第10話 意外性
「ひどいよね、フェッセル先生! シャリテだって失敗しようと思って失敗してる訳じゃないの!」
「そうじゃんそうじゃん! シャリテが頑張ってるのが分からないあのババアは死んだほうがいいじゃん!」
「そ、そこまでは思ってないの……。でも先生になんとか分からせてやりたいの! ねぇ、ソリティアンくんもそう思うでしょ?!」
ずずい、と近づいてくるシャリテの顔。
思わず「そ、そうだね」と相槌を打つと
「だよねだよね! シャリテ、ソリティアンくんなら分かってくれると思ったの!」
えへら、と表情を緩めてシャリテが笑う。
今は、学園の授業が終わって買物に繰り出したところだ。
授業が終わってさぁ帰ろうかと思っていた時、シャリテに声をかけられた。ダンスの授業の時思わず声を上げた事で、シャリテも親近感を持ってくれたみたいだ。一緒に帰ろう、ということで一緒に教室を出た。
学園の寮は学園の敷地内にある。仮にも貴族の令息や令嬢だ、そこらへんの宿なんかに宿泊させるわけにはいかない。でも、学園内に購買なんかは当然ないから、なにか入用の時は学園の外に出て買い出しに行かないといけない。
つまりどういう事かと言うと、一緒に寮に帰ろうと思っていたらシャリテが日用品なんかを買いたいと言うので、学園の外に出て王都の商業区画へ向かっていた。
初めは、こんな感じじゃなかった。
「シ、シャリテ……今日の授業では大変だったね……」
「う、うん……でもシャリテがちゃんと出来ないのが悪いのね。あ、でもソリティアンくん、かばってくれてありがとうなのね」
「い、いや、僕の方こそ思わず声上げちゃって……」
そんな当たり障りのない会話だった。
僕も気になってる子との会話に緊張していたし、シャリテだって以前一回会っただけの男と急に仲良くなんて出来ないだろう。だから、どうもぎくしゃくした会話だったし、シャリテの瞳も昏く沈んだままだった。
だけど、ここにはそんな雰囲気をぶち壊す存在があった。
「シャリテが悪い訳なんてないじゃん! シャリテの頑張りが分からないなんて、あの教師の目は節穴じゃん! 偉そうなガキどもだってムカつくじゃんか!!」
「確かに、言う事は理解出来ます。人には得手不得手というものがありますので、ひとつの失敗をあそこまで悪しざまに言う事は不合理だと思います。他の生徒たちからの批判も、一方的なものでした」
「お、おまえ分かってるじゃん! そうじゃん、おまえあのガキどもに言い返してくれたやつじゃんか! 見どころあるじゃん、おまえ!」
「ありがとうございます」
マスティマとリリムだ。
マスティマはマイペースに、教師や生徒たちの悪口を言い続けていた。僕とシャリテはまだそんなに仲良くなってないし、素直に頷けないような過激な言葉もあったから、マスティマがひとりで文句を言い続ける形になってしまった。
そこで普段は僕を差し置いて会話に入ってきたりはしないリリムが口を開く。
僕もリリムもあの教師や生徒達の言動は行きすぎだと思っていたから、マスティマに同意する形で。
「人の上に立つ者には、多様な価値観を認める他者への寛容さが必要だと私は判断します。そういう意味ではあの生徒たちが将来貴族家当主として家や領地を率いていけるのか、はなはだ疑問です」
「言うじゃんか、おまえ! そうじゃそうじゃん、あんな奴らに支配されるこの国はもうオシマイじゃん!!」
リリムに感情はないはずだけど、AIなりに我慢できない所があったのだろうか? いつになく辛辣に意見を述べるリリムと、その周りを「そうじゃんそうじゃん!」と叫びながら飛び回るマスティマ。
そしてこうなってくると、僕としても意見を言わないといけない時も出て来る。
「ソリティアン、おまえのメイドは話の分かるやつじゃん! おまえ自身はどう思ってるじゃん!」
「そ、そうだね……僕も正直あれは酷いと思ったよ。僕を助けてくれた時のシャリテは、すごく格好良かったし輝いて見えたんだ。そんなシャリテの良い所を全く見ようとしないのはおかしいよ」
「そ、そんな……かっこよくなんて無いのね……」
思わず言った言葉に、シャリテが恥ずかしそうに両手で顔をおおう。
そんなことないよ、とても綺麗だったよ。
なんて口に出来ればいいと思う。だけど、それは前世通して彼女ナシの引きこもりにはハードルが高い。「あ……」と口をぱくぱくとさせる僕の横で、リリムが口を開いた。
「そんなことはありませんよ。あの後のご主人様はシャリテ様のことを『綺麗だった』『可愛かった』とひたすら褒めちぎり、シャリテ様の話ばかりずっとしていましたから」
「リ、リリム?!」
自ら造り上げたメイドの、まさかの裏切りに声を上げる。
「ソリティアン、やっぱお前も分かってるやつじゃん! そうじゃん、シャリテは可愛いじゃん!!」
「うぅ……恥ずかしぃの……」
僕の周りを飛び回るマスティマと、真っ赤な顔で俯いてしまうシャリテ。
そんなシャリテも……かわいい。
愛想笑いをすることしかできない僕。
だけど、その甲斐あってシャリテも打ち解けて来て自然な笑顔を見せて来るようになった。ギヨーム先生の言い方が酷かった、と言えば「そうだよね!」と素直に本心を打ち明けてくれる。
そしてその結果が――
「そうなの、クラスの子たちも先生たちもシャリテが頑張ってもぜんぜん認めてくれないの! 確かにシャリテはダンスは苦手だけど……でも剣や魔術は大好きだし誰にも負けないの! 貴族令嬢らしくはないかもしれないけど……もうちょっと認めてくれてもいいとシャリテは思うの!」
「そ、そうだね。確かにそう思うよ」
今まで蓄積された鬱屈を爆発させたかのように愚痴るシャリテと、それに頷くだけの僕。
「だよねだよね、ソリティアンくんもそう思うよね? でもでも、みんな貴族令嬢はダンスや社交が出来ないと落ちこぼれだとか言うのね? それはそうかもしれないけど、シャリテはそういうの苦手だし、剣や魔術でみんなの役に立ちたいと言ってもみんな馬鹿にするだけで相手にしてくれないんだよ? 酷いの!」
「そ、そうだね、確かにあれは酷いと思うよ」
身を乗り出して文句を言うシャリテは、興奮でちょっと顔を赤らめて僕の顔を覗き込んでいた。その瞳は興奮したり落ち込んだりくるくるとその色を変えていたけど、教室で再会した時みたいな昏い光を宿してはいなかった。
よかった。
純粋に、そう思う。
シャリテに対する僕のイメージは二転三転した。
最初は天真爛漫な才能にあふれる少女、というイメージ。再会したときは教師やクラスメイトたちの理不尽な言葉に取り繕った笑顔で耐える、内気な少女のイメージ。再会した時のイメージだと教師たちの愚痴を言うような印象は無かったけど、いま彼女は僕の前で教師たちや自分の境遇の愚痴をぶちまけている。
ちょっと意外だ、とは正直思った。
だけどシャリテは実際ひどい扱いを受けているし、友達に文句を言うくらいは当然だ。それに教室では昏い瞳で酷い言葉に愛想笑いで耐えていたシャリテが、生き生きと――と言っていいのか分からないけど愚痴を言って発散出来るのはいい事だと思う。
それに、ぷんぷんと怒りを露わにするシャリテも可愛いし、僕にだけこうやって不満を打ち明けてくれるのだという喜びだってある。
「――それにフェッセル先生だってこの前ね、酷かったんだよ……ソリティアンくん、聞いてる?」
「う、うん、聞いてる聞いてる」
あ、だめだ、ちょっとぼーっとしてた。
シャリテの愚痴を聞いて、マスティマが怒りながら飛び回り、リリムがたまに意見を述べる。そんな調子で商業区を回り、買い物を済ませた。
さぁ帰ろうかとなった時、前を歩いていたシャリテがくるりと身体ごとこちらに振り向く。
「えへへ、ソリティアンくん、今日はありがとうなの。話聞いてもらって、なんだかすっきりしたの。ありがと、ソリティアンくんって優しいね」
照れくさそうに、だけど晴れ晴れとした表情でシャリテは軽く頭を下げた。
シャリテの言葉に、首を振る。
とんでもない。
シャリテの笑顔が見れただけで、僕は十分だ。気になっている女の子が落ち込んでいて、何かしてあげたいと思うのは当然のこと。どれだけ手間がかかっても、頼られる事がたまらなく嬉しい。
「ううん、ぜんぜん大丈夫だよ」
だけど、口から出たのはそんな言葉だった。
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