

「あんたも、あの高慢ちきなクリュエッテも、なにもかもニクイ!!」

「ああああヴヴヴアアアアアッッ!!!」


 吠えるような叫びをあげる4人の女生徒。

 すると彼女達から立ち昇っていた黒いオーラは爆発的に膨れ上がり、収束し密度を増していく。そして密度の増加とともにそれは質量を感じさせるように変化し、この世に実体を獲得した。


 まるで豚のような丸々と肥え太った胴体と、そこから無数に伸びる蛇のような触腕。そして豚の胴体の上にはちょこんと女生徒の頭が乗っていた。実体を獲得したあとは加速度的にその体積を増加させ、僕より少し低いくらいだった彼女たちの顔の位置は、いまや見上げんばかりの高さにあった。


「にくいニクイにくいニクイ、しねシネしねシネぇッッ!!!」

「ひゃあああっっ! なっ?! なんなのなんなのっ?!」


 突然目の前に現れた4体の怪物に、オネットが悲鳴を上げ尻もちをつく。まぁ、仕方ない。どの魔物なんかとも違う、まさに異形の怪物。そんな物がいきなり目の前に現れれば、ああなるのは当たり前だ。


 しかし、悲鳴を上げたのはオネットだけ。

 寮に帰る途中の他の生徒たちは、なんの反応も示さない。オネットのスキル『認識阻害カシェ・ソン・クゥール』が生きているのだろう。突然現れた怪物なんて、まるで目に入っていないかのように通り過ぎていく。


「シンじゃえシンじゃえシンじゃえシンじゃえシンじゃえ、みんなミンナしんジャエぇーーーッ!!!」


 触腕を振り回し、吼える怪物――アーリマン。

 ……オネットのスキルは認識阻害だ。周りの他の生徒たちは見えていないだけで、攻撃を受ければ普通に傷を負うだろう。これは、あまり良くない流れなのでは……?


 考える僕の前で、シャリテが数歩進み出る。


 きらきらと輝くような笑みを浮かべて。


「やっちゃうじゃん! シャリテ!」


 シャリテの周りを飛び回りながら、腕を振り上げるマスティマ。

 シャリテはそんなマスティマに軽く頷くと、すうっと右腕を空に掲げた。


「応えよ世界! わたしの、わたしだけの剣を我が手に!」


 シャリテが高らかに唱えると、その身体はまばゆい光に包まれる。

 光に包まれたシャリテがうしろに大きくのけぞると、彼女の控え目な胸の間から漆黒の剣の柄が。シャリテがその柄を掴み思いっきりぐいと引き抜くとシャリテの中から現れるのは、複雑な曲線を描く刀身とごつごつとした装飾が特徴的な漆黒の抜き身の大剣。


「聖剣、アフラ・マズダなの!!」


 シャリテが自身の身長ほどもある漆黒の大剣、聖剣アフラ・マズダを右手で軽々と振りぬくと、同時に彼女の背中にばさりと純白の羽が現れる。しかし、それは彼女の左半身のみから生えた片翼の翼。


「シャリテ……」


 その神々しい、でもどこか歪な姿に思わず見とれてしまう。

 きらきらと輝くその姿は、引き籠りだった僕が憧れ、ふたたび会いたいと思った姿そのものだから。


 1体のアーリマンがシャリテに向かって触腕を振り下ろす。


「メザワリなオチコボレ!! しねシネしねシネしねシネえッッ!!!」

「遅いのっ!」


 シャリテが左足を軸に、くるりと身を翻す。

 叩きつけられた触腕を紙一重で、しかし余裕をもって交わしたシャリテがそのままの勢いで腕の中の大剣を振り上げる。


「ぐギャあアアアっッ?!」


 ざしゅっと音を立てアーリマンの触腕が切り落とされる。


「イタイいたいイタイいたいイタイ!! よくもヨクモよくも!!!」

「オチコボレがナマいきナノよオっっ!! シンじゃエぇぇッッ!!」


 腕が切り落とされたことで激昂するアーリマン。そして他の3体のアーリマンも仲間が攻撃されたことで怒りを露わにし、腕から幾本も伸びる触腕をシャリテに叩きつけんとする。

 シャリテに迫る、十何本もの触腕。


「くうっ……! 『アルジス』――光壁ヴァント!」


 シャリテが鹿の角を表すYのようなルーン『アルジス』を描くと、彼女の眼前に光の壁が現れる。


「ソンナものオおォォォっっっ!!!」


 まるで濁流の様に襲い来るアーリマンの触腕。

 光の壁がその衝撃に耐えられず甲高い音を立てて砕け散るが、シャリテはその一瞬の間に側面に移動していた。そしてそのまま、宙に一文字のルーンを描く。


「『ソーン』――火焔ブレンネン!」

「グぎゃアアっッ?!」


 それほど規模は大きくないが、突然現れ弾けるように燃え広がる炎。一瞬で視界に広がった炎に、アーリマン達がひるむ。

 しかし、しょせんルーン一文字の魔術。炎は一瞬で搔き消えたが、シャリテにとってはその一瞬で十分だった。


「シャリテは、悪意アーリマンなんかに負けないのっ!」


 とんっと一息で距離を詰め、剣閃が走る。


 漆黒の大剣がまるで重量を失ったかの如く軽々と宙を舞い、その度に何本もの触腕が切り落とされアーリマンが悲鳴を上げる。しかし、アーリマン1体から十数本の触腕が生えているのだ。それが4体となると、とにかく数が多い。

 しかも、それだけでは終わらない。アーリマンの切り落とされた断面がぐしゅぐしゅと泡立ち、そこから蛇のような姿をした触腕が新たに生えてくる。そう、その触腕は切り落としても切り落としても次々再生していた。


 そして再生した触腕が唸りを上げて迫り、その中の1本がシャリテに直撃した。


「あうっ?!」


 シャリテの身体がぐらりと傾く。


「シャリテッ!!」


 思わず声を上げる。


「ああっ? 大丈夫じゃん?! 接近戦は不利じゃん、距離取って戦うじゃんっ!!」

「だいじょうぶなの! シャリテは、負けないのっ!!」


 慌てたマスティマがシャリテの周りを飛び回る。


 だけど、シャリテにそのそぶりはない。4体のアーリマンに囲まれたような状態のまま、がむしゃらに大剣を振り続ける。僕が出会って憧れた、きらきらとした笑顔のままで。

 ……優しいシャリテの事だ、おそらく距離を取って戦う場合にまわりの生徒たちに出る被害の事も考えているに違いない。周囲の生徒は認識阻害でこちらが見えていないだけで、攻撃を受ければ普通に傷つくし、場合によっては死んでしまう事もありえる。


 そんな事を考えている間にもシャリテが攻撃を受ける回数はどんどん増えていき、彼女の身体の傷も増えていく。


 多勢に無勢、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


 初めて彼女と出会った時、僕の両親が変貌した2体のアーリマンにも彼女は優位に戦いを進めていた。しかし、今は相手は4体。いくらシャリテが剣や魔術に長けていたとしても、無事に済むとは思えない。


 少しでも力を貸すため足を踏み出そうとするけど……僕の足は地面に縫い付けられたかのように一歩も動かない。


「……情けない。僕はっ……!」


 前世でも今世でも引き籠っていた僕。

 実戦はもちろん、ケンカもしたことの無い僕だ。いま目の前で展開されている怪物との命を懸けた戦いに、完全に腰が引けてしまっていた。


 だから声をかける。

 僕がこの世界での人生の大半を費やした作り上げた、僕の相棒。一番信頼するパートナーに。


「……リリム、頼む。シャリテを、助けてあげて」

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