<2> vsサンタクロース・カルト過激派
そこは東京よりも遙かに綺麗な星空の下だった。
「……どこ、ここ。
え、と……? 空から人が降ってきて……?」
日海花がアパートから出た瞬間、確かに空から誰かが降ってきたはずだ。
それは見事、日海花に直撃した。
頭蓋骨がぶつかり合って砕けるグロテスクな感覚さえ覚えている……できれば迅速に忘れたいのだが。
そしてその途端、全てがグルグルと回って。
「ナニコレ!?」
気がつけば日海花は暗い森の中で、武装サンタに囲まれていた。
伝統や伝説とは無関係の、某コーラ社が広告用に作り上げたという紅白の衣装を着て、ツリー飾りやクリスマスリースで武装した者たちが、日海花を包囲していた。
冗談みたいな格好だが、物騒な雰囲気も、彼らの怪我も返り血も、冗談ではない。そして、何もかも意味不明な状況だが、恐怖の武装サンタどもは、明白に日海花に殺意を向けていた。
「すみません、落ち着いて聞いてください!」
日海花に足下から声を掛ける者あり。
見下ろしてみれば、こんがりキツネ色の毛並みをしたコーギーが、フード付きのローブを着て二足歩行しており、真剣な顔をして日海花の方を見上げていた。
「コーギーが喋ってるううう!?」
「
なるほど、やはり基底世界は……いえ、それよりも!
あいつらは悪者です! あなたの力でやっつけてください!」
「力って何!?」
日海花はダイエットと身体作りを専門とする配信者だ。
だが、一般人が日常生活で美容と健康を維持するための内容を志向しているのであって、日美華自身も決して、筋肉モリモリマッチョマンの変態ではない。
イカレた殺人サンタを倒すなんて無理だ。ましてそれが複数では。
「やはり死者蘇生か……
クリスマスの冒涜者め」
「何言ってんのこいつ……? 違法ターキーでもキメてる?」
イカレサンタは見た目通りに意味不明なことを呟く。
おそらく彼らよりクトゥルフの方が自分の価値観に近いはずだと日美華は思った。
「これを召し上がってください」
傍らのコーギーは、肉球の付いた小さな手で、器用にもマンガ肉的なスペアリブを掴んでそれを日海花に差し出した。
「は!? 今ここで!?
って言うかどこにそんな物持って……」
「早く! 食べないと死にますよ!」
「ああもう!」
現状を一行の文章でまとめるなら、殺人サンタの群れに囲まれている中でコーギーがスペアリブを食わせようとしてくる。
まるで意味が分からないが、必死な犬には逆らえず、日海花は肉塊を受け取った。
「させるか!」
サンタどもは何故か色めき立ち、日海花の食事を阻止せんと襲いかかろうとする。
だが、その機先をコーギーが制した。
「≪
コーギーが杖を一振りすると、地面が怪しく蠢いた。
土が盛り上がって、日海花たちをぐるりと囲み、一瞬で堅牢な壁となったのだ。
まるで魔法……いや、正真正銘の魔法なのだろうか。
まあ、喋るコーギーなら魔法ぐらい使うだろうと日海花は納得しつつ、肉塊にかぶりついた。
「どうですか!?」
「美味しい……こんなジューシーで不健康な罪深い肉、久々に食べたわ……
肉の味付けに油をたっぷり使う、デブまっしぐらの布陣には涙すら出る……」
意味不明で危険な状況が、頭から吹っ飛ぶほどの美味しさだった。
脂の甘みが口いっぱいに広がり、エキゾチックな香辛料の風味が鼻を刺激する。そして、それを真夜中に喰らうという、罪悪感と背中合わせの多幸感。
長く苦しいダイエット期間は当然のこと。その後も体型を維持するため、日海花は食事内容に細心の注意を払ってきた。
こんな馬鹿みたいな肉を食べることは決して許されないはずだったのだ。
「って、ちょっと待ってよコーギーちゃん!
この状況でこれが何の役に…………」
「煙突は空けておきな、正月野郎!」
瞬間、土の壁が内側に吹き飛ぶ!
巨大オーナメント型の鉄球を、サンタどもが壁に叩き付けてかち割ったのだ。
日海花は反射的に悲鳴を上げそうになった。
だが、悲鳴以外の何かが腹の底から昇ってきた。
身体が、熱い。
とてつもないエネルギーが身体の中で渦巻いていて、それを放出しなければ、空気を入れすぎた風船みたいに日海花は爆発してしまいそうだった。
その感覚と、迫り来る危険が結びついたとき。
日海花の身体は、自然に動いた。
「カロリイイイイイイ!!」
日海花は鋭く踏み込んだ。
その一歩はボクサーのように素早く、横綱のように力強い! 地面には深い足形が残り、森の木々はざわめいた。
そして、張り手一閃!
何の工夫も技術も無い、単なる打撃だ。だがそれが恐るべき威力と速度を兼ね備えていたなら、対処などできるだろうか?
日海花の掌底は、壁穴からこちらに飛び込んできた先頭のサンタを捉える。突き刺さる。めり込む。吹き飛ばす!
まるで放り投げられたぬいぐるみのように、人が飛んだ。ぶつかりあったサンタたちはビリヤード状態で弾け飛ぶ!
それを為したはずの日海花自身は、呆然と、その光景を見ていた。
「な、なんか起こった……」
ただの一撃。
それだけで、トラックにはねられたとしてもこんな景気よく吹っ飛ぶだろうか、という勢いでサンタの群れはなぎ倒された。
怪力なんて安い言葉で表現していいレベルじゃない。もはや超常現象だ。
「今です、逃げますよ!」
「えっ!? わっ!? わわわわわ!?」
コーギーは間髪入れず、杖を振る。
すると日海花と謎のコーギーの身体がふわりと地面を離れ、プールで立ち泳ぎをしているかのように宙に浮かんだではないか。
「ま、待て……げほっ、逃がすな…………」
倒れたサンタどもはようやく起き上がり始めたところだが、うめくばかりで起き上がれない者も、ピクリとも動かない者もあった。
その間に日海花とコーギーは森の木々を飛び越えて、星空の下で夜風に乗った。
「やはり殿下のお力は、そのまま引き継がれているのか……」
可愛すぎて凜々しく見えない横顔で、魔女ならぬ魔コーギーは呟いた。
それから、隣を飛ぶ日海花の方を向いて、舌を見せて笑った。
「助かりました、異界の方。あなたは命の恩人です」
「あの、何が起こったのか説明してほしいんだけど。総合的に。徹頭徹尾」
とりあえずピンチだったらしいことと、窮地を脱したらしいことは分かる。
だが他の全てが分からない。なんでコーギーが喋っているのかということさえも。
「私はフワレと申します。
ここは、あなたが居た世界とは異なる世界。死したあなたの魂を、私がこちらの世界にお呼びし、その……姫様のお身体に移させていただきました」
「なっ……!?」
その時ようやく日海花は、自分の肉体を観察した。
それは、もはや、日海花の身体ではなかった。
上等なシルクの寝間着みたいなものを着た、その身体は……ひたすら重量級だった。
まず腹が出っ張ってて足が見えない。二の腕は一昔前のダウンジャケットみたいにぶよぶよにダブついている。
そして、夜風を受けて服の裾と一緒にぶるんぶるん震える頬はどうだ。
「何この……人間より豚に近いボディ!?」
それは日海花にとって、コーギーが喋った以上の衝撃で、イカレサンタに包囲された以上の絶望だった。
長く苦しいダイエットによって捨て去ったはずの脂肪が、今再び、日海花の枷となっていた。
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