第6話 再会
始めて足を踏み入れた高等部の教室は、前世の大学の講義室のような感じだった。
王立学園の生徒は一学年に100人ほどいる。クラス分けとかは無いので、その全員が入ることの出来る教室はなかなかの広さだ。記憶の中にある大学の講義室よりも広いような気がする。
もちろん教室は男女混合。もっとも、男は男、女は女で実家の属する派閥にそったグループを作ることが一般的みたいだけど。
「えと、シャリテは……?」
そんな広い教室をぐるりと見まわす。
記憶の中にある彼女のピンク色の髪はとても目を引く。すぐに見つかるだろうと僕は楽観視していたんだけど――
「あれ? いない?」
教室の中に、あの桃色のふわふわとした髪は見当たらなかった。
桃色の髪というのは珍しい。赤い髪の人は何人かいたけど、桃色の髪の人は一人もいなかった。
あ、あれ?
リリムが言っていた、「身分詐称していなければ再会できるでしょう」という言葉が脳裏によみがえる。
嘘をつかれた?
い、いや、そんな事はないだろう。あの状況でそんな事するか?
それに前世と違い王立の学園はこのエクウェス王立学園しかなく、貴族の子供はほぼ例外なくこの学園に通う。貴族家の令嬢で僕と同じくらいの歳なら、ほぼ間違いなくこの学園に通っているはずだ。
ぐるっと教室を見回す間、僕たちに気付いた生徒たちがこそこそと話し始める。
「……誰だ? あれ?」
「見たこと無いやつだな……」
「うしろのメイドは結構かわいいな、平民か?」
「ばっかだな、お前ら。あれがそら、噂の貧乏子爵のヒキコモリ公子だよ」
「え……? あれが?」
「貴族子息としてのお役目を果たさず、ずっと部屋に閉じこもっているっていう?」
「情けない……、お兄さんは立派な人なのに……」
ある程度予想はしていたけど久しぶりの王立学園で、高等部に来るのは初めての僕だ。
顔を合わせたことのない生徒も大勢いるし、僕を見たこと無い生徒が疑問の声を上げる。そして、数少ない見知った生徒は侮蔑のこもった見下すような視線を向けてくる。
……確かに、貴族令息としての義務を放棄したのは僕だ。
僕なりに魔導具を開発してお金を稼ぐことで実家に貢献してきたと考えているけど、この世界では錬金術は貴族の仕事ではないと考える人が多い。お金を軽視しているわけではない。貴族の仕事は錬金術師などいろいろな仕事の人を上手く使って領地を盛り立てることで、錬金術師として新しい魔導具を開発することではない、という考えだ。
前世の価値観を持ちこの世界の価値観にうまく馴染めない僕だけど、まぁたしかに一理あるとは思う。
……来るんじゃなかったかな?
そんな考えを抱きながら、後ろの隅の方の席につく。
もちろん、言葉を交わす相手などいない。リリム相手に世間話などする気分でもなく黙って待っていると、部屋に教師が入ってきた。
「時間だ、席につけ。出席を取るぞ」
教室に入ってきたのは、猫背がちでやせ形の男。紫の髪は几帳面に左右対称に分けられていて、眼鏡をかけている。
明らかに術師タイプで、専門は武器を使う戦闘ではないだろう。
そして教室に入ってきた教師は隅に座っていた僕を目ざとく見とがめると、「フン」と鼻を鳴らした。
「ふん、今日は初めて見る顔もいるらしいからな。私の自己紹介が必要か? 高等部始まって半年近く経っているといるというのにか?」
教師が馬鹿にしたように笑うと、生徒から笑い声が上がる。
そんな奴に自己紹介なんて必要ないです、と茶化したような声を上げる生徒もいたが、教師はそれには首を振った。
「残念だが私は教師、そういう訳にはいかん。私はギヨーム・ド・トロワ、トロワ子爵家の次男で専攻は神聖法術、高等部一年の担任教師でもある。……ヒキコモリ公子などと呼ばれる貴様と仲良くする気はないが、私は教師だ。質問などあれば、まぁ仕方ないから答えてやらなくもない」
神経質そうなその教師は、露骨に見下した表情で質問には答える、と言う。
変な人だなぁ、というのが正直な感想。ツンデレ……とは違うか。
それからギヨーム先生は出席を取り、連絡事項などを伝えていく。
「さて、一限目の講義は社交ダンスだ。全員でホールに移動してもらうぞ」
ギヨームが次の予定を伝え、みんなが移動をしようと腰を浮かせかけた時――
「ご、ごめんごめんっ! 遅れちゃったのね!!」
ばんっと勢いよくドアを開け、教室に転がり込んできたのはピンクの髪の女の子。そしてその周りを飛び回る妖精。
「あはは……ちょっと寝坊しちゃったのね……」
やっと会えた……。
ずっとまた会いたいと思っていた相手と会えた嬉しさがこみ上げ、胸が詰まる。
急いできたのだろう、ふわふわと波打っていた桃色の髪は以前見た時よりあっちこっちに跳ねていた。でも、照れくさそうに笑うシャリテの笑顔は、以前と変わらずきらきらと輝いているように見えた。
でも
軽く頭を下げ頭をかくシャリテにギヨーム先生が向けるのは、冷めきった冷たい視線。
そしてわざとらしく長い長いため息をつくと、明確な侮蔑の感情を込めて言う。
「シャリテ、まーた遅刻か……何度同じことを言わせるつもりだ? 貴族たるもの時間も守れないのは論外、話にもならん。お前は国王陛下と謁見するときにも遅れてくるつもりか? そんな事をすれば恥もいいところ、まったくリッシュ伯爵もこんな出来の悪い娘を持って可哀そうに……」
ちらとこちらに視線を向けるギヨーム先生。
そして、ギヨーム先生の視線を追ってこちらに視線を向けたシャリテの目が、大きく見開かれる。僕に気が付いたかな? というか、覚えていてくれたかな?
僕がそんな気持ちでいるときも、ギヨーム先生の言葉は続く。
「見ろ、あの貧乏子爵家のヒキコモリ公子でさえ時間に遅れてはこなかった。あの落ちこぼれのクズでさえ、だ。シャリテ、お前はそれ以下、貴族令嬢の資格はない」
ギヨーム先生が見下したような表情で言うと、教室中にくすくすとした笑いが満ちる。
「くすくす、まったく頭の弱い子ですこと」
「ああ、確かにリッシュ伯爵がお可哀そうですわね」
「くくく、全く、あのヒキコモリ公子以下とは嘆かわしいな」
「はははは、しかし顔だけは中々です。だれかの妾にでもなって生きていくのが相応しいのでは?」
生徒の中にシャリテに同情する様子が全く見られない事に愕然とする。
そんな、そこまで言うか?
学園のホームルームに遅刻してきただけで?
確かに良くないことだ。それはそうだが、それだけで貴族令嬢の資格はないとか妾が相応しいとか、それは明らかに行き過ぎている。人格批判の域だと思う。
「あ……」
思わず口を開きかけるけど、口をぱくぱくとしただけで言葉が出ない。
僕は前世で社会からドロップアウトして引き籠っていたし、今世でも学園に行くことをやめ引き籠っていた。そんな僕には、自分も『ヒキコモリ公子』とか言われ馬鹿にされたこの教室で、「彼女がかわいそうだ」と声を上げる勇気は存在していなかった。
自分自身の弱さに打ちひしがれる僕の前で、シャリテは何かをこらえるような引きつった笑いを浮かべる。
「あはは……、ごめんなのね。シャリテは先生やみんなみたいに上手くできないから……」
「ごめんね、ではない。もうしわけありません、だろう? ふん、全く……落ちこぼれの令嬢は口の利き方も知らないと見える」
追い打ちをかけるように厳しい言葉を投げかけるギヨーム先生の前で、シャリテは輝きを失った目で力のない笑いを浮かべていた。
「シャリテ……」
僕が彼女と出会った時、両親がアーリマンと化したのを助けてくれた時の彼女は輝いていた。きらきらと輝く瞳でひらひらと舞うように立ち回り、凄まじい威力のルーン魔術や聖剣で怪物を圧倒していた。
だけど今、シャリテは遅刻しただけで教師から悪しざまに罵られ、暗い瞳で愛想笑いを張り付けている。
これが、僕とシャリテの再会だった――
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