第14話 メイド参戦

 目の前に僕を護るように立つメイド姿に懇願する。

 僕の代わりに彼女を助けてあげて欲しいと。


「分かりました。ご主人様がそう望まれるのであれば」


 リリムは僕が作り上げたホムンクルスであり、魔導具そのものでもある。彼女の頭部に埋め込まれた疑似的なAIは、即座に僕の言葉を受け頷いた。

 メイド服を揺らすこともなく、カツンと数歩踏み出す。僕が精魂込めて作り上げたその美貌とスタイルは、生物ではありえない程の完璧なラインを描いていた。そのリリムは何の感情も感じさせない涼やかな表情で、アーリマンを見つめる。


 リリムのすらりとした指が空中を滑るように流れ、指先に込められたマナが光の軌跡を描く。


「『アルジス』――『ラド』――」


 アルファベットのYのような文字と、Rのような文字が描かれる。

 『結界』や『守護』の意味を持つ『アルジス』と、『風の神』の力を宿す『ラド』のルーン。


気流壁ヴィルベル・バリエーレ!」


 リリムが力ある言葉を唱えると、僕たちやアーリマンと周囲の学生たちの間に上昇気流が噴き出した。戦闘中の僕たちと無関係の人達を隔てる風の防壁。これで周囲の生徒たちはある程度安全が保障される。

 リリムの指はそのまま続けて新たなルーンを空中に描く。


「『イス』――『逆位置コントララド』――『ナウシズ』――」


 氷を意味するルーン『イス』と、現状の固定を意味する逆位置の『ラド』、そして束縛を表す『ナウシズ』。


氷霜結縛アンゲクティッド・フリーレン!」


 リリムが両手を前に出し唱えると、その場を支配するのはぶるりとする程の気温の低下。

 とくに4体のアーリマンの周囲は急激な気温の低下により大気中の水蒸気が凝固し、氷に覆われる。そして、みるみるうちにアーリマンの3メートルはある巨体の半分ほどが氷漬けとなり、地面に縫い付けられる。


「助かったのっ! ありがとっ!」


 シャリテは軽く振り返り笑うと、背中の翼を羽ばたかせて頭上に跳躍する。

 純白の片翼のおかげか人の域を超えて高く飛び上がったシャリテが、空中で指先でルーンを描く。


「『ソーン』――『逆位置コントラアンスール』――『エイワズ』――『逆位置コントラシゲル』――」


 滑らかに4つのルーンが空中に描かれる。僕の両親が変化したアーリマンと戦っている時にも見た、ルーンの組み合わせ。

 シャリテが右手を振り上げて叫ぶ。


轟炎槍牙陣ヴェルメ・ヴレン・ヴルフシュベール!」


 顕現するのは、『ソーン』炎の巨人の力を籠めた逆位置の『シゲル』神の槍。シャリテの周囲をくるくると回り燃え盛るいくつもの炎の槍は、『エイワズ』終焉をもたらす逆位置の『アンスール』神殺しの力が籠められた神器でもある。


「行くのっ!!」


 シャリテの右手がさっと振り下ろされると、次々降り注ぐ炎の槍。


「ギャアああアアっッ?!」


 炎に包まれ悲鳴を上げる、アーリマンたち。

 すた、と地面に舞い降りたシャリテを視界に収めつつ、リリムがゆっくりと歩を進める。


「『ラド』――『フェオ』――『ハガル』――」

 

 リリムの滑らかな指先が、ゆっくりと宙にルーンを描く。

 『ラド』風の神の力を宿し『ハガル』破壊をもたらす『フェオ』勝利の剣。それがこのルーン魔術――


嵐舞双刃ヴィンディヒ・コストバーレス――」


リリムが静かに叫んだ瞬間、その両手に風が渦巻く。実体化するほど濃密に凝縮された風が形作るのは、二振りの剣。風の力を宿し、あらゆるものを斬り裂く真空の刃。


「――行きます」


 気負うでもなくただの現状の報告、といった呟きと同時にリリムが踏み込む。

 彼女はそのまま迫り来る触腕を斬り裂きながら、アーリマン本体に迫る。リリムの身体能力は特に高い、というわけじゃない。でもAIである彼女は焦ったり動揺したりすることはない。相手の動きに合わせて冷静に最適な行動を予測、それをタイムラグ無く行動に移すことができる。


「ぎイやアアああッッッ?! イタイいたいイタイいたいイタイーーーーっッっ!」

「おのれオノレおのれオノレぇェッッ!!」

「オトなしク、シンじゃエばいいノニぃーーっッ!!」


 次々切り落とされる触腕に怒り狂い、暴れまわるアーリマンたち。

 アーリマンたちを拘束していた氷が、荒れ狂う巨体に耐えられず砕け散る。狂ったように暴れまわるアーリマンと、嵐のごとく縦横無尽に跳ね回る触腕。その蛇のような腕はなんの規則性も意図も無く、ただただ四方八方から叩きつけるように迫り来る。


「くっ?! 多すぎるのっ!」

「――全ての回避は不可能。急所のみの回避に切り替えます」


 あまりに多い触腕、全ては避けきれない。

 シャリテとリリムに、触腕のいくつかが直撃する。


「ああっ?! シャリテ! なにやってるじゃんっ!」

「シャリテッ! リリムッ!」


 思わず声を上げる、マスティマと僕。


 だけど、止まらない。

 彼女たちは、止まらない。


「アーリマンの中心には、素体となった女の子たちがいるの! だからアーリマンに攻撃するときは人の部分が無い腰から下を狙うか、表面だけを浅く傷つけるようにしたらいいの! アーリマンから解放できるのはシャリテのアフラ・マズダだけだから、素体の女の子たちを攻撃しないように気を付けて欲しいの!」

「分かりました、助言ありがとうございます」

「手伝ってもらってるから、当たり前なの!」


 何本もの触腕に打たれながらも、シャリテが踏み込む。右手の大剣で攻撃を防ぎつつ、すうっと目の前に伸ばされる左の人差し指。

 指先にマナの光が宿り、宙にルーンを描く。Tのような形のルーンと、Mのようなルーン。


「『テイワズ』――『エイワズ』――」


 シャリテの手の中の漆黒の大剣が淡い光を放つ。

 そして彼女は唱える。輝くような笑顔で。


「いくのっ! 瞬閃斬フルーク・アングリフ!」


 シャリテの身体は宙を舞い、一陣の風となる。桃色の風がアーリマンと交差した時、1体のアーリマンの上半身と下半身が別れを告げた。


「イヤああアアアあああァァァっっ?! イタイいたいイタイいたいッ!!」


 上半身のみのアーリマンが、まるで小さな子供のようにごろごろと転がり暴れまわる。


 無様に悲鳴を上げるアーリマンをちらと見ながら、静かに歩み出るリリム。

 右手の中の風の刃の先端にマナの光を灯し、刃の先で器用に空中にルーンを描く。


「『テイワズ』――『ケナズ』――『ラド』――」


 勝利の剣を意味する『テイワズ』、火の神を象徴する『ケナズ』、そして速度を司る『ラド』のルーン。それらが混じり合い光を放つと、リリムの手の中の二振りの風の刃が火焔を纏う。激しく切り裂くような風が、荒狂う炎の嵐へと。

 リリムが、いつもと変わらない調子で告げる。


炎熱燕斬ドルヒブルッフ・シャルラッハ――」


 瞬間、吹き抜けるほむら


 炎を纏った斬撃が幾重にも飛び交い、残り3対のアーリマンに襲い掛かった。アーリマン達の身体のあちこちが切り裂かれ、さらに傷口が炎に包まれる。


「イギやアアああァァァっ?!」

「イヤいやイヤいやイヤダあァァァっっ!」

「ドウシテどうしてドウシテ、ワタシたちがコンナめニィぃッッ?!」


 ぶよぶよとした巨体の上に乗っている人間の顔から滂沱の涙を流し、触腕をイヤイヤと振り回すアーリマン。

 その姿はシャリテやリリムを見てはおらず、隙だらけだ。そして、その隙を見逃すシャリテではなかった。漆黒の大剣、聖剣アフラ・マズダを逆手に持ち替えぐさりと地面に突き刺すと、両手で宙にルーンを描く。


「とどめなのっ! 『逆位置コントラナウシズ』――『逆位置コントラシゲル』――『テイワズ』――『ラド』――」


 慣れた手つきですらすらと描かれる、4つのルーン。

 シャリテの真骨頂、四重魔術クアッドキャスト――。『ラド』最速逆位置の『シゲル』神をも誅する力を持つ、『テイワズ』秘奥たる逆位置の『ナウシズ』雷神の槌


 シャリテが、きらきらと輝く瞳で告げる。


天臨轟雷牙ブリッツ・ゴット・ゲルハルト!!」


 天より落ちる、幾筋もの稲妻。


「「「「ギャああアアああアアアアあああッッッ?!!」」」」


 4体のアーリマンの頭上に雷が降り注ぎ、その身体が雷撃の衝撃に包まれた。苦痛の叫びをあげるアーリマン達の身体はびくんと跳ね上がり、小刻みに痙攣する。


「アぁ……」


 そして4体のアーリマンは、ぶすぶすと黒い煙を上げながらどさりと崩れ落ちた。

 ふぅと息を吐いたシャリテの周りをくるくると回る、妖精マスティマ。


「やったじゃん! さっすがシャリテじゃん!! さっすが、可愛いワシちゃんの見出した美少女魔術剣士シャリテじゃんね!!」

「えへへ、ありがとなの。相手が4体でどうなるかと思ったけど……リリムちゃんもありがとうなの」


 調子よく飛び回るマスティマの言葉に、シャリテが恥ずかしそうにふにゃっと表情を緩める。

 そして加勢してくれたリリムに向かってぴょこんと頭を下げた。


「いえ、お役に立てて何よりです。私の拙いルーン魔術でどれだけお役に立てたかは分かりませんが……」

「ううん、そんなことないの! すごい魔術だったよ? シャリテに魔術を教えてくれたおばあちゃん以外で、あれだけ魔術を使える人を始めて見たの!」


 謙遜するリリムに、シャリテはぶんぶんと頭を横に振った。

 本当にルーン魔術が好きなんだろう、すごい魔術だったよ、と本当に嬉しそうにもう一度言うシャリテ。


 ふたたび頭を下げるリリムを見ながら、僕はシャリテは凄いなぁ、なんてぼんやり考えていた。


 僕の両親を救ってくれた時もそうだったけど、シャリテはあの恐ろしい怪物に怯まず笑顔で立ち向かっていく。それは、言葉では表せないほど勇気の必要な立派なことだと思う。

 ……それに引き換え、僕は今回も何もできなかった。

 錬金王、なんてスキルを貰っておきながら、小遣い稼ぎをする程度で全然役に立っていない。僕が作ったリリムが戦力になったからそれは僕の成果だと言えばそれはそうなんだけど、男子として女子を戦わせてそれでいいのだろうか……。


 楽しそうにするシャリテたち女子陣と違い、ずうんと暗い気持ちになってしまう。

 悲鳴のような叫びが上がったのは、そんな時。


「な、なんなのさ、これは?! どういう事なのさっ、答えてよっ?!」


 へたりこみ、呆然と戦闘を見つめていたオネットだった。

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