第11話 悪意
エクウェス王立学園の寮は、学園の敷地の隅の方にあった。
寮、というと前世の感覚でどうも大学時代の学生寮のような物を想像してしまう。しかし『エクウェス王立学園学生寮』と書かれた門をくぐると、そこに広がるのは広大な敷地と巨大なお屋敷。大貴族の邸宅と言われても違和感のない巨大な建築物。
寮だから巨大なホールみたいなものは無くホテルのように小規模な区画で区切られているのが特徴だけど、外観は大貴族のお屋敷と比べてもなんら遜色ない豪華さだという。そもそのはず、300人ほどいる学園高等部の生徒が全員宿泊できる高級ホテルと言われればその巨大さも納得できるという物だ。
そして、寮は男女共同。これも実態が寮というよりホテルに近いからかもしれない。区画は男女で別れているし、共同浴場も当然男女別だけど。
いっしょに買い物を終わらせ息抜きをした僕とシャリテ、そしてリリムとマスティマはみんなで寮まで戻って来ていた。買い物に行っていて少し遅くなったからか、周囲を歩いている生徒はちらほらしか見えない。
「ねぇねぇ、ソリティアンくんってもしかして学園の寮に行くの初めてなの?」
前を歩くシャリテがくるりと振り向いて聞いてくる。
そんなシャリテの表情は、自然な笑顔だ。
「そうなんだよ。幼年部の時は寮なんて無かったし、高等部はずっと登校してなかったからね……。このまえ復帰の手続きするときに遠くからチラッとは見たけど、入るのは初めてだよ」
学園の教師や生徒から色々言われて、耐えるような作り笑いを浮かべていたシャリテが忘れられない。
あんな表情を浮かべていた彼女が、自然な表情を浮かべてくれている事が嬉しいと思う。そんな事を考えながら答えると、シャリテはちょっとだけ誇らしげな表情を浮かべた。
「やっぱりそうなんだね。あのねあのね、建物が新しいからとっても豪華でキレイなの。びっくりすると思うの!」
「へぇ~、伯爵令嬢のシャリテがそう言うなら、これは期待できるのかな?」
「あはは、リッシュ伯爵家は歴史は古いけどあんまり裕福じゃないし、パパも王宮でのポストとかも持ってないの。だからあんまり家はキレイじゃないよ? ねぇねぇ、それよりシャリテ、メイドさんがいるのがうらやましいの。パパはメイドさん連れて行ったらダメって言うのよ?、ひどくない?」
ぷぅ、と頬を膨らませるシャリテ。
その可愛い仕草に、あはは、と笑って返す。
あの日、憧れた彼女。その人と交わすそんなやり取りが楽しい。
「確かに酷いかもね。まぁでも、伯爵家ならそんな物かなぁ、という気もするけど」
「え~~? パパもそう言ってたけど、シャリテは顔なじみのメイドさん連れてきたかったの」
まだぶぅぶぅ言うシャリテに、思わず吹き出してしまう。
高位貴族の子息令嬢としては、自分が筆頭で派閥を作る、またはさらに高位の貴族が率いる派閥に属するのが普通だ。そして身の回りの世話は派閥に属する下位の貴族にしてもらう事になる。これは将来のために信頼できる側近や侍従を選ぶための予行演習のような意味合いがあり、下位貴族としても将来どこの派閥に属すればよいか判断するための材料となる。どちらにせよ、下位貴族としては学園の勉強に加えて上位貴族の身の回りの世話と、忙しい学園生活を送ることになるらしいが。
そういう意味では、平民出身のメイドを連れてきている僕の方が異端なのだ。
「ソリティアンくん、今日はありがとうなの。えへへ、とっても楽しかったし、話聞いてくれてうれしかったの」
「う、ううん、こっちこそ楽しかったよ」
本当にうれしそうな笑顔を浮かべるシャリテに、どきりとする。
久しぶりの登校、初めての高等部。緊張していたけど、再会したシャリテといろいろ話すことが出来た。
ほとんどシャリテの話を聞いていただけだったけど、僕がずっと学園を休んでいたことも聞いてもらえたし、お互いをちょっと理解し合えたような気がする。
今日はいい一日だったな。
そんな事を考えながら寮に入ろうとすると、横から僕たちを呼ぶ声がかかる。
「シャリテ・ド・リッシュ、ソリティアン・ド・ポーブル! き、貴族の秩序を乱す言動は許せないのだわ! あ、あんた達を待っていたのだわ!!」
震えるような叫び声に振り向くと、そこにいたのは5人の女子生徒。
先頭に立っていたのは、薄い緑色の髪を両側でツインテールにしている小柄な女子生徒。全体的にほっそりとした体形の女の子で、唇をかみしめて紺青色の瞳でこちらを見つめていた。たぶん声をかけて来たのはこの子だろう。
そして、その後ろに女子生徒が4人。こちらは憎々し気にこちらを睨みつけていた。
貴族の言動を乱す言動? さっきの授業でアヴァールスやクリュエッテのような高位貴族に逆らった僕たちを、注意しに来たのだろうか? それとも、もっと直接的な制裁を?
ついさっきまで流れていた穏やかな空気が途端に引き締まり、隣のシャリテが表情を強張らせた。
「オネットさん……」
つぶやく、硬い表情のシャリテ。
オネット……先頭の子の名前だろうか?
そうは思うが口を挟める雰囲気じゃない。僕は続く相手の言葉を待っていたが、後ろにいたリリムがシャリテのつぶやきに反応した。
静かに一歩前に出るリリム。
「シャリテ様の御友人の方ですか? 私はリリム・ジェネレータ。主人であるこちらのソリティアン・ド・ポーブル様に仕えるメイドをやっております」
そして、深々と頭を下げるとそんなことを言った。
え?
今のこの空気で?
唖然として言葉が出ない僕。
だけど、リリムの挨拶にすぐさま反応した人物がいた。そう、僕たちを糾弾しに来たと思われるオネットだ。
オネットはリリムの慇懃な挨拶につられて、慌てたように頭を下げる。ぴょこりと垂れ下がる、頭のツインテール。
「あ、これはご丁寧に……。あたしはオネット・ワルキャリテです。王都の三大商会のひとつ、ワルキャリテ商会の会長の娘で、シャリテ様のクラスメイトをやらせて頂いてます」
「こちらこそ、ご主人様ともどもよろしくお願いいたします」
「い、いえ、こちらこそ、ご、ご迷惑をおかけするかもしれませんが……」
ぺこぺこと頭を下げ合う、オネットとリリム。
え、なんだコレ?
目の前で行われている事態について行けず、思わずぽかんとしてしまう。
僕たちにイチャモン付けに来たんじゃないのか?
オネットという子、もしかして良い子なんじゃ?
でもオネットの後ろの女生徒たちはそうは思わなかったようだ。
「ちょっと、オネットさん、何してるのよ!」
「そんな奴らと馴れ馴れしくするなんて、何考えてるのよ!」
「そいつら、貴族社会の何たるかも知らない田舎者よ! 私達が教育してあげないといけないのよ!」
「そうよ! クリュエッテ様になんて報告するつもりよ! 怒られたらアナタのせいよ?!」
激昂して叫びをあげる4人の女子生徒に怒られ、首を縮めてきゅっと小さくなるオネット。
「あう?! そうだった! ごめんなさい?!」
オネットはふるふると頭を振ると、両手で自分の頬をぱんぱんと叩く。
「そうだわ、しっかりしないと。……でないと貴族の御令嬢様たちの仲間に入れてもらえないのだわ。貴族らしく貴族らしく貴族らしく……」
そして背筋をぴんと伸ばし、シャリテと僕の方を指差して叫ぶ。
「と、とにかく! お、落ちこぼれのくせして高貴なる血筋の方に歯向かって、貴族社会の秩序を乱すのは……そう、ゆ、許せないのだわ!」
オネットがどこか言い辛そうに声を上げる。
オネットの声はすこし震えていて、どちらかと言えば言いたくない、もしくは注意程度にとどめたいという雰囲気をどこか匂わせていた。だけど彼女の後ろの4人は違う。「許せない」「身の程知らず」とヒステリックに叫び、憎々しげに僕とシャリテを睨みつける。
「そうよ、落ちこぼれの伯爵令嬢のくせに!!」
「ソリティアン、アンタだってそうよ! ヒキコモリ公子とか呼ばれてんでしょ?! 知ってるんだからね!!」
「あんた達みたいな落ちこぼれが、クリュエッテ様みたいな高貴な方に口答えするなんて不敬だわ!!」
「そうよそうよ!! 自分が落ちこぼれだからってクリュエッテ様たちが妬ましいんでしょう!」
彼女たちは叫びながらヒートアップしてきたのか、こちらにツカツカと歩いてきてシャリテと僕を取り囲む。
「なんとか言いなさいよ! このダンスも満足に踊れない落ちこぼれ!!」
「あ……」
女生徒の一人が叫ぶと、シャリテがびくりと身を震わせる。
シャリテはなにか言い返そうと口を開くが、その唇は音を発することなく閉じられる。僕もそうだ。授業中のような遠くからではない、至近距離から集団に、しかも近くからぶつけられる悪意にどうすれば良いのか分からない。オネットも熱量を増していく4人に対して同調するでも制止するでもなく、おろおろとしながら見つめるだけ。
「なんとか言いなさいよ、落ちこぼれ!!」
「落ちこぼれの癖に生意気な妖精を連れて、クリュエッテ様を侮辱したわ! 絶対許されることじゃないわ!」
「クリュエッテ様やアヴァールス様に歯向かって、学園で生きていけると思ってんの?!」
4人の女生徒たちは叫びをあげているうちに興奮が高まってきたのか、その口調はどんどんと激しくなってくる。
「そうよ! 落ちこぼれは落ちこぼれらしく、隅の方で大人しくしていなさいよ!」
そして、ぱんっ、と乾いた音が響く。
僕が女生徒の一人がシャリテの頬を叩いたのだと気づいたのは、ひと呼吸してからだった。
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