第4話 学園復帰
両親が突然怪物に変化し、これまた突然あらわれた美少女に助けられた次の日。僕は両親が意識を取り戻し体調に問題がないらしい事を確認したあと、ふたりに居間に来てもらった。
僕の中に芽生えたこの感情を、いま言葉にしないとまた消えてしまうような気がしたから。
「学園に復帰しようと思うんだ」
両親の顔を正面から見つめ、そう切り出す。
ぽかんとした顔でこちらを見つめ返す両親の顔を見ながら、ごくりとつばを飲み込む。
ずっと部屋に引きこもっていた僕は、これまで両親から色々言われてきた。「貴族令息としての役目を果たせ」「親の私までが馬鹿にされるだろう」「格上の貴族の御令嬢を嫁にもらって資金援助してもらうのよ」「もっと、もっと家にお金を入れなさい」など。学園にきちんと通って貴族令息としての役割を果たし、うちと違ってお金持ちの貴族の御令嬢を落として家に援助してもらいなさい、と。
理解できなくもないが、僕はそんな両親が苦手だった。
そして、そんな両親が発した言葉は――
「おお! ソリティアンよ、学園に通うことを決心したのか! よく決心したな、さすが私の息子だ!!」
「そうよ、立派よソリティアン! 自分の力で立ち直るなんて、やっぱりあなたは私たちの自慢の子よ!!」
「えっ?」
まるで人が変わったかのように、僕の決心を立派だと褒めちぎる両親。
目は潤み愛する息子を抱擁するように両手を広げ、全身で感動を表現してくる父さんと母さん。てっきり「今更なんだ、部屋から出てこない方が好都合だ」くらいは言われると思っていたんだけど、想像と正反対のふたりの反応に戸惑いを隠せない。
「そうだ、さすが私たちの愛する息子だ。だが、無理はいかんぞ。私たちに気を使う必要はない、自分のペースでもよいのだぞ?」
「そうです! べつに無理に嫌な学園に通う必要はないのですよ? 母はあなたが心配なのです、あなたが健康でさえあれば私たちはそれでいいのですから!」
そして、別にそのまま引きこもっていてもいい、とまで言ってくる。
「ええ……?」
さすがにこれにはドン引きだ。
「親として恥ずかしい」とか「ご先祖に顔向けできない」とか言われたこと、忘れてはいないぞ?
でも、そこで思い出したのは昨日のシャリテの言葉。
両親がアーリマンという怪物となったのは二人の中の悪意のエネルギーが原因で、その悪意のエネルギーは黒い宝石となりマスティマという妖精に食べられてしまった。だから悪意のエネルギーを失った両親は目覚めると、綺麗で純粋な心になっているはずだと言っていた。
「これが、そういう事なのかな……?」
人が変わったよう……というか別人としか思えない反応を返してくる両親を見ながらぼんやりと思う。
「もちろん、お前がそれでも学園に行くと言うのなら全力で応援するとも! 兄のメブリスはいま学園高等部の三年生だ。メブリスならなにかとお前の力になってくれるだろう!」
「そうです、大変な決心をしたあなたを、母は誇らしく思いますよ? メブリスにもソリティアンの力になるよう言っておきますからね?」
「あ、ああ……ありがとう……」
調子が狂うな、と思いながらもとりあえず頭を下げる。
ふたつ年上の兄さんは、確かに力になってくれるだろう。メブリス兄さんは、僕と同じように学園で貧乏子爵家の何だのと馬鹿にされたのにもかかわらず、自力で自分の評価を覆し学園で自分の居場所を確立したすごい人だ。……学園に通うのが嫌になって自室に引きこもった僕とは大違いだ。
兄さんの事を考えると、胸がちくりと痛む。
そしてその痛みは、僕の事を立派だとか誇らしいだとか言って持ち上げる両親の言葉を聞いても、不思議と癒えることは無かった。
◇◇◇◇◇
夏が終わり、涼しくなり始めた季節のある日。
あれから半月後、僕は王立学園に復帰する日を迎えていた。
半月もかかったのは王立学園が王国の王都にあり、僕がいたポーブル子爵領が王都から離れているからだ。この世界基準だとそれほど遠く離れているという距離じゃないけれど、車や新幹線で移動、という訳にはいかない。馬車での移動だと隣の領地とかでも一週間程度は普通にかかる。それに突然行って復帰しました、という訳にもいかないから早馬で復帰する連絡を入れることも必要だ。
「よ、よし! 行くぞ!」
一泊した王都の宿から外に出ると、自分を奮い立てるようにわざと声に出す。
ひさしぶりの王都は相変わらずのにぎやかさ。朝も早いというのにあちこちで営業を始める店や露店が呼び込みをはじめ、仕事に行く人や買い物に繰り出した人たちで通りは賑やかだ。
ここは、アストルム王国の王都レスレクシオン。
僕の実家の治めるポーブル子爵領はここアストルム王国の貴族で、王都の近くに領地を頂いている。王都レスレクシオンは周辺各国との距離も遠く侵略の危険も少ないことから、自由で活発な商業活動が行われておりこの辺りでは最も栄えている都市の一つだ。
そしてその王都レスレクシオンの中心にある王城の近くにあるのが、まるで城のような巨大な学園――エクウェス王立学園。
王家が主導で10年前に設立された新しい施設で、王国民の優れた子供の教育や王家への忠誠心を育てるために作られたという。幼年部と高等部があってそれぞれ三年生まであり、高等部は全寮制となっていて学園の寮へと入らないといけない。基本的には貴族の子供が通う学園だが、平民でも大金を積めば入れないことは無いらしい。
その寮は基本的は貴族の子供が入る寮だから一人一人に何部屋もある区画が割り当てられ、使用人が寝泊まりする部屋だってある。そこには当然、学園物の漫画みたいにルームメイトなんていない。寮とは名ばかりの快適空間だ。
「そうですね、行きましょうかご主人様」
いつものメイド服のリリムが後ろで平坦な声で言う。
久しぶりに行く学園、嫌な記憶、でもそこであのシャリテと再会できるかもしれない。そんな後ろ向きと前向きの感情が入り混じった複雑な気持ちは、AIであるリリムには理解できない。分かり切ったことをどうして口に出すのですか、と言わんばかりだ。
そう、学園にはリリムも連れてきている。
僕が作ったホムンクルスなんだから当たり前だけどリリムは貴族ではないから、なけなしのお金を積んで平民枠で入学させてもらった。もちろん試験とかもあるけど、そこはAIのリリム。筆記試験をやらせれば、おそらくこの世界でも随一だろう。たぶん。
学園には侍女や侍従をお付きとして連れて来る制度は無い。だけどたいていの貴族にはだれだれ派、という派閥のような物に属していて、下位の家の子は上位の家の子の学園での身の回りを受け持つらしい。まぁ貴族家に使える侍女や侍従はそういった家出身の人が多いし、まぁそんなもんだ。
で、貧乏子爵家のうちはどこの派閥にも入れてもらえないので、下位の家はもちろん上位の家もいない。
しかも僕はずっと引き籠っていたので、知り合いだって少ない。
とはいえさすがに貴族家の子息をひとりで王都へ行かせるわけにもいかない。
そこで誰か使用人を連れていくことになったんだけど、そもそも僕は実家の侍女や侍従とあまり仲が良くない。アーリマン化してシャリテに倒された後の両親は別人のように僕にやさしくなったけど、侍女や侍従は両親が僕の事を悪しざまに罵っていた頃の感覚が抜けておらず、相変わらず落ちこぼれで引きこもりのバカ息子、という態度で接してくる。……急に態度を翻した両親が異常なだけで、それが普通だとは思うけど。
……なんかちょっと落ち込んできたけど、そんな感じで僕について来てくれる人はリリムしかいない。
だからリリムは平民枠の正式な生徒だけど、僕の侍女も兼ねているからメイド服で通学することになっている。僕たちと一緒の制服を着たらダメって訳じゃないけど、慣例として貴族の身の回りの世話をする平民の生徒は侍女や侍従の制服を着て通学することが多いらしい。平民が自分たちと同じ格好をしていたら不快感を示す貴族も多いからだとかなんとか。
「ねぇ、リリム。学園であの子……シャリテと再会できるかなぁ?」
賑やかな通りを学園へと進みながら、リリムに話を振ってみる。
僕が嫌な思い出がある学園に復帰しようと思ったのは、あの時の女の子――シャリテとまた会いたかったからだ。会って仲良くなりたい……な、なんて考えも無くはないけど……とにかくまた会いたかったんだ。
でも、リリムの返答はそっけない。
「シャリテ様は王立学園の一年だと言っていました。王立学園にはクラス分けなどは無く、毎日のホームルームではその学年の生徒が全員集まるといいます。シャリテ様が身分詐称をしていなければ、確実に再開できるでしょう」
「いや、それはそうだけどさぁ……」
その返答がなんとなく不満で、ジト目でリリムをにらむ。
リリムの返答は全くその通りだ。だけど、気になる女の子と再会できるかなぁ、仲良く出来るかなぁ、みたいなドキドキを理解して欲しかったのだ。AIには無理なのは分かってるけど
「リッシュ伯爵家、って言ってたよね。どんな家だったかな……?」
無意識に、そんな言葉が漏れる。
そう、シャリテはなんと伯爵家の長女だと言っていた。
僕は学園幼年部からドロップアウトして引き籠り、ずっと錬金術に没頭していたから貴族社会に関しての知識は絶望的に少ない。そりゃまぁ宰相様とか誰でも知ってるような人とその家名くらいは知っているけど、それ以外の貴族家についてはほとんど知らない。
だが僕のそんな呟きをひろったリリムが、いつもの平坦な声で続けた。
「リッシュ伯爵家――アストルム王国随一の権力と領地を持つ大貴族で、南部に持つ広大な領地から採れる良質な小麦は王国の食糧事情を支える生命線だと言われています。王家とのつながりも深く、様々な役職を歴任した王国屈指の名家です」
リッシュ伯爵家について、すらすらと答えるリリム。
何も知らない人が聞けば、さすがAI、もしくはさすが優秀な侍女、良く調べていると感じるだろう。
「……ふぅん」
だけど、僕の感想は「また始まった……」というものだ。
そして返すのは、いつものお決まりのツッコミ。
「リリム、その情報の情報ソースは?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます