<14> 宴会
次の日の、夜。
「皆様、本当にありがとうございました。
お陰様で村は助かりました」
昨日は神殿長と巡礼者一行が、隅っこだけに防空管制の如き明かりを灯して夕食を取っていた、村の神殿の食堂にて。
安っぽいフェイククリスタルのシャンデリアが、魔法の力で安っぽく輝き、長いテーブルを煌々と照らしている。そこには村の衆がずらりと座し、酒と料理もずらりと並んでいた。
「これは私たちのお礼の気持ちです。
さあ、どうぞ、おあがりください」
「巡礼団に!」
「「「乾杯!」」」
村長が代表して礼を述べ、村人たちは杯を打ち鳴らす。
そして宴会が始まった。
――うわあ、来た来た、ごちそう責め。
お祝いとかお礼の席って断りにくいからなー。あっちの世界でのダイエットでも散々苦しめられたっけ。
ヒミカたちは、村長や神殿長と一緒に上座に座らされてる。
若干引きつった笑顔でヒミカは、乾杯の杯を掲げていた。
ダイエット中だろうと、世界は忖度してくれない。
飲み食いする機会というのはしばしば訪れるのだ。
結局、結論としては『避けられない食事の機会の分まで余分に、平時に身体を絞る』という身も蓋もない正面突破でどうにかしてきた。
カロリー計算ができていれば、豪華な食事も怖くない。ダイエットは基本的に足し算と引き算で構成され、日々の途方もない積み重ねが結果として出てくる。
塩分は水分を体内に引き留める。故に味が濃い食事をすると、体水分量が増えて急激に太ったようにも思えるのだが、そんなものはすぐに抜ける。
ダイエットにおいてターゲットにするべき要の体脂肪はと言うと、1kg体脂肪を増やすには7200kcalを過剰摂取する必要がある。常人はどんなに頑張ったところで、一日で0.5kg太ることさえ難しいのだ。フードファイターなら話は別だが。
「驚いたぜ。今時の巡礼者ってなぁ、こんなに強えんだな!」
「これじゃ冒険者も形無しだな」
「ほら、食いなよ!
あんたが蹴り殺した魔物だぜ!」
「あ、はい」
村の衆が次々ヒミカのところへやってきて、無計画に料理を積み上げるなり杯を増やすなりしていく。流石にこれ全部を腹に入れるのは無理だが、ヒミカのご立派なボディを見れば無限に食べてくれそうに思われるのも仕方ない。
なお、この世界では概ね16歳で成人扱いであり、アンジェリカ姫は享年16歳だから一応お酒もセーフ。そもそも未成年の飲酒さえ、そこまで強くは戒められていないようだ。
料理の材料は、昨日村を襲い、ヒミカたちに倒された魔物だ。
ステーキ、スープ、そして民族料理的なパイ。
どんなに恐るべき脅威でも、死ねば貴重な食材だ。そして人というのはどこの世界でも、豪華な飯を食い酒を飲む口実を、常に欲しているのだった。
「あんた、やるねえ! 驚いたよ!」
「この身体でよくまあ、あんなに跳んで跳ねて、魔物をぶっ飛ばせるもんだ!」
「あはは、まあ、はい……」
そして、どこの世界でもオバチャンは無敵だ。
村のおばさま方は特に遠慮無くヒミカの所へ寄ってきて、遠慮無く二の腕や腹の肉をプニプニする。
「まるで噂に聞く、アンジェリカ様のようだったよ」
「うぐ」
そのものズバリの名前を出され、ヒミカは奇妙な酸味のあるミートパイを、喉に詰まらせそうになる。
「違えよ!」
反駁したのは、上半身ミイラ状態の少年だ。
昨夜、狼の魔物に襲われているところを助けたわけだが、あの瀕死の大怪我から既に立ち直って、今はガツガツとステーキをかっ込んでいる。
回復魔法というやつの力だった。死にさえしなければ助けられるというのだから、ある意味で恐ろしい話である。
「だって豚姫様は、ワガママで暴れん坊の悪いやつなんでしょ。
ヒミカねーちゃんは全然違うじゃん!」
「あははは……」
もはやヒミカは乾いた笑いで誤魔化すばかり。
――マジでこんな田舎まで悪い噂が知れ渡ってたんだなあ。
ある意味大したものだ。
そしてもはやヒミカには、アンジェリカを笑うことはできない。
アンジェリカの本当の気持ちなど今更分からないから、あくまで状況証拠からの推測となるが、己に死を強いる運命と国と父王への反逆として、グレて己を浪費したという雰囲気だ。抗議の焼身自殺と大して変わらない。
あるいは、アンジェリカの身を借りたヒミカが、その汚名を雪ぐことも叶うのだろうか?
「……さて、この料理どうしようか」
村人たちが自分の前に積み上げた、六人前くらいありそうな料理の山を見てヒミカは途方に暮れる。
摂取カロリーのツケは後々払わなければならない。
「ヒミカさん。
収納魔法の容量を空けてきました。
こっそり渡してくれれば料理を保存しますよ」
「感激だわフワレちゃんモフモフ2セット予約」
「ひえっ」
中座していたフワレが、こっそりヒミカに囁いた。
トイレにでも行っていたのかと思いきや、料理を片付ける準備をしていたらしい。
「でも、私もちょっとだけ」
ヒミカは、未だに油がはねる熱々のステーキを大きめに切って、そして欲望のままに食いついた。
「……美味しい……」
天より鳴り響く祝福の鐘をヒミカは幻聴した。
ただ肉を切って焼いて、素朴な味付けをしただけの料理が何故こんなにも美味いのか。
料理人のエゴで味付けされた宮廷料理よりもこちらの方が、ヒミカの好みかも知れない。そもそもヒミカは貧乏舌である。
とは言え、ダイエット中の身で、息抜き以上の飽食は厳に戒めねば。
残りはフワレの魔法で四次元ポケット的な何かへしまってもらい、日々必要な栄養素を計算して少しずつ食べていく予定だ。
「そうだ、村長さん!」
「はい、なんでしょう?」
「牛、一頭貸してくれませんか?」
「牛……?」
「大丈夫です、傷つけないように気をつけます。ちょっと一瞬持ち上げてみるだけですので」
「………………はい?」
* * *
そのまた次の日。
「以上。
七星結社による、
「報告、大儀であった」
宮殿では男どもが相変わらず悪巧みをしていた。
玉座の間は人払いされ、ミロス王とランバルドが堂々と密談をしていた。
ランバルドは
王宮の
ランバルドはミロス王に、王都付近の農村で起こった襲撃事件に関しての報告をしていた。これはとある犯罪組織が、アンジェリカを狙って仕組んだものだ。
どこからどうやって連れてきたのか『イノシシ』まで含まれていたのだから、本気で殺すつもりだったのだと伺える。
「ひとまずは無事か……あの業突く張りには、払った金の分は働いて貰わねばな。
しかし、例の娘まで自ら戦ったと?」
「はい、確かに」
「ふむ……」
「ご不安が?」
勇者召喚の儀式によって呼び寄せた、異界の娘の魂。
それは所詮、アンジェリカの肉体を……もしくは、この国の政治を……動かすための、小さな使い捨ての歯車に過ぎない。
そうあるべきだ。あの身体が生きているだけでいい。
だが、歯車は己を主張して勝手に動き始めた。
今回、例の娘が、己の身を守るために戦ったのは好都合だった。
だが、あの娘が戦う意志を示していること自体は不都合だ。
まさか自分たちに反逆するような、大それた真似まではするまいが、でなくても勝手に動かれては狙い通りに事が運ばなくなる。
ミロスはそれを心配しているのだろうと、ランバルドは察しをつけた。
「そうさな。
たとえばあの娘、賢者めを庇って、死ぬまで戦いはするまいか、とな」
「そのご心配は無用にございましょう」
しかしランバルドは、それはあり得ぬと確信していた。
「私は、練兵場にてあの娘に『稽古』を付けましたが、間近で見ても、あの反応は全くの素人。剣を持ったことすら無いはずです。
そんな素人が、他人のために命を張れるでしょうか。
戦場では、幼少より訓練を積んだ騎士の子弟とて逃げ惑うネズミとなる。まして、戦を知らぬ娘。命懸けの局面では、腰を抜かすことしかできぬでしょうとも」
「うむ、そうか」
ミロス王は頷く。
「なれば予定通り。
『施錠学派』を利用し、賢者を排除する」
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