第5話 嫌な再会
「情報ソース……ですか……?」
リッシュ伯爵家についての知識をすらすらと披露したリリムは、僕に情報ソースを尋ねられるとぴたりと動きを止めた。
それからほんの少しの間、口をつぐみ思案するような表情をすると
「申し訳ありません、情報ソースはありません」
いつも通りの涼やかな表情のまま、ぺこりと頭を下げた。
そんなリリムの様子に、はぁとため息が漏れる。
要するに、さきほどリリムが披露したリッシュ伯爵家の知識は、まったくのデタラメだという事だ。これはAIの特性から来る欠点ではあるのだけど、リリムは時々自信満々に嘘の知識を披露することがある。
「リリム、君は裏付けのない嘘の知識を口にしたという事だよね? それはやめるべきだ、と何度も注意したよね?」
「申し訳ありません、ご主人様。不確実な情報を口にしてしまった事を、お詫びいたします」
人として当然の指摘をするけど、リリムはいつもと同じ無表情で頭を下げるだけだ。
これと全く同じやりとりは、リリムの原型となるAIのプロトタイプがこの世界に誕生した4年前から何度も繰り返されてきた。だけど、リリムのこの癖は治る気配がない。
AIというものには、当然人格や思考能力というものは存在しない。
それはすなわち、自ら情報の真偽を判断する能力を持たないという事だ。AIが行っている事は、得た知識の中から最も確度の高い『それらしい』返答を返しているだけだ。知識の中に該当する物があればそこから引っ張って来るし、無ければ近い知識の中から『それっぽい』回答を作成する。
そう、知らない人が聞けば信じ込んでしまうような『もっともらしい』嘘を平然とつくのだ。
そして、リリムは僕が生み出した存在で、僕の専属として基本僕とずっといっしょにいる。リリムが読んだことのある本は僕も読んだことのある物ばかりだし、僕が聞いたことの無い話はリリムも聞いた事がないだろう。
つまり、リリムは僕が知らない事は知らない。
だからリリムの口から僕の知らない知識が出てきたら、それは嘘である可能性が極めて高い。どんなAIだって感じだけど、前世と違ってインターネットで情報を集めて来るって訳にはいかないから、そうならざるを得ない。記憶力は人とは比較にならないから、僕が忘れてることも覚えてくれているのは助かるけど。
「問いかければとりあえず答えてくれるのも、AIのいい所なんだけどね……」
そう、とりあえず返答は返ってくる。口答えしたり、あれしろこれしろと言ってきたりもしない。
そしてそれは、引きこもりのオタクとしては結構ありがたい事だった。とりあえず会話ができるから寂しくないし、こちらの事は基本全肯定だからストレスもたまらない。
「お褒め頂いて、ありがとうございます」
僕のつぶやきを聞いたリリムが頭を下げる。
あんまり褒めてないけどなぁ?
ちょっと前の失態をきれいさっぱり忘れて平常運転できるのも、AIのすごい所だ。
そんな事を考えていると、学園が見えてきた。
王族の方々が住む王城からすぐ見える位置に立てられた、巨大な施設。王城並みとはいかないが高位貴族の居城にも引けを取らない豪華さと規模を誇る、アストルム王国で唯一王立の教育施設、それがエクウェス王立学園だ。
ごくりとつばを飲み込む。
僕は学園の幼年部に通っていた頃、貧乏子爵だなんだと徹底的にいじめられた。
貴族は大抵派閥のようなグループに属しており、幼年部の頃より派閥意識や貴族的思考に染まっている者ばかり。そこでは大貴族の子を中心にしたグループが二つあり、貧乏子爵でどこの派閥にも属しておらず、貴族っぽい振る舞いの出来ない僕はすぐにひとりぼっちになった。スキル「錬金王」は上位のスキルなんだけど、貴族らしくないとかなんとか馬鹿にされたのも忘れられない。
そして、ちょうど錬金術を研究するのが楽しくて仕方なかった頃の僕は、すぐに学園に行かなくなったんだ。
だからあの学園の巨大な門を見ると、嫌な記憶ばかりが浮かんでくる。
脚の止まった僕の後ろで、リリムが不思議そうな声を上げる。
「……ご主人様?」
「……はは、ごめん。あの子に会いたい一心でここまで来たんだけど、いざ学園をみたら嫌な記憶ばかり思い出してね……」
自嘲気味な笑いが漏れる。
沈んだ気持ちで地面を見下ろした僕に、リリムはいつも通りの平坦な声で言う。
「ご主人様、嫌な記憶を思い出したりすることは、誰にでもある事です。そこから目を背けずに向き合うことで、前向きに進んでいくことが出来るようになります。ご主人様なら出来ると私は思います」
いかにもAIらしい、悩み相談的な回答。
「はは……そうだね、確かにその通りだよ」
涼しげな顔でどこかちょっとズレたことを言うリリムを見ると、ちょっと心が軽くなる。
そうだ、リリムだって心配してくれている。僕は幼年部にいた頃と違って一人じゃないんだ。
ありがとう、そうリリムに声をかけて足を踏み出したとき――
「おお、そこにいるのは誰かと思えば、貧乏子爵家のヒキコモリ公子じゃないか?」
聞き覚えのある声が聞こえてきて振り返れば、そこにいたのは5人ほどの学園男子のグループ。
そしてその中心にいるのは、金髪碧眼の美形の男子生徒。顔は整っている方だが、人を自然に見下すような嘲笑を顔面に張り付かせているような男で、貧乏子爵家だとか何かにつけて僕を目の敵にしてきた相手。
「アヴァールス……」
会うのは二年ぶりだけどすぐに分かった。
アヴァールス・ド・アルギャン、王家直属の
正直会いたくはない相手だったけど、年も同じだから学園に復帰すれば会うのは分かっていた。
アヴァールスは、ふんと鼻を鳴らす。
「アヴァールス
久しぶりに会ったというのに、嫌悪感を露わにするアヴァールス。
取り巻きだろうか周りの男子生徒に「ヒキコモリ公子ですか、上手い事言いますね!」などと煽てられ、「だろう?」などといい気になっている。
「……こっちだって同じ空気を吸いたくなかったさ」
「はァ?! 調子に乗るなよ、ヒキコモリ公子。剣も満足に仕えない雑魚が、オレ様に歯向かうつもりか?!」
「う……」
思わず漏れたボヤキだったが、ものすごい剣幕で言い返されて腰が引ける。
そう、僕は魔導具を使わない素の状態だと、剣をはじめ体を動かす分野は壊滅的だ。それに引き換えアヴァールスは、腐っても騎士団長を何人も輩出してきた武門の家系の跡取り。とびぬけて優秀という事はないけど、何をやらせても優秀な男、それがアヴァールスという人物だ。
しかしアヴァールスは言うだけ言うと僕に興味を失ったのか、すいと視線を外す。
「ふん、まぁいい。こんな所で朝からヒキコモリ公子の相手をしている暇はない。行くぞ、お前ら」
「あ、はい!」
「待ってくださいよ、アヴァールス様!」
そして取り巻き立ちに声をかけると、そのまま学園の中に入って行ってしまう。
「はぁ……」
アヴァールスたちの姿が門の向こうへ消えてしまうと、どっと疲れが襲ってきた。ため息だって漏れる。
僕は久しぶりに復帰したこの学園で、今度こそ上手くやっていけるのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます