第9話 ちいさな反抗
「マ、マスティマ?! だ、ダメなのね?!」
「何言ってるじゃん、シャリテ! あんな頭の沸いてる奴らにはビシッと言ってやらないと分からないじゃん!!」
勢いよく飛び出した妖精のマスティマを、シャリテが慌てて制止しようとする。だけどマスティマは憤懣やるかたないといった風に、ぷんぷんと怒りながらシャリテの周りを飛び回る。
「マスティマ……」
小さな妖精が代わりに怒ってくれたことで、すこし肩の力が抜けるのを感じた。
これで少しでも雰囲気が変わってくれたらいいけど……。
「あら、妖精ですか? 珍しいですわね?」
「あなたは見たことありませんでしたか? シャリテさんは妖精を連れていらっしゃるそうよ?」
「え? 妖精を? 女性なのに? 貴族令嬢なのに?」
「そうですの、くすくす。面白いでしょう?」
だけど、変わらない。
シャリテが妖精を連れていることを、面白がるような女子生徒たちの視線。
妖精はとても珍しい種族だけど、見たことも無いほど珍しいという程でもない。見ること自体はあまりなくとも、子供が好きな英雄譚なんかでは英雄のお供としてよく登場する、名前は比較的よく聞く種族だ。
妖精が英雄譚によく登場するのは理由のない話ではなくて、妖精は強い者や勇ましい者を好むとされている。
だからこそ英雄譚なんかにはよく登場するし、現実にも有名な冒険者や騎士には妖精を連れている者もいると聞く。だから騎士を目指す者なんかには妖精は憧れでもあるし、ダンスや社交が仕事の貴族令嬢にとっては妖精はあまり縁のない種族だ。むしろ妖精に好かれたとしても、それは貴族令嬢としてはあまり好ましくない事だと考えられている。
「なんだあの女! 女のくせに妖精なんか連れやがって!!」
「妖精? あの出来の悪い伯爵令嬢がだと?」
「ハハッ! ダンスもろくに出来ない落ちこぼれのくせに、『天才魔術師』のスキルなんて持っているらしいからなァ!」
「あっははは! とんだアバズレ令嬢だね? 伯爵閣下もお可哀想に」
そして、男子生徒からの嫉妬も呼ぶ。
自分達が落ちこぼれと考えている令嬢が、自分達のあこがれる妖精を連れているという事実が。
気付けば、力いっぱい拳を握り締めていた。
「……あはは、シャリテはいいのね。慣れてるから……」
「いいわけないじゃん?! シャリテはあんなに頑張ってるじゃん! 剣だって魔術だって、ここにいる奴らになんて負けないじゃんっ!!」
何かを諦めたような表情で力なく笑うシャリテの周りを、マスティマが飛び回る。
そうだ、シャリテはあんなにも強くてかっこよくて、まるで踊るようにアーリマンという怪物を圧倒していた。ただの学生に到達できる領域じゃない。こんなに馬鹿にされる謂れは無いはずだ。
だけど、それはこの場の学生たちには響かない。
「あはは、おっかしい。貴族令嬢が剣を振るえたからどうだっていうの? 高貴で優美なアタクシのように、貴族令嬢の本分は社交とダンス、そんなアバズレは貴族令嬢として相応しくないわ」
「そうよそうよ、女は女らしくして、そんな女を守るのは男の仕事、騎士の仕事ですわ。そしてそんな騎士様に護られるのが令嬢にとっての名誉ですわ」
「けっ、女の分際で剣なんか振れたからどうだってんだ。しかも下賤な冒険者の使うようなルーン魔術? ははは、笑える。まぁ、役立たずの落ちこぼれ令嬢にはお似合いかもな?」
価値観が、違う。
この世界での貴族令嬢の価値は社交とダンス、貴族子息の価値は剣と神聖法術で決まる。シャリテがたとえどんなに優美な剣術を披露しようが、高度なルーン魔術を構築しようが、彼らの心には響かない。
「いいかげんにしろよっっ!!!」
だから、気が付けば叫んでいた。
「はぁ? 何ですの?」
「あぁん? なんだぁ?」
突然上がった僕の声に、生徒達がこちらを振り向く。
そして振り向いた先にあったのが僕の姿だと分かると、彼らの視線は険を帯びてゆく。
そんな視線に、僕の心がきゅっと委縮するのを感じる。
右足が一歩、下がる。
僕は前世でも今世でもずっと引き籠っていた負け犬だ。思わず勢いで声を上げてしまったけど、ここで彼らに胸を張って反論する勇気なんてない。
だけど――
ああ、だけど――
「ソリティアンくん……」
僕を見つめるシャリテの瞳は諦めの色で塗りつぶされていたけど、その瞳の奥には期待や希望のような感情が見えたんだ。
だったら、その期待に応えない訳にはいかないじゃないか!
僕は勢いに任せて、大きな声で畳みかけるように叫んだ。
「こ、こんなの酷いじゃないか! た、確かにシャリテは一般的に貴族令嬢に求められる事は上手くこなせないかもしれない……。だ、だけどシャリテには誰にも負けない得意な分野があって、それは彼女の努力の成果だ。それを認めないなんておかしいじゃないか!!」
そうだ、シャリテのあの高度なルーン魔術と、美しい剣術が忘れられない。
スキルのおかげでは、あるのだろう。
才能だってあるかもしれない。
だけど、なんの努力も無しにあれだけの戦いが出来るわけがない。シャリテはきっと、血の滲むような努力をして自分に出来る事を磨き上げて来たに違いない。
それを他人が悪しざまに言うなんて、最悪だ。
「高貴なアタクシに口答えするつもり? おちこぼれの子爵家子息ふぜいが?」
「あァ? オレ様に言ってるのか? 役立たずのヒキコモリ公子の貴様が?」
ぎろり、と僕を睨みつけるクリュエッテとアヴァールス。
生徒達の中心のふたりの剣呑な声に呼応して、他の生徒たちの僕への視線も険しくなる。
「……うぅっ」
全方位から僕に向けられる、憎悪と嫌悪の視線に足がすくむ。
だけどそんな僕を護るように、僕の前にメイド服のリリムが立ちふさがった。
「……リリム」
「ご主人様、お下がりください。このままではご主人様の身に危険がおよぶと判断しました」
AIであるリリムには、憎悪の視線に対する恐怖なんて無い。聞こえてくるのは、いつものような涼やかな声。
男として情けないけど、リリムに護られてほっと体の力が抜けるのを感じる。
そしてリリムは生徒達へと向き直る。
「あなた達も頭を冷やしてください。既存の価値観に固執したり、自らと異なる言論を封殺するような行為は、貴族という人の上に立つ者の行動しては相応しくないと考えます」
僕はこの世界に生きるソリティアン・ド・ポーブルだが、前世日本での物の考え方が染みついている。
そしてリリムのAIもその僕の思考をベースに構築されているし、それにAIならではの論理的思考も加わって、この世界の貴族的思考とは決定的に相容れない。
「ほぅ?」
だからどんな反発が来るかと思ったけど、アヴァールスは意外と面白そうに笑っただけだった。
劇的な反応を返したのは――
「はぁ?! なに言ってるのアナタ!! アナタ平民のメイドでしょ? メイドの分際で高貴で優雅なアタクシに口答えするとか、意味分からないんですけど!!!」
クリュエッテだ。
クリュエッテは顔を真っ赤にして叫ぶと、ぎりぎりと歯をくいしばる。
「主人が主人ならメイドもメイドですわ!! まるで野良犬ね!! 高貴なアタクシに対して、口の利き方がなってないわ!!」
こちらを呪い殺さんばかりに睨みつけるクリュエッテ。
しかしリリムは平然としているし、僕だってシャリテの名誉のためにした発言を撤回する気なんてない。
「あ、あの……シャリテはいいのね、いつもの事だから……」
「良くないじゃん! シャリテは我慢しすぎじゃん! あのソリティアンの言う通りじゃん!」
そして、おろおろとするシャリテと、その周りを飛び回るマスティマ。
その混乱は、見かねたフェッセル先生が仲裁に入るまで続いた。
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