第7話 ダンスの授業
次はダンスの授業という事で、生徒みんなでぞろぞろとホールに移動する。
ちなみに、ギヨーム先生はシャリテを侮蔑のこもった目でもう一度ねめつけると、職員室に帰っていった。
生徒みんなが仲の良いグループに分かれ雑談なんかしながら移動しているなか、すみの方で一人ぽつんと歩いているシャリテを見つける。僕があこがれ惹かれたあのきらきらとした彼女は、暗い顔で俯き、とぼとぼと歩いていた。
見ていられないという気持ちと、話しかけるチャンスだと言う少しの下心に突き動かされ、近づいて声をかける。
「シ、シャリテ、ひ、久しぶりだね……?」
「あ?! ソリティアンくん!」
自分から女の子――それも気になる女の子に話しかけるなんて、何年ぶりだろう。
思わず声が上ずってしまったけど、シャリテは嬉しそうにぱあっと笑顔を浮かべる。
――覚えていてくれたんだ。
胸の中がそんな感情でいっぱいになる。
そして、ギヨーム先生に酷いことを言われて傷ついたシャリテが笑顔になってよかったと思う。
「あ、あの……ギヨーム先生に色々言われて大変だったね……?」
「っ?! そ、そうなのっ!!」
僕がなんとなく口にした言葉に、喰いつくように身を乗りだすシャリテ。
だけど、今は学園で教室の移動中。周囲に生徒が大勢いることに気が付くと、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ち、ちがうのね。シャリテがちゃんと起きて授業に間に合わないのが悪いのね……」
「そ、それはそうかもしれないけど……やっぱり言い方ってあると思うけど……」
ふたたび、暗い顔で下を向くシャリテ。
時間に遅れるのが悪い、それは確かにそうだ。そうかもしれないけど、それが難しい性質の人だっているし、なにより言い方だ。シャリテも申し訳ないと思っているんだから、あんなに悪しざまに見下すようないいかとをしなくても良いんじゃないかと思う。
だけど、シャリテは優しいから自分を責めるように苦笑いをする。
そんなのは間違っている、言いたいことは言っていい、と落ち込むシャリテを見ていると思う。だけど、貴族社会での同調圧力みたいなものは、前世日本で会社員をしていた僕の目から見てもかなり激しい。貴族とはこうあるべき、男子とはこうあるべき、女子とはこうあるべき、という固定概念のような物が貴族社会全体に浸透していて、そこから外れたものは激しく叩かれる。僕が貧乏子爵で王国に貢献出来ていないと馬鹿にされ、そして社交が苦手で幼いころから部屋に籠りがちだったから王国男子らしくないと嘲笑の的になった。
人にはいろんな個性や性格があって、それで人を批判したり馬鹿にしたりするのは間違っている。
前世の価値観を持つ僕はそう思うけど、この世界でそれは通用しない。高価な衣装を着て、歯の浮くようなセリフを交わしながら紅茶でも飲み、そして貴族としてのルールをきちんと守り、夫を支え子を育てる。それが貴族女性としての在り方で、それ以外のあり様は許容されない。
「シャリテ……」
シャリテが可哀そうだ、そう思うけど僕にはどうしようもない。
そんな事を考えていると、ホールに到着した。何か言わないと、と焦る僕にシャリテはひらひらと手を振り、
「ごめんね、ありがとうなのね。話聞いてくれて」
「あ……」
そう何かに耐えるような笑顔で、女子たちが集まっている方へ走っていった。
◇◇◇◇◇
この学園の授業はちょっと変わっている。
歴史や語学などの座学の授業は、前世の大学などと同じように教室で当然男女合同で行われる。そして、この学園には剣術・法術・ダンス・社交などの実技の授業があり、それは男子だけの授業、女子だけの授業がある。
前世の高校なんかの感覚で言えば、男子と女子に分かれてそれぞれの教室に移動、男女別に授業を受けることが自然な気がする。でも、この学園は違う。今から行われるダンスの授業は女子だけの授業だが、男子は
両親からちょっと聞いただけなのでよく走らないけど、これはこの学園が男女の出会いの場でもあるかららしい。
女子のダンスや男子の剣術の実技を見て、優秀な異性に当たりを付けてアプローチするとか。実技を披露する側も、気になる異性が見ているとなれば気合も入るだろう、という事らしい。
そんなわけで、僕たち男子は少し離れて授業を受ける女子を見学している。
もちろん、僕はひとりぼっちだ……。シャリテはもちろん、リリムも授業を受けに行ってしまったから本当にひとりぼっち。
ほんの少しざわざわとしたホールに、女教師の甲高い声が響く。
「はい、あなたたち! 今からダンスのレッスンを始めるザマスよ!!」
集まった女子生徒の前で、女の教師が手に持った扇子をぱちんと鳴らす。
その教師は50代くらいの女性で、頭の上で何段も盛り上げられた茶色の髪と眼鏡が特徴だ。当然僕は見るのは初めて。とはいえ僕はただの見学者だけど、講義を聞いているリリムもその教師とは初対面だ。なのにギヨームのように自己紹介をするでもなく、いきなり前回の復習を始める。
ギヨームは厭味ったらしかったけど、一応初めて高等部に来る僕に配慮してくれたけどな……。
しかし、女教師の名前はすぐに分かった。
「いいですか? このワタクシ、フェッセルにダンスを教わることのできるアナタ達は幸せ者ザマスよ? なにせワタクシ、フェッセルは国王陛下にもダンスを教えたことのある、王国での社交ダンスの第一人者ザマス。ワタクシの実家のオルドル子爵家も、代々ダンスの
胸を張り、ドヤ顔で自分と自分の家の自慢をする女教師――フェッセル。
自分で自分の事を第一人者と言う人なんて、初めて見たよ……。
でも、生徒たちはみんなフェッセル先生を称賛する声を上げる。
「そうですわ、フェッセル先生にダンスを襲われる私たちはなんて幸運なのかしら?!」
「ええ、本当だわ。いくらお金を積んだって教われる人ではないのですから!」
きゃあきゃあと声を上げる女生徒たちに、フェッセル先生も満足そうに頷く。
喜んでいないのは、どうでもよさそうに完全に素の表情のままのリリムと、暗い顔をして俯いているシャリテだけ。
シャリテ……。
「はいはい、ではとりあえず、今までのおさらいとしてワタクシとダンスを踊ってもらうザマス。誰がいいザマスかね……?」
手に持った扇子で手をぱんぱんと叩きながら、ぐるりと生徒見回すフェッセル。
すると、ひとつの手がすっと上がる。
「それでは先生、高貴なアタクシが侯爵令嬢としてみなに手本を見せて差し上げましょう」
「クリュエッテ嬢ですか、生徒たちの手本として相応しいザマスね」
フェッセル先生が笑顔で頷き、生徒たちからも「クリュエッテ様!」「クリュエッテ様のダンスが見れるなんて!」と黄色い声が上がる。
周囲の声に満足そうに笑みを浮かべ、すっと前に出るのは僕も見覚えのある令嬢、クリュエッテ。
クリュエッテ・ド・ヴェルス――、宰相を務めるヴェルス侯爵の長女で、学園の入り口で会ったアヴァールスと並びこの学園で二大派閥を構成している、学園で最も影響力のある生徒のひとりだ。侯爵家で何不自由なく育ってきたため自分本位でワガママ、全ての者が自分を褒めて持ち上げないと満足できないという性格の持ち主。幼年部のころ僕を先頭に立って馬鹿にしてきた一人だ。
クリュエッテは自慢の頭の両側から延びる金色の縦ロールを満足そうにかき上げると、周囲を見回す。
「仕方ありませんわね、優美で優雅なアタクシのダンスをあなた達に見せてさしあげましょう」
自分から手を上げたくせにそんな事を言うと、フェッセル先生とダンスを始める。
フェッセル先生はさすが王立学園でダンスを教えているだけあって上手い。口で曲を口ずさみながら、クリュエッテをリードするようにステップを踏む。ダンスは詳しくないけど、フェッセル先生が男性パートなのかな?
その手に引かれながら踊るクリュエッテのダンスは――
すっごく、普通、だった。
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