<15> vsブッコロリ
「フワレちゃん、危ない!」
緑色で繊維質のアギトが、右から左から襲い来る。
その大口からは、生臭くはないが酷く青臭いニオイがした。
わかりやすく言うと、それは四メートルから五メートルほどの高さがあり、幹の部分に大口を持ち、自立歩行するブロッコリーだ。
それが、大量に。わらわらと。
ヒミカは、もふもふ毛玉のコーギーに今まさに食らいつこうとするブロッコリーの口に対して、今まさにつっかえ棒をしていた。
両手と両足で、それぞれ別のブロッコリーの口をこじ開け、閉じるのを防いでいるのだ。食物繊維を束ねた牙がヒミカの肌に食い込んで、腕を足を、血が流れ伝った。
「どらあ!」
銀の閃光が迸る。
ヒミカに食い止められた巨大ブロッコリーどもの隙を突き、セラが一刀両断。輪切りにされたブロッコリーはもう動かず、地響きを立てて倒れた。
「大丈夫だった? フワレちゃん」
「こ、この場合はそれって私の台詞では!?」
「平気!」
そりゃあ手足に穴を空けられたのだから痛いに決まっているが、ヒミカは即座に腰ベルトの串焼きホルスター(手製)から、バーベキューを抜き出してかぶりつく。
こんがりと焦げ目が付いた肉は、ウッドチップの香りを吸って素晴らしくスモーキーな風味。それを岩塩でワイルドに味付けしたものだ。冷えても尚おいしい。
「この程度のダメージならバーベキュー2本分だって、もう分かってるから」
肉を噛みしめ、耐えるのだ。
ヒミカの肉体はカロリーの摂取によって異常な力を発揮する。そこには多少の自己治癒能力も含まれていた。噛み付かれた傷に、急速に肉が盛り上がり、出血が止まる。
「よっくも私の努力を! ふいにしてくれやがっちゃいましてえええええ!!」
八つ当たりの一撃!
新手のブロッコリーに対して叩き付けるような回し蹴りを放ち、ヒミカはこれを力尽くでへし折った!
「て言うか本当に何なのこいつら!」
「ブッコロリです」
「ブッコロリ」
ヒミカたちの周囲には、巨大ブロッコリーが既に何本も倒れている。
そして未だ、その数倍のブロッコリーがヒミカたちを包囲していた。
強靱でしなやかな根っこを使って歩き回り、その茎にある大口で噛み付こうとしてくる。
植物の魔物、というのも存在するのだ。ブロッコリーの怪物、その名もブッコロリ。
未明であった。
街道沿いでキャンプをしていたヒミカたちは、こちらへ迫り来る地響きによって叩き起こされた。
そして瞬く間に大量のブロッコリーに包囲され、どちらがどちらの朝ご飯になるか死闘を演じることになったのだ。食物連鎖の頂上決戦かも知れない。
「ブッコロリは本当なら、
「それだけで大概じゃない!
しかも明らかにこっちを襲ってきてるけど!?」
「ブッコロリエンペラーが発生した群れでしょうね。
エンペラーは群れを統率して人を食います」
「ブッコロリエンペラー」
「ボスを倒せば残りの奴らは止まるんですが……」
ブッコロリの包囲は、森が押し寄せてくるような圧力だ。
なにしろ数が多い。このままでは物量に押しつぶされる。
「ねえ、私行けるよ!」
「やめときなさい。それは本当に最後の切り札です」
メルティアが何かをしようとして、それをセラが止めた。
「待ってください、居ました! あそこです!」
フワレがブッコロリ集団の頭越しに、肉球で遠くを指差した。
戦いの場を見渡せる丘の上に、一本だけ緑の木が生えている。……違う、ブッコロリだ。緑なす草原の景色に溶け込んで、それ自体が迷彩のようになっているが、よく見たら存在するはずがないものだ。
「なるほど。臆病者は安全圏から他人を使うものですね。
……この場は私が引き受けましょう。お二人はボスの始末を」
「分かりました!」
物資は買い直すなり、王宮におねだりすればいい。
セラが言っているのは、己がボスへの血路を開き、ヒミカが戦っている間メルティアを守るという意味だろう。
「ヒミカさん、ボード系の心得は?」
「ボード……? スノボなら少々」
「多分大丈夫ですね。似たようなものでしょう」
フワレはブッコロリに火の玉の魔法をぶち込んで遠ざけつつ、小さな鞄から明らかに鞄より大きな物体を取り出した。
ヒミカには、ヒエログリフが刻まれたスノーボードに見えた。前衛的だ。
「地面を流体化させて滑るマジックアイテムです。これで一気に行きますよ。
私が魔力供給します」
「了解!
背中にしがみ付いてなさい」
ヒミカがボードに飛び乗ると、ボードは突然加速を開始した。
重力に従って斜面を滑るのではなく、平たい地面をかってに動き始めたのだ。
「ひゃっはー!!」
ブッコロリは巨体の魔物で、しかもとにかく数が多い。直線的な走行速度もかなりのものらしい。
だが反応はそこまで素早くない。しかも、こちらの動きを先読みして通せんぼするような知性は無いらしい。所詮はブロッコリーだ。
ヒミカが体重移動によってボードを左右に操ると、その急制動にはまるで追いつけず、ヒミカは瞬く間にブッコロリの林を突き抜けた。
腹部にギリギリと、心地よい負荷が掛かる。
「こっ! これは! 体幹トレーニング!!」
「体……なんですって?」
「体幹! 胴体部分のトレーニング!
姿勢を保つ力が高まれば、それだけで所作が美しく見えるし、身体の変な場所に負担が掛かって痛めることも減るわ!
人類よ、肩や首が凝ってるなら体幹を鍛えるのだーっ!」
ブッコロリの林を抜けて、ヒミカは緑の海をサーフィンする。轟々と風が吹き付けて、シスター装束の裾をばたつかせた。
その向こうで朝日を背負うのは、緑なすビッグウェーブ……ではなく、丘と、その上に陣取るブッコロリエンペラーだ。
ボスは、外見的には他のブッコロリと何も変わらない。
だが、ヒミカの猛進を見て面食らい、踵を返すその姿には、確かな知性が感じられた。
背後から地響きが迫る。
ブッコロリたちがボスを守るため、ヒミカを追ってきているのだ。
決着に時間は掛けられない。
「カロリーパワーを思い知れ、緑黄色野菜!」
ヒミカは滑走の慣性を受け、ボードを蹴って飛んだ。
大質量の肉弾が、背中のコーギーと供に宙を舞う。
そしてタックル!
ブッコロリエンペラーの側頭部を蹴りつけながら、ヒミカはしがみ付く。
大きく揺らいだブッコロリエンペラーは、しかし、まだまだ倒れない。
頭を滅茶苦茶に振り回し、花蕾を散らしながらもヒミカを振り払おうとする。
「……ブロッコリーが人間様を食おうなんて46億年早いのよ。
有機肥料ならくれてやるから畑に帰りなさい!!」
ヒミカは大ぶりな茎を掴んで、自ら飛び降りる。
ちょうどブッコロリエンペラーが、自分の方向へ頭を振った瞬間だった。その勢いに己の体重を上乗せしたのだ。
髪を引っ張られるような形になったブッコロリエンペラーは、大きくつんのめり、体勢を崩す。
ヒミカは尚も、手を離さない。
大地に足を踏ん張って、更に腕に力を込める!
ブッコロリエンペラーの巨体が、宙に浮いた。
背負い投げだ。
風の音だけが聞こえる一瞬、そして、緑色の巨大な野菜は強かに地面に叩き付けられた。震度4くらいの地震が局地的に発生した。
「お見事」
「ごっつぁんです」
背後ではエンペラーに操られていたブッコロリたちが、糸を切られたように、バタバタと倒れていくところだった。
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