異世界ダイエット姫のチートデイ ~伝説の鎧が贅肉で入らない女勇者に転生しました~
パッセリ / 霧崎 雀
<1> 勇者召喚
「それでは! ひみちーサンデーライブ、今宵はこれにて!
皆さんまた一週間頑張っていきましょう、ハブアグッドマッスル!」
はじめは己のダイエットの成果を披露し、そのダイエットが一段落した今は、筋トレやダイエットメニューについての情報を発信している。
今夜も自宅の
配信終了のボタンを押して、インカムを外すなり、日海花は大きく溜息をついて、部屋を出た。
「同接……」
リビングに日海花が入るなり、ソファに身を沈めて20万円のタブレットPCで配信管理画面を見ていた姉が、顔も上げずにぼそりと言う。
「やめて。その話は明日にして」
「いつもそう言うじゃん」
日海花の姉は、大手化粧品会社でマーケティングを仕事にしている。
その手腕を活かして……なのかどうかは不明だが、彼女は時折日海花に対して、プロデュース的観点からの助言をしていた。
「同接より動画の再生数でしょ」
「そうだけどさ、同接もバロメータよ。実際、一昨日のショートも再生数微妙だったし」
日海花の反論はすぐに叩き潰されて、そして日海花は二の句が継げない。
どちらが正しいかは日海花も分かっている。生配信中のコメントの数で、おおよそ、盛り上がりの程度が分かるものだ。
細かな数字を脇に置いて述べるなら、日海花の現状は『ギリギリ食えない程度』といったところだ。
停滞ならまだしも、しぼんでいるのが問題だ。ダイエットの終盤が一番盛り上がっていた。そして、エンディングを迎えた物語のその先を、観衆は追いかけてくれなかった。
「やっぱ自分がダイエットしてる間は変化があるから、それを見に来る人が居て良かったけど、それが終わったらやり方変えないとじゃん?
本当にこれ一本で食ってく気なら、ね」
小学校の先生が生徒に諭すような口調で、姉は日海花に言った。
耳が痛かった。
料理教室に通って、新しいダイエットメニューを研究したりしている。
最近はマメに図書館に出かけ、トレーニング理論の本を読みあさっている。
そんな、子どもでも思いつくようなレベルの微笑ましい努力では差別化できないのだ。分かっている。分かってはいる。
「出かけるの?」
「……ちょっと風浴びてくる」
是とも否とも応えぬまま、日海花は部屋を出て玄関に向かった。
そしてランニングシューズに履き替えて、薄暗がりに支配された回廊に出て行った。
「分かってるって……」
生ぬるい風が日海花を包む。
姉の言葉は厳しいし、内心見下し混じりであることも感じていた。だが彼女は事実を言っているし、面倒を見てくれているのだからありがたいとも思っていた。
だからこそ、指導の通りの成果すら出せていない自分が嫌になる。
夜のジョギングは、定番の気分転換だった。
「「えっ」」
刹那。
二人は同時に言った。
アパートの玄関を出て、新月の夜空を見上げた日海花は、万有引力に従って自分に迫り来る少女を見た。
……アパートの屋上から飛び降りた少女を。
闇に翼を広げるように、服の裾をばたつかせて彼女は降ってくる。驚きに目を見開いて。その表情を凍らせて。
何も考えられない間に、迫る。迫る。
そしてもちろん、避けることなどできなかった。
* * *
時は数日前に一旦遡る。
地球ではないどこかの世界で、一人の姫が死んだ。
セラニア王国、王宮。
静まりかえった深夜の王宮の深奥にて。
王族用の礼拝堂は、王族が日々の祈りを捧げる場で、一部の者しか立ち入れない。
朧な月光を彩るステンドグラスと、天を突くようなパイプオルガンに見下ろされて、巨大な棺の中に横たわる遺体が、ひとつ。
バスローブのような薄衣を纏っているのは、一目見てのけぞるほどの迫力と体重を誇る女だった。
このセラニア王国の第二王女、アンジェリカ。
外見からは年齢すら推測しがたいほどの肥満体だが、弱冠16歳である。
……享年16歳、と言うべきだろう。
アンジェリカは今日、死んだのだ。
礼拝堂に安置されたアンジェリカの遺体の傍らには、二つの人影があった。
「では、姫様のご遺体を悪しきものに奪われぬよう、謹んで聖別の儀を務めさせていただきます」
方や、フード付きローブを纏う小さな人影。
濃紺のローブの背にはセラニア王国の紋章が金糸で刺繍されている。即ち彼は、宮廷魔術師の最高位『賢者』に叙せられた者であった。
一方、『賢者』の傍らには、悠々たる体躯の偉丈夫が立っていた。
既に中年と言える年頃だが、肩幅広く胸板厚く、堅く組んだ腕も岩のようだ。赤銅色の髭を蓄えた彼は、微笑めば地の果てまであまねく照らすような美貌の持ち主だったが、冷酷なる本性が面構えからも滲み出していた。
この男こそ、セラニア王国の君主。ミロス・バルテウス=セラニアだ。
睨むように娘の遺体を見下ろす姿から、親子の情らしきものは感じられない。別に、悲しみをこらえて威厳を保っているわけではなく、実際に一欠片も情を抱いていないことは、周知の事実だった。
「否。生き返らせろ」
「は………………い!?」
娘の遺体と、小さな賢者を見下ろして、ミロス王は言い放つ。
賢者は一瞬、ミロスが血迷ったかと思った。
だが……考えようによっては尚悪いことに……王は冷たく揺るぎない目をしていた。ミロスは本気だった。そうと分かって賢者は、慌てふためく。
「ゾンビにせよと!?」
「馬鹿者! 邪術など使うものか!
……学者どもに手段を探らせたのだ。遙か昔、我ら七王家の開祖・初代勇者を異界より呼び寄せた『勇者召喚術式』だ」
ミロスは、学者のメモと古文書の写しを取りだし、床に叩き付けた。
賢者はそれを拾い上げ、戸惑いながらも素早く目を通す。
「勇者召喚は、魂のみを呼び寄せる術だという。
それを宿す器がアンジェリカの身体でも問題はあるまい」
「し、しかしそれで蘇るのはアンジェリカ姫様ご本人ではございませんが……」
「何か問題があるかね?」
ミロスに、アンジェリカの遺体を見下ろしていたのと全く同じ目で見下ろされ、賢者は居竦む。
王のこういった気質には慣れているつもりだった。だが、いくらなんでもそこまでするのかと驚いたし、躊躇いも後ろめたさも感じさせない冷徹さには恐怖すら覚えた。
「この身体が儀式の日まで生きてさえおればよい!
後は適当な理由を付けて身を隠させれば事足りる。
分かったら今すぐ準備に取りかかれ!」
「かしこまりました!」
あんまりにも無茶苦茶な話だ。だが、それで表面的には全て丸く収まるのだろうと……王はその算段を既につけているのだろうと、賢者は察した。
そして、王命があらば、それを拒否するという選択肢は存在しないのだった。
* * *
普段は狐狩りに使われる、鬱蒼とした森の奥。
木々を切り倒して整地した小さな広場があった。
その地面には同心円状の紋様が描かれ、ぼんやりと光を放って闇夜を照らしている。勇者の魂を異界より呼び寄せる魔方陣だ。
魔方陣の中央に横たわるのは、アンジェリカ姫の遺体。
賢者は杖を振り上げて呪文を唱え、指折り数えられるほどに僅かな数の近衛騎士たちが、護衛として見守る。アンジェリカの死は秘されている。ミロス王が信を寄せるごく一部の臣下のみが、この場に立ち会っていた。
新月の夜であった。
夜空を照らす月は無く、魔方陣から立ち上る妖しげな光ばかりが、周囲の木々に影を投げかける。
かすかな風が吹くたびに、森は不気味にざわめいた。
そんな時間が、しばらく続いて、真夜中も近づいたその時だった。
「なんだ?」
まず、耳聡く異変を察知したのは、儀式を執り行う賢者であった。
葉擦れでも、梢の歌でもない無粋な音が、遠くから微かに聞こえてきた。
武器を打ち合う金属音だ。これは遠くまで響く。
やがて怒号や足音、魔法の炸裂音までもが聞こえる距離になり、さらにそれは急速に近づいてきた。
「賢者殿! お逃げください! 奴ら……がはっ!?」
見張りの近衛騎士が駆けてきて、木陰から飛び出した。
その瞬間、彼は背後から飛んできたクリスマスリース・
賢者も、儀式場に居た騎士たちも、一斉に武器を手に戦闘態勢を取る。
「メェリイイイイイイ! クリスマアアアアス!!」
雄叫びが夜の森に響き渡った。
木々を掻き分けて姿を現したのは、狂信の赤を身に纏う者たちだ。手に手に武器を携えた闖入者が、およそ30人。
雪の如き純白のファーで飾られた、真紅の装束。そして三角形の帽子。
その出で立ちが意味するところを、誰もが知っている。
「サンタクロース・カルトか!
何故この場所が!」
「うるせえよ! 犬が人間様の言葉で喋るんじゃねえ!」
カルト戦闘員たちは、まるで兵士が敬礼をするように整った一糸乱れぬ所作で指を立て、冒涜的なサンタクロース・サインを示した。
「てめえら全員をトナカイにするまで、クリスマスは終わらねえんだ!!」
賢者はカルト戦闘員どもと睨み合いながら、素早く状況を分析した。
この日、この時を選んでやってきたのだ。目的は察せられる。
アンジェリカの遺体を奪ってクリスマスツリーとし、以て天下にサンタクロース・カルトの威光と恐怖を示そうというのだ。アンジェリカが死んだ今、彼らに残された復讐の手段はそれくらいだろう。
気配だけでも分かる。相手は精鋭だ。儀式の夜を狙って王家の森に侵入する特務部隊となれば、サンタクロース・カルトも半端者は出すまい。
対する味方は寡兵。アンジェリカの死という秘密を守るため、ミロス王は僅かな手勢のみを動かした。実力の上でも選りすぐりだが……相手も精鋭で、数は三倍以上だ。
なれば最善の策は時間稼ぎ。
後は、異変を察知した誰かが助けを寄越すことを祈るのだ。
「姫様のご遺体をお守りせよ!」
「逃がすな、追え!
戦いに命を捧げた者はコルバトントリへ逝けるぞ!」
賢者が杖を振ると、アンジェリカの遺体はふわりと浮き上がる。
そして賢者は脱兎の如く駆けだした。
追い縋ろうとするカルト戦闘員に、護衛の騎士たちが立ち会って、道を塞ぐ。
「滅べ! 神と王国に仇なすカルトどもめ!」
「サンタクロースのご加護あれ! HO-HO-HO-!!」
戦いの音を背中で聞きながら、賢者は森に逃げ込んだ。
まさに脱兎の如く。
杖を横向きに咥えて、時には手まで使って、夜の森を駆け抜けた。人間の速度では追いつけまい。
魔法で運んでいるアンジェリカの遺体は、同じ速度ですいすいと、宙に浮いて付いてくる。やはりこの巨体は重い。無視できない魔力消費だ。賢者は歯を食いしばって堪えた。
戦いの音はみるみる遠ざかっていった。
だが、森の草木の香りに混じる、人間とローストチキンのニオイを察知して、賢者は足を止めた。
――まだ伏兵が居たか!
各々に、赤、白、金色のオーナメント・
さらに賢者の足下に、背後から飛んできたクリスマスリースが突き刺さった。
「追い詰めたぞ犬ァ! てめぇの鼻も赤くしてやる!」
騎士たちは既に敗れたらしく、背後のカルト戦闘員たちも追いついてきたのだ。
彼らは手傷を負い、数も半分ほどに減っていたが、戦意が衰えた様子は無い。元より成功しても生きては帰れぬだろう任務。彼らは今宵、コルバトントリへ逝く覚悟なのだ。
「騎士どもも頑張ったが、所詮は無駄な正月よ」
「無駄などではありませんよ」
カルト戦闘員たちに包囲されて、それでも賢者は牙剥き、笑った。
そして懐から、鎖付きの懐中時計を取り出した。まさにその瞬間、長針がこつりと足音鳴らし、短針を抱き寄せてキスをした。
「何だぁ?」
「彼らが命を張ったからこそ、深夜になりました」
どうやら助けはまだ来ない。
だが、次善の策に望みを繋いだ。
儀式はほぼ完遂していた。
後は時を待つだけだった。勇者の魂を呼ぶ道が開く、新月の夜の零時を。
賢者は天高く杖を掲げ、叫ぶ。
「……開け、朔の月よ! 基底世界への黒き扉となりたまえ!」
森を見下ろす新月が、黒々と……元より姿無きモノであるというのに、闇夜の中でも何故かそれと分かるほどに、黒さを増した。
そして何かが瞬いた。
光が。
流星が。
月の中から降ってきて、そして、目が焼けるほどの光が爆ぜた。
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