ひきこもり最強錬金術師とおちこぼれ聖剣少女の世界革命

蘭駆ひろまさ

第一章

第1話 ボーイミーツガール

 どうしてこうなった……。


 そんな事ばかり頭の中をぐるぐる回る。


「オギャオオオオッ! ワガ、わがポーブルけノえいこうヲオオオオオッ!!」

「ウキイイイイイイッ! オカネ、オカネ、もっとオカネがホシイのオオオオオッ!!」


 訳の分からない事を叫びながら、目の前で闇色の巨体をした二体の化け物が暴れまわる。


 およそ3メートルはある巨体。その巨体は漆黒のオーラで覆われ、本体となる豚のように丸々と肥えた体から蛇のような腕のような触手が何本も伸びている。

 そしてその二体のぶよぶよとした巨体に上に、僕の両親の顔がちょこんと乗っている。この異世界における僕の両親の顔だった。


 僕がいつものように自室に引きこもっていると、いつものように両親が家の名誉がどうとか他所の奥様に嫌味を言われたとか小言を言って来るから言い合いをしていたら、突然両親が奇声を上げて得体のしれない化け物に変貌してしまった。


「ソリティアンンンンンーーーーッ!!」

「ゾリディアンンンンンンーーーーッ!!!」


 両親の顔を持つ化け物達が僕の名前を呼びながらその腕を振り回し、机を、椅子を、壁を、屋敷を次々破壊していく。

 悲鳴を上げて逃げ惑う使用人たち。


「父さん! 母さん! 元に戻ってよ?!!」


 叫ぶけど、その声は届かない。


 どうしてこうなった。


 僕は前世では、IT企業に勤める30代のサラリーマンだった。

 若いころはバリバリ働いていたが、忙しすぎる仕事で心と体を壊し5年ほど引き籠っていた。超絶ブラックだったけど給料はそれなりに良く、しばらく食べていけるだけの貯蓄はあったから。

 だけど、不摂生が続いたからか僕は30代半ばで命を落とした。


 人生をやり直したい――


 それが僕が死ぬ間際に思ったことだ。

 その願いが通じたのか、僕は異世界に転生していた。


 今世での名前はソリティアン・ド・ポーブル。

 貧乏だけど、貴族家の息子だ。貧乏とはいえさすがに食いっぱぐれる様なことは無いし、チート……と言えるかどうかは分からないけど強力なスキルも授かった。これで人生やり直せる、前世のような事にはならない、僕はそう誓った。


 だけど、甘かった。


 転生すれば心を改めて人生をやり直せる、無邪気にそう思い込んでいた。


 そう、今世でも引き籠っていたんだ、僕は。

 努力すれば人生をやり直せるような人は、すぐにそれを実行するはずだ。異世界転生すればとか、チートスキルがあったなら、とか考えない。ちょっと考えれば分かる事だ。

 貴族社会は魔境。

 貧乏子爵家の息子の僕は、貴族社会に渦巻く悪意や嘲笑に耐えきれず通っていた王立学園の幼年部を登校拒否した。兄さんはそんな環境でも立派に学園を卒業したのにね。


 当然、両親は猛反対。

 すぐに学園に復帰するよう怒鳴り込んできた。

 だけど、僕はひきこもりになってしまったけど、能力だけはそれなりにあった。


 スキル『錬金王』――

 それが僕が創世の女神フォルトゥナ様から授かったスキル。


 スキルと言うのは、この世界の人が創世の女神フォルトゥナ様からひとつだけ授かる事の出来る特別な加護の事だ。個人差があるが通常は5~6歳のころにスキルに目覚める事が多い。ちなみに一生スキルに目覚めない人も3割ほどいて、無能者だなんだと言われて迫害されているという。


 スキルには様々なものが存在しているけど、『王』の名を冠するスキルを授かるのはほんの一握り。前世での仕事がプログラマだったこともあって、錬金術は僕の性格と合っていた。いくつか新しい魔導具を開発して、それを売却しお金を家に入れることで、引き籠る事を承諾してもらった。……実際に売却してきたのは兄さんだけど。


 一旦は納得して引き下がった両親だけど、すぐに小言は再開された。

 貴族の息子たるもの……、あの家のご子息は立派にやっているのに……、歴史あるポーブル家の名誉を守るためには先立つものが……、お金よお金が必要なのよ! 僕を心配するような体面を取り繕った物から、ただの金の無心まで。いろいろな圧力が両親から加えられた。


 そして、その度に反発する僕。


 それはいつもの光景だったんだけど今日だけは違った。

 ヒートアップした両親が目を血走らせ奇声を上げたあと、黒いオーラに包まれて見たことも聞いたこともない化物に姿を変えたのだ。


「ヴアアアアアッ! カネダ、カネダあアアアアッッ!!」


 父さんの顔をした怪物が腕を振り回し、蛇に様にうねる黒い腕が天井に激突する。

 その衝撃で天井が破壊され、いくつかの石の塊が僕の方へと降り注ぐ。


「うわっ?!」


 僕は錬金王なんてすごいスキルを授かったけど、運動神経は壊滅的。逃げなきゃ、と思うけど体は動かない。

 だけど、そんな僕の前に立ちふさがる影。


「ご主人様への攻撃は見過ごせません」


 彼女は慌てるでもなく悲鳴を上げるでもなく、必要十分な速度でゆったりと僕の眼前へと歩を進める。


 翻る黒いロングスカートと、頭上を彩る白いヘッドドレス。メイド服に身を包み、流れる水のような美しい水色の髪は肩にかかるかかからないかの辺りでさらさらと揺れる。だれもが目を止め、そして見とれるほどの美しいメイドだ。完璧な曲線を描き整ったそのかんばせは、まるで完全な左右対称。

 そして涼やかな紫色の瞳は、何の感情も持ち合わせてはいないかの様に冷静に怪物を見据えていた。


 彼女は音もなく右腕を正面に差し出す。

 すっと伸ばされた指先がマナの光を灯し、空中に力ある文字――ルーンを描く。


「『アルジス』――」


 描かれたのは、先端が三又に分かれた角のような形のルーン。


光壁ヴァント!」


 威力より速度を重視した一重魔術シングルキャスト

 透き通るような声がひびくと術が発動し、僕と彼女の前に光り輝く壁が出現する。


 石の塊が降り注ぐけどそれは光の壁に防がれて、がつんがつんと音を立てるのみ。


「リリム!!」


 名を呼ぶと、彼女――僕付きの侍女リリム・ジェネレータがすっと振り向く。


 笑顔を浮かべたりは、しない。

 彼女は僕が錬金王のスキルを駆使して作り出した、この世界でおそらく初めて成功したホムンクルス。


 この世界の錬金術師も昔からホムンクルスという奇跡に挑戦し続けていたが、誰一人成功した者はいないらしい。まず人の肉体を作ることが困難極まるし、仮に成功したところで出来上がるのは物言わぬ肉体のみ。『魂』の錬成どころか、魂とは何なのか、人とはなんなのか、という命題は解決のめどさえ立っていない。


 『魂』がどういう物なのかは僕もさっぱり分からないけど、僕はその点を前世の知識で解決した。


 僕の細胞を加工・培養して作り出した肉体と、前世で僕が仕事で関わっていたAIを組み込んだ疑似演算回路を組み合わせた、魔術とIT技術のハイブリッド。前世で大流行していた大規模言語モデルなどと呼ばれるAIを頭脳とするリリムは、言葉を理解し人のように振舞うが感情を持ち合わせてはいない。


 だからリリムは極めて冷静に、だけどちょっと不思議そうな顔で質問してきた。


「ご主人様、あの怪物は何でしょう。魔物とも違う、私のデーターベースには存在しない相手です」

「そ、そうだね、僕も分からないよ。何だろうね?」


 そんな間にも両親の顔をした化物は暴れまわっており、家具やら壁の破片やらが飛んできている。

 僕は光の壁にガツンガツンとぶつかるそれらが気になって仕方がないけど、リリムは破られない確信があるのか気にも留めない。


 確かにこの世界には魔物が存在している。

 ゴブリンとかオークとか呼ばれる、ラノベやゲームなんかではおなじみの魔物たちだ。人を見れば襲ってくる凶暴な相手だけど、それでもゴブリンが集落を作っていたりとちゃんと生物として存在しているだろう相手だ。

 いま目の前の存在のように人が突然凶暴化して、そのまま得体のしれない怪物となったりはしない。


 僕が言葉に詰まっていると、リリムは平然とその言葉を口にした。


「討伐してよろしいでしょうか?」

「と、討伐?! ちょ、ちょっと待ってよ?!」


 慌てて止める。


 今なにが起こっているのか、僕はさっぱり分からない。

 だけど相手は両親が変化した怪物だし、それをそのまま討伐して良いとは思えなかった。そりゃ、怪物を倒せば両親が解放されて一件落着、となる可能性だってあるだろう。

 だけど、もしそうならなかったら――?


 ぞくり、とする。


 確かに色々言われて鬱陶しいと思ってはいたし、ケンカばっかりだった。転生者の僕にとっては二番目の両親ということで、普通の人よりは思い入れは少ないのかもしれない。

 だけど、確かにこの世界における僕の両親なのだ。自らの手で命を奪うなんて、とんでもない。


「あ、いや……」


 でも、どうしたら――。


 何か言いかけて口を閉じる。

 そんな行為を何度か繰り返したとき、その場に場違いな明るい声が響いてきた。


「わっわっ、すごい強そうなアーリマン! それも二体! 大変なのね?!」

「も~~っ、シャリテが屋台でクロワッサンなんか食べてるから遅れちゃったじゃんか!!」

「うへへへ、だって美味しそうだったのね……」


 少しのんびりした様な女の子の声と、それを咎めるような女の子の声。


 声のした方に視線を向けると、そこにいたのは僕も昔少しだけ通っていたエクウェス王立学園の制服に身を包んだ女の子と、その周りを飛び回る妖精。

 

 シャリテと呼ばれたその子は、僕より少し小柄な、だけど僕と同い年くらいの可愛い女の子だった。

 軽くウェーブしたピンク色のロングヘアは、どんな高級な織物より滑らかで艶やか。ちょっと垂れ気味の金色の瞳は、きらきらと美しい輝きを放ち、僕と目の前の怪物を興味深そうに見つめている。エクウェス王立学園の制服は、紺色のブレザーみたいなデザインの制服だ。その制服は彼女にとてもよく似合っていて、少し童顔ぎみのかんばせとやわらかそうな手足は、年頃の女の子らしい魅力にあふれていた。


 うへへ、と照れたようなシャリテの周囲を妖精の少女が飛び回る。


 身長15センチ程度で透明の翼の生えた種族、妖精。

 とても珍しい種族だけど、全く見ないという程ではない。銀色の髪と瞳を持った、妖精の少女だった。妖精の年齢は人族には分かりにくいけど、もし人間と同じサイズならシャリテより若干年上に見られることだろう。そんな妖精の彼女は自分の身長より長い銀色の美しい髪をなびかせながら、「も~~っ!」と怒ったように手を振り回し、シャリテの周りを飛び回っていた。


「ごめんなのね? でもシャリテ、アーリマン討伐のお仕事は頑張るのね!」


 自分の頭をこつんと叩くと、飛び回る妖精に向かってぺろっと舌を出すシャリテ。

 そしてシャリテはすぅと息を吐くと、自分の胸に右の握りこぶしを当てる。


 ふわふわとしたその表情をきりりと引き締めると、シャリテが声を上げた。まるで、世界に向けて宣言するかのように。


「応えよ世界! わたしの、わたしだけの剣を我が手に!!」


 光が、満ちた。

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