第8話 ダンスの授業2
自信満々に披露し始めたクリュエッテのダンスは、決して下手ではなかった。
下手ではないが……僕と同い年の令嬢が幼いころからダンスを教わり、そして王立学園で幼年部高等部と通い教育を受ければ、まぁその程度は普通出来るのではないだろうか……というくらいの出来栄えだった。僕はダンスなんてしたことないけど、社交などに出ていた幼いころ貴族家当主やその夫人たちのダンスを見たことがある。
その感覚から言えば、その程度のダンスだった。
だけど、それを見ている女生徒たちは拍手喝采でクリュエッテを褒め称える。
「さすがクリュエッテ様ですわ! なんて優雅なんでしょう!!」
「とても優美で、まさに高貴な方のダンスですわ!」
「ええ、クリュエッテ様のダンスを見られるなんて幸せですわ!」
「えっ?」
そ、そんな言う程か?
そんなに上手いか?
困惑する僕の目の前で、踊り終えたクリュエッテが汗をぬぐいながら歓声に応えるように片手を上げる。
「ふふっ、そんなに言われると優美なアタクシも恥ずかしいですわ。まぁ、高貴な侯爵家令嬢としては、この程度は嗜みですわ」
誇らしげにほほ笑むと、「みなさまも、優雅なアタクシを見習って頑張ってくださいな」と他の生徒たちの方へ戻っていった。
そして、その後他の生徒が順番に踊っていく。
ダンスというものは、基本的には高位貴族の令嬢の方が上手いことが多い。学園での学習に高位下位の差は無いが、高位貴族ほど金銭的に余裕があり幼い頃よりダンスなどの習い事をさせることが出来る。下位貴族の場合はお金もないし、領地運営などで忙しい場合は子供の習い事まで気が回らないことも多い。
だから下位貴族の場合はふつうに踊りなれてない生徒も多く、いかにも慣れてませんといった雰囲気の生徒が大部分だ。
しかし上位貴族となると幼い頃よりダンスを習っている者も多く、その中にはダンスの才能のある生徒だっている。
いま目の前で踊っている生徒がそうだ。
その令嬢は、リードするフェッセル先生にも引けを取らない程の滑らかで美しい動きのダンスを披露していた。その正確で軽やかなステップは見ていると「ほぅ」と感嘆のため息をつきたくなってくるレベルだったが、それが気に入らない女生徒もいた。
「ぐっ……ぐぎぎぎぎぎぎっ」
クリュエッテだ。
クリュエッテは自分より明らかに上手なそのダンスを見て、目を吊り上げ、歯ぎしりしていた。そして、それに気が付いた踊っている令嬢は――
「ああっ?! 躓いてしまいましたわあっ?!」
棒読みで声を上げると、わざとらしく転んで見せた。
「ああっ、クリュエッテ様に良いところを見せようとしましたが、無理しすぎて体力が無くなってしまいましたわぁ!」
説明セリフをまるで読み上げるように言うと、よよよと泣き崩れるその令嬢。
あきらかに嘘だ。どう見てもまだまだ踊ることが出来たのに、クリュエッテの御機嫌を取るためだけにわざと転んで見せたのだろう。その演技はわざとらしかったし、嘘くさい説明セリフも大根役者さながらだ。
にもかかわらず――
「そ、そうでしょう、そうでしょう! 背伸びしすぎですわ! 高貴で優美なアタクシのダンスに引けを取らない動きでしたが、ダンスとはペース配分も大事ですのよ? そのような有様では優雅なアタクシには追い付くことは出来ませんわよ?」
「ええ、なかなかのダンスでしたが、クリュエッテ様の素晴らしいダンスには及びませんわ!」
「そうよ! クリュエッテ様のようになりたいと頑張る気持ちも分かりますが、無理しすぎですわよ?」
表情を一転させ満面の笑みのクリュエッテと、そんな彼女を褒め称える周囲の女生徒たち。
とはいえ踊っていた女生徒を糾弾するような雰囲気は感じられない。踊っていた女生徒も「クリュエッテ様のようになりたいと頑張りましたのに!」と晴れやかな笑顔を浮かべている。女子生徒はもちろん教師も、そして僕の周りの男子生徒たちも誰もそれに異を唱えない。クリュエッテを褒め称え持ち上げる優しい空間がそこには広がっていた。
「…………ひどい茶番だな」
知らず、ぼそりと呟いていた。
見るに堪えない醜悪な茶番だ、これは。良くも悪くもない程度の能力しかない大貴族の令嬢が自分の能力を妄信し、そして周囲がそれを追認し褒めたえ、持ち上げる。令嬢は自分の力量を冷静に見つめる度量も無く、それに気づいている周囲は自分の能力を隠し令嬢を賛美する。
ひどい、これはあまりにもひどい。
だけど、この世界は貴族社会。
貴族の間には明確な序列があり、彼らはそれに逆らえない。だから規模の大小はあれ、この様なことは世界のあちこちで起こっている事だろう。前世でだってここまであからさまでなくとも、似たようなことは起こっていた。上司の下手くそなゴルフにお世辞を言う部下なんて、たいして珍しくも無い光景だったろう。
人とは、そのような生き物なのだ。
「引き籠っていた方がマシだったかな……?」
久しぶりの学園だけどすでに後悔し始めていた僕の前で、ダンスの実技は次々進んでいく。
リリムも、なんとか無事に踊ることが出来た。リリムはもちろん社交ダンスなんて初めてだけど、そこはAI。他の生徒の動きを記憶して、その動きをトレースすることくらい造作はない。動きの緩急がぜんぜん無いから艶のない、ただ正確に動いているだけのイマイチなダンスだったけど……。
そして――
「シャリテさん、あなたの番ザマスよ!」
「は、はいなのね! 頑張るのね!」
シャリテの番が来た。
フェッセル先生に指名され、前に出るシャリテ。僕の屋敷でアーリマンを倒したときの彼女の動きは、素晴らしいものだった。戦闘とダンスは全然違うけど、シャリテの運動能力はまちがいなく高いはずだ。ダンスの腕も期待できるのではないか、そう思った僕の前で――
「くすくす……」
「うふふふ、何あれ……?」
「無様なダンスですこと……」
「あれでも伯爵令嬢ですのよ? 恥ずかしくないのかしら?」
シャリテのダンスは……散々だった。
シャリテとフェッセル先生の動きはバラバラ、特にシャリテの動きがリズムと合っていない。そしてそれに慌てたシャリテが急に動きを変えることで、フェッセル先生の足を踏んだり先生の体勢を崩したりする。
……正直、シャリテはリズム感があまり無いような気がする。運動神経はいいはずだけど、リズムに乗れないうえにフェッセル先生の動きをよく見ていないのか動きのタイミングを合わせられないせいで、動きがちぐはぐになりダンスと呼べるような物では無くなっていた。シャリテも頑張ってはいるんだけど……。
「ごっ、ごめんなさいっ?! ああっ、踏んじゃった、ごめんなのねっ?!」
「痛っ?! シャ、シャリテさんっ?! まったく何やってるザマスかっ?!!」
「ごめんっ?! ごめんなのねっ?!」
「ゴメンじゃないザマスッ! こんな出来の悪い生徒は初めてザマス。いい加減にするザマスッ!!」
そして、ついには激昂したフェッセル先生により、シャリテのダンスは途中で中断された。
「くすくすくす……なんて無様なダンスなんでしょう」
「ええ、本当に。あれで伯爵令嬢なんですからね」
「うふふ……なんて惨めな。高貴で優美なアタクシとは比較になりませんわね」
「そうですわ! 素晴らしいクリュエッテ様とは比べ物になりませんわ!」
そして、そんなシャリテを見てくすくすと笑う女子生徒たち。
女子生徒達の支配者、クリュエッテも愉快そうにシャリテを眺めていた。
「ううっ……」
シャリテ……。
シャリテが表情を曇らせ、うなだれる様に下を向くのが見える。僕を助けてくれた時、あんなにもキラキラして見えたシャリテ。そのシャリテが昏い目をして聞こえて来る声に耐えている。
そんな様子を見て僕の中に渦巻くのは、悲しみ、やるせなさ。
僕があこがれて再び会いたいと思った人は、どうしてあんな目にあっているのだろう。
しかし、嘲るような笑いの輪は広がっていく。
「シャリテさんのスキルって、『天才魔術師』なんですって!」
「まぁ……天才属性のスキルはすばらしい名誉ですが、『魔術師』のような野蛮なスキルはまるで下賤な冒険者のようで、貴族令嬢として相応しくないですね……いやだわ」
「そうですわ。貴族令嬢が戦闘関連のスキルを授かること自体不名誉だというのに、『神聖法術』ならまだしも『魔術師』だなんて……」
「きっと、女神様にも愛想をつかされたのですわ。あんなにも出来が悪いのですもの」
「くすくすくす……」
そこまで言わなくてもいじゃないか!!
くすくすと笑う令嬢たちの声を聴いて、今度は怒りがふつふつとこみ上げてくる。
この世界の術には『神聖法術』と『ルーン魔術』の二つがある。神聖法術は聖教会が推奨している術で、聖教会の聖職者に『聖別』してもらう事で女神さまの奇跡を授かることが出来る術だ。自分でいろいろ試して新たな術を獲得するという余地が全くなく、聖別され教会から許可された術しか使えないのが特徴。……しかも『聖別』だとか言っても要は賄賂で、高い金を払ってより高度な術を授けてもらうのが神聖法術の特徴で、僕は正直あまり好きじゃない……。貴族的には権力の誇示にも使えるから神聖法術を有難がるけど、平民階級には忌み嫌われているのも神聖法術の特徴だ。
反対に、僕やシャリテが得意とするのが『ルーン魔術』。
ルーンと呼ばれる過去に女神さまが使っていた聖なる記号を使い、そこに宿る様々な意味や力の残滓を引き出して奇跡を起こすのがルーン魔術。管理する団体とかは無くて、僕が前世で感じていた『魔術』のイメージにより近く、研究者肌の術者が多いのも特徴だ。特にお金はかからないので冒険者なんかにも使い手が多いのだけど、聖教会の影響力が及ばないため聖教会ではルーン魔術を悪しき術だと批判している。
なので、貴族にはルーン魔術を忌み嫌う者が多い。
完全に政治的な都合で批判されているだけで、ルーン魔術は全然悪くないし、むしろ色々な可能性を秘めた術なんだけど……。それに、シャリテのスキルは『天才魔術師』だったのか。僕の授かった『王』スキルよりは下だけど、『天才』スキルはとても珍しいスキルで授かることはとても名誉なことだ。
だから、これはちょっと行き過ぎだ。
何か言っておかないと……と心を奮い立たせ体に力を入れた瞬間
「あ~~っ、イライラするじゃん、もう我慢できないじゃん! お前ら、いい加減にするじゃんね!!」
シャリテの桃色の髪の中から、羽の生えた妖精が飛び出した。
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